嚙み合わない
教室をしていると、これまでに、生まれながらにものすごい才能に恵まれた子に出会うこともあれば、困難を抱えて生まれてきた子とご縁を頂くこともありました。
私自身は恐らく、IQ的な意味で能力に恵まれたかどうかといえば、恐らく上の下か中の上あたりには恵まれていたのかなと思いますが、突き抜けるような賢さはなかったので、自分にとって「当たり前」と思っていることが、子どもによっては全く当たり前ではないのだなと気づかされることも色々ありました。
今日のレッスンでは、細かいことかもしれませんが、ひし形の面積はどうすれば「求められるか」の説明をする問題に、子どもが書いた答えは「どんな式を書くか」の説明でした。例えば、「~÷2を付ける」という書き方をしていたので、どんな式になるかという問いではなく、どう求めるかの説明なので、「付ける」はおかしいよと言ってもきょとんとしていました。
そこで、あなたが書いているのは式の書き方の説明なのではと言っても、まだ通じず、「求め方」を説明するのだから、「書き方」を説明するのではないのだとかみ砕いて言っても、ふ~ん、そうなのかという反応が返ってきました。
もちろん、日本語について自分も間違うこともありますし、どちらでもいいというようなこともあるとは思うのですが、どう求めるかですから、さすがに「÷2を『する』」などの表現にすべきだと思うのです。
公立の小学校などで、説明を書かせる問題というのは今でも限られているのかもしれませんが、自分の言葉で正しく説明する能力というのは、今後ますます大事になるのではないかという気もしますので、悩ましいところです。
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