10月最終日
今日はレッスンは5週目でお休みでした。
ここ数日風邪気味のまま治らず、僅かながら平熱より熱もあったので、ほぼ毎日高齢の母とも顔を合わせますし、もちろん子ども達とのレッスンもありますので、念のため、インフルエンザとコロナの検査を受けてきました。
幸いどちらも陰性で、鼻風邪のようですが、早くスッキリしてほしいです…。
明日からもう11月。本当に早いですね。
11月もどうぞよろしくお願いいたします。
今日はレッスンは5週目でお休みでした。
ここ数日風邪気味のまま治らず、僅かながら平熱より熱もあったので、ほぼ毎日高齢の母とも顔を合わせますし、もちろん子ども達とのレッスンもありますので、念のため、インフルエンザとコロナの検査を受けてきました。
幸いどちらも陰性で、鼻風邪のようですが、早くスッキリしてほしいです…。
明日からもう11月。本当に早いですね。
11月もどうぞよろしくお願いいたします。
図形全般が苦手な感じの4年生さんは、もう長らくがんばっているのに、点つなぎを鏡で描くにも相変わらず大苦戦。まだ子どもなのにここまで変化が見えないこともあるんだなという感じで、本人ががんばっているだけに気の毒にもなります。
それでも少しは変化しているところもあって、形づくりなどは、初めの頃は全く大きさが違っても分からないような感じだったのが、随分感覚が育ってきたと感じることも。
ですが、大小色々な直角二等辺三角形を組み合わせて形を作るものの、ちょっとレベルが上がった問題になると、また大苦戦。かなり時間をかけても正解に辿り着けなかったので、さすがにそればかりしているわけにもいかないと思い、今回は一番小さい大きさの直角二等辺三角形を並べたらこんな風に作れるという補助線を引いて見せました。
すると、意外にもあっという間に形を作ることができました。
その後も、図形の面積の問題を考えていて、1本補助線を引いてあげると、そこからは一気に解くことができたということもありました。
補助線を自分で引けるようになるまでにもう少し練習が必要というところまで来ているのかもしれません。
なんとかその日が少しでも早く訪れてくれますように。
結構長い間、なかなかペースがつかめず、やりたくないと感じたものは頑なに黙り込んで何も反応してくれなくなったり、ちょっと癇癪を起し気味になったりと、どうしたら楽しくレッスンできるようになるか、手探りで進んでいた低学年さんがいるのですが、幸い最近ようやく私とのレッスンに慣れてきたようで、少し前から、黙り込むことがなくなり、レッスンでも笑顔が増えました。
しかし…どうやら慣れ過ぎてしまったようで、レッスン中、鼻歌を歌う、大きな声でおしゃべりをする、そんなことが増えてきて、声のボリュームを落とすように促しているのですが、今週のレッスンでは口笛、膝をついて、椅子なしで書くなど、ちょっと困った状態になってきました。
人に迷惑が掛からなければ、椅子なしでというのはまあいいのですが、私が古い人間なのもあって、レッスン中に口笛を吹くのはさすがに許容できず…。
今の時点ではやんわり言えばやめてくれているのでまだいいのですが、何をどこまで注意するかはなかなか難しいところですね。
先日、何度言っても学習への取り組み姿勢に変化が見られないので、勉強の習い事を全部やめさせることも考えているというご相談を受けたおうちの子の今週のレッスン。
これまでに比べたら、その子にしては比較的真面目に取り組んだといえるのかもしれないという状態で宿題を持ってきました。
できていないときには「〇〇ができませんでした」とか何らかの報告があるので、今回はその子にとっては全てやったということなのだろうと思い、マル付けを始めたのですが、いきなりなぜか4問中2番の問題だけやってあるプリントが出てきたかと思えば、少し面倒な文章問題は4問中3問目が全く意味不明の式と答えが書かれており、それを間違えると4問目も間違えるのでその2問は完全にバツ。
更には、あれだけおうちの方も私も言っているのに、きっとこれは誰かに解き方を聞いたんだろうなというものが見受けられ、まだ伝わらないのか…ともやもや。
いい加減にするのは絶対やめてほしいというのが私の、ある意味唯一最大の願いなので、どれかを一所懸命考えた結果、それで時間を取られ、ほかが残ったとしても、中途半端、いい加減でやっつけてきたものを見せられるより絶対いいんですよね、お互いにとって。それを伝え続けているのに、どうしてなのか伝わらないんです…。
おうちの方が設けたリミットまでに本人の姿勢に変化が見られなければお別れになるのですが、果たしてどうなりますやら。
今日もレッスンはお休みで、実家の用事を。
朝晩冷え込むようになり、先日うたた寝してしまったせいか、ここ数日微妙に風邪気味でして、早目に市販薬を飲んだものの、悪化しないまま回復もせず…。
咳やくしゃみなども出ず、熱もないのが不幸中の幸いですが、早くスッキリ治ってほしいものです。
皆さまもくれぐれもご自愛ください。
小6の終わりまで来てくれていた子が中3で返り咲き、中学の2年間でボロボロ取りこぼしてきたものを春から少しずつ拾い集め、積み上げてきているのですが、試験の結果は今ひとつ。平均点は取れているものの、ケアレスミスを頻発させていることと、語句などを覚えていないことが影響して、思うような結果につながっていないまま早2学期。
私や親御さんは時間がないと焦っていても、本人には今ひとつ響いていない感じでもどかしい日々が続いていたのですが、そういえば、ここ最近、以前に比べるとミスが減っており、以前は本当に分かっていなかった関数もかなり考えられるようになっていることに気づきました。
受験の内申書に影響する試験はほぼ2学期までのもののはずですので、残すところ僅か。もちろん、当日の試験で点数が取ることも大切ですから、今の努力が無駄になることはないものの、ようやく変わってきたこの状態を、なんとか2学期の試験に反映させてくれることを祈りつつ、はっぱをかけ続けようと思います。
そこそこ長い間子ども達と一緒にレッスンをしているので、時々そういうことが起こるのですが、今日は久しぶりにちょっとショックなことがありました。
その子とは数年レッスンを重ね、信頼関係のようなものができていると思っていたのですが、今日持ってきた宿題のうち、1冊のワークブックの付箋が貼り換えられていました。実は、以前にも、あれ?ここに貼ったかな?と思ったことがあったのですが、手元に控えていなかったのと、他の宿題はやってあったのとで、自分の勘違いかなとそのまま済ませたことがありました。
で、今日はなぜはっきりわかったかというと、付箋は宿題が1ページ少なくなるように貼り換えられていたものの、最後のページは一番難しく、図だけではわかりにくい場合は、実際に紙などを折って確認して考えてくれるようメモ書きをしておいたからです。メモ書きをしたことで自分の印象にも残っていましたが、メモ書き自体は消していなかったため、貼り換えたことは一目瞭然。
ただ、付箋なので、何かの拍子に取れてしまって、どこについていたか分からなくなったというようなこともあり得るので(実際、そういうことは過去にほかの子達でもありましたし)、決めつけてはいけないと思い、「あれ?なんでこの付箋、貼ったページが変わってるの?」と普通に尋ねた瞬間、その子の表情が(あ…まずい…)というような表情になって、黙り込んでしまいました。
となると、たまたま外れたとかではないということで、確信犯…。
今日はそのことには触れませんでしたが、今日のが確信犯だとすると、先日、あれ?と思ったときも、やはり貼り換えられていたのかもしれません。
教室の子達にはみんな同じように、宿題はしたくなかったらしなくてもいいけど、いい加減にはしないでほしいこと、やりたくなかったからやらなかったと言われても怒らないけど、いい加減にしたのを見せられたら機嫌が悪くなるということなどは常に伝えているだけに、まさか何年も一緒にレッスンをしているその子にそんなことをされるとは思ってもおらず、かなりのダメージが…。
伝わるかどうかは分からないものの、再度、私はとてもショックを受けたこと、やりたくなくてやらなかったとしても怒らないし、実際これまで、なんでやってないの!と怒ったことはないはずだということなど、思うところを話しました。
どの子にも同じことを伝えているのですが、それでも適当に終わらせてくる子もいますし、やらなかったのに「わからなかった」と言い訳する子もいるのを見ると、恐らく、少なくない大人が、やらなかったら怒ったりするんだろうなとも思います。
なかなかもどかしいものです。
今日は霜降という日だそうですね。もう霜が降りるような寒さになると。
とはいえ、今日は多少暖かな1日だったように思います。
今日のレッスンは振替の子がいたので少なめ。来てくれた子の中に、がんばっているものの、図形全般、感覚を持って生まれていない方の子なんだろうなという感じの子がいて、がんばっているものの、未だに鏡状態で描く点つなぎなどでも大苦戦。今は色々な図形の面積をし始めているのですが、どこに補助線を引けばいいかなどの閃きがほぼ皆無。こういう場合は経験を重ねるしかないと、自らの経験で感じているので、これまでも実際い具体物を見せたりしながら、確かめられることは常に確かめて積み重ね、もう2年以上になるのですが、苦手な子にとってはやはり難しいものなのかもしれませんね。
本人は根気強くがんばっているので、少しでも助けになれるよう、私も引き続き努めます。
今日のレッスンは、急に寒くなったものの(寒いほうが集中できるとも言うので、むしろそのせいなのかもしれませんが)みんな頭がしっかり働いている感じで、よくがんばってくれました。
少し前から100までの数の学習をしている年長さんは、今日もまた成長を感じられると共に、新たに学ぶことは本当に真っ白の状態なので、そのたびこちらも新鮮な気持ちになる、幸せなレッスンでした。
寝起きで登場するとレッスン序盤、時には中盤頃まで調子が出ない低学年さんも、今日は登場した時から元気で、終始好調でした。
試験明けの中学生はさすがにちょっとお疲れ気味でしたが、それでも概ねみんな順調で、そういう日は疲れを感じないんですよね。ありがたいことです。
算数が苦手な子の中には、単純計算はできるのに、それ以外は全くダメというような子がいます。
教室を始めるまでは、なんで計算はできるのに、ほかはそんなにできないんだろう?と思っていましたが、そういう子達のほとんどは、機械的に計算の方法を覚え、処理をしているだけで、数量感覚を全く伴っていないということが珍しくないということを知りました。
例えば、2桁×2桁の計算をしているのに答えが2桁になって、そんなに小さくなるはずないよね?と言ってもきょとんとしているとか、3分の1は半分より小さい、4分の1も半分より小さいのだから、足して1より大きくなるはずないよね?というようなことを言っても、何を言っているんだ?というような反応をするとか、その子達が見ているのはただの数字で、その数字を覚えた方法で処理しているだけ。大きさ、量などのイメージは伴っていないので、答えがおかしいと言われても、計算をし直すしかなく、違うと言われれば何度も何度も計算し直すだけで、いつまでも本人が納得することはありません。
その状態で応用問題や文章問題が解けるようになるはずはないのです。
今日のレッスンで、なかなか量の感覚が伴わないものの、計算はできるという子が、小数と分数のたし算・引き算をしていたのですが、大半は正しい答えを出せているものの、時々突拍子もない答えが出てきて、何をどうしたらそんなに小さな答えになるの?とか、どちらも1より小さいのに、どうして答えが50近い数になるの?とか、驚きつつ尋ねると、ようやく少し考えて、再度計算し直し、なんとか正解するというようなことがありました。
この子の場合、言われれば多少はイメージできるようになりつつあるのですが、先取りで計算などをひたすらにさせてしまったような場合、切り替えるのはなかなか大変です。
小さい頃に算数の学習で重視すべきは、計算できるかどうかではなく、量やイメージを伴って考えられているかどうかなのではないかと思います。
今日は欠席振替でちょっと出勤。
中間考査期間の中2さんのレッスンがありましたが、毎度毎度、進度の速さ、内容の難しさに驚かされます。
中2だけど、解いている問題の大半は私が高1で習ったものだったりしますので、公立中学に進んだ子達とは2年近くの差があるということですよね。
大学受験をするつもりの、勉強が平均以上にできるような子で、なんとなく公立小中で過ごしている子達は、中学受験をした中高一貫校の子達との2年近くの差を高校の3年間で埋めなくてはいけないのかと思うと、小中学校の余裕のある間に何をどう学ぶかは結構重要なことなのかもしれません。そして、それを子ども達に知らせてあげることは大人の務めのひとつなのかもしれませんね。
今日は出勤前、ドジャースとブルワーズの試合を見ていましたが、ポストシーズンに入ってから打撃不振に陥っていると言われていた大谷選手が、今日の試合では投手としても好投し、打者としてはまさかの3ホームラン。最後は佐々木投手が抑え、ナショナルリーグ優勝を決めましたね。
それにしても、大谷選手という人は、漫画の世界でも「ありえなさ過ぎて描けない」ようなことを次々と実現してしまう、ユニコーンと言われるのも頷ける存在ですよね。
その上、恐らく「いい人」ですし、更に言えば、恐らくお金にも頓着しない、永遠の野球少年とでも言いましょうか。
一体、どんな徳を積めば、あんな人になれるんだろうと思ったりしますね。
たびたび取り上げられていますが、彼が高校生の頃に書いた目標達成シート、あれを真剣に考え、できることを真剣に実行に移せば、大谷選手ほどではなくても、目標を達成できる確率は上がるんだろうなとも思います。
私も若い頃に考えてシートを作っていたら、何か変わっていたかなぁ。
問題を作るようになって、この表現できちんと意味が伝わるだろうかと迷うとき、迷わないよう詳しく説明をすると、今度はその長さがかえって理解の妨げになる可能性があったりもするので、問題文を作るのはなかなかに難しいなと感じるようになりました。
実際、そういう意識で文章問題などを読むと、中学受験や中学生などの応用問題などで、ん?これはどういう意味だ?と思ったり、どちらの意味だ?と迷ったりするものに出合うこともあります。
子ども達みんなが迷わず理解できる文章というのは恐らくかなり難しいものなのではないかと思いますが、応用問題など、問題が難しくなるほど、迷うところをしっかり読み取れるかが大きな鍵になってくることも少なくないように思います。
今日のレッスンで思考力系の問題集をしていた子が、数字の書かれたボールを順番に取り出し、3つ並んだ時点で取り出すのをやめ、残りのボールの数字の合計を…というような問題を、「取り出すのをやめ」たそのボールの数字まで足して答えを書いていました。
しかし、例が挙げられていて、残りの合計の中に、取り出した最後の数字は含まれていないことが確認できたので、そこをきちんと確認していれば迷うはずはないところです。ですが、もし例が挙がっていなければ、取り出すのをやめたら、それは取り出していないと解釈す子もいるかもしれないとは思います。
問題を作る側も色々頭を使っているのだろうと思いますが、ポイントとなるところ、そこを間違えたら正解のしようがないところは、しっかり読み取れる力は算数に限らず、とても重要な力のひとつですね。
幼児期から通ってくれているものの、恐らく算数にはあまり興味がなさそうな低学年さん。おうちの方の意向も、学校で困らなければ、算数が嫌いにならなければということだったので、無理せず、その子のペースに合わせて進めてきましたが、今も恐らく算数が楽しいという感覚はないんだろうなと。
形は割と好きなのかなという感じながら、算数が好きな子によくあるような、いくつか問題を解いたら、パターンのようなものを自ら見つけて解いてしまうという感じはなく、納得するまでに時間がかかる印象。嵩の学習も、数が大きくなると混乱中なのですが、ふと気づくと、3桁同士の足し算や引き算は、一切筆算などすることなく、落ち着いて暗算できちんと正解できているではありませんか。
ああ、そうなのか、この子こんなにしっかり計算できるようになっていたのかと、思わず嬉しくなりました。
困っている場面、なかなか進まない場面を見ていると、ついつい見逃しがちになりますが、じっくり考えて進んできているので、力はちゃんとついているんだなと、少し安心しました。
夕方、寝起きでやってくることが多い2年生さんは、今日もやはり寝起き。寝起きだと、レッスンが始まってしばらくは声を発してくれないこともあり、不機嫌でひやひやするときもありなのですが、今日は比較的早くに復活?して、おしゃべりが始まりました。
ご機嫌だとよく考えられるので、嬉しいことではあるのですが、声のボリュームがどんどん上がり、一緒にレッスンしている子の妨げになりそうで、途中何度も「もう少し小さい声で」「声のボリュームを落として」とお願いする事態に。(苦笑)
でも、この子、来てくれるようになってしばらくは全く楽しくなさそうで、困っていそうだから声掛けをしても全く反応してくれなかったり、眠すぎたのか泣き出してしまったり、ハラハラしながらレッスンをしていた時期があったので、楽しそうにレッスンに臨んでくれるようになってひと安心です。
そこそこ長年子ども達とレッスンをさせてもらっていますが、宿題をいい加減にやって「わからなかった」と言ったり、明らかに手抜きをしたのが丸わかりの、あり得ないような答えが並んでいる宿題を何食わぬ顔で出してきたり、大人が見ればバレバレの言い訳をしてくる子がちらほらいて、子どもはそれでもばれないと思ってるんだなぁと思うと、だから子どもなんだなと思ったりもしますが、悲しい気持ちにもなります。
子ども達にはいつも、いい加減にやるのなら自分の力にならないから、やらなくても同じ、いい加減なものを見せられるとこちらの気分が悪くなるから、むしろやらない方がいいぐらい、そんな話をします。
嫌々やっても身につかないというのは脳科学などの研究で分かっていることのようですから、嫌だなぁと思いながらいい加減に取り組むのなら、本人の気分も悪い、時間は無駄になる、自分の力にはならない、それを見せたら私の機嫌が悪くなる、と、本当にいいことが全くないので、それならやらずに「やりたくなかった」と持ってこられる方がずっといいよと、そこは多分教室を始めてからずっとぶれずに言い続けていることなのですが、それでもなかなか伝わらない子もいるんですよね。
そうなると根競べ。本人が聞き入れてくれるか(この場合、宿題をしないという選択肢もあるので、やることを強制するとかではありません。)、嫌になって辞めてしまうか、どちらが早いかになってきます。
今もそういう子がひとりいて、なかなか手ごわいんですよね…。
でも、もうしばらく根競べしてみようと思います。
世の多くの方は3連休だったのですね。
私は土曜は仕事で、月曜は元々通常レッスンはお休みなので、いつも通りでしたが。
そして、今日で関西万博が閉幕しましたね。人混みが苦手な上、親のこともあって、元々行くつもりはなかったので、テレビで見るだけでしたが、大屋根リングが残るとしても一部だけというのは残念な気もします。
明日からまたどうぞよろしくお願いいたします。
中高一貫の学校に通っている中2さんは、間もなく公立の子達で言えば、完全に高校数学の内容に入ることになりそうです。中高一貫の進度の速さにはいつも驚かされますが、それにさほど大変そうでもなく着いていく子を見ていると、改めてすごいなぁとも思います。
高校数学の範囲は必要になったらそのたびに予習し直しをして、自分では手に負えない範囲まで進みそうであれば、早目に子どもにもおうちの方にもその旨をお伝えするようにしているのですが、歳と共に「暗記」はますます苦手になり、何度も反復してまで覚える時間の余裕もなく、そもそも、覚えるしかないものについては、子どもにもこれは覚えてねというしかないので、考えてわかるかどうかを確かめる予習をしています。
自分の高校時代にはまだそれなりにあった暗記力に頼って、公式などの解法を覚え、当てはめて解いていたので、改めて、これ、覚えてなくても解けるのでは?というところから問題に向き合うと、少なくとも数Ⅰの範囲は恐らく大半が、公式などを一切忘れていても考えれば解けるということに気づくのです。
もちろん、覚えられるのであれば、公式を覚えて当てはめることでテストなどでは時短になりますから、覚えられれば覚えるといいのでしょうけれど、忘れても考えれば解けるという安心感はやはり大きいように思います。
小さい頃からきちんとどうすれば解けるかを考えることを積み重ねてきた子達であれば、恐らく中学の数学、高校のある程度のところまでの数学(私は空間認知の能力に恵まれていないので、イメージできないものは難しくなるとお手上げのため、そういう問題でも考えれば解けるのかは判断ができず…)は覚える必要があるものはごく限られているのではないかと感じます。
そういう意味でも、長い目で見るほど、小さい頃にしっかり考える習慣をつけることは本当に大事なのだと思います。
そういえば、昔は今日が体育の日だったのですね。
夏が異常に暑くなり、多くの学校で運動会や体育会を1学期にするようになったので、体育の日ではなく、今はスポーツの日なんですね、それが10月といっても、子ども達もあまりピンと来ないかもしれませんね。
でも、朝晩は気温が下がり、日中も過ごしやすくなったので、正に運動にも学びにもぴったりのいい時期ですね。
私ももう少し上手に時間を使って、読書や学びをしなくては!
以前から気になっていることがあります。
教室でしてもらうプリントの中に、立方体の積み木が色々な形に積んである図を見て、積み木の総数を問うものと、隠れている個数を問うものがあります。同じような積み木の図のプリントなのですが、その2通りの問題があることを知っているはずなのに、最初の1行の問題を見ずに、総数を答える子が少なからずいます。
他にも、図を見て、それを足したり、引いたりするものの場合も、最初の問題に足すのか引くのか(合わせるのか取るのか)が書かれているので、そこを確認しなければ全問間違えることもあるというのに、やはりそこを読まずに足し算をする子も少なからずいます。
これらの例以外にも、ほんの短い問題文を読むことなくいきなり問題を解き始めて間違えるという場面に遭遇することは少なくなく、そのたび、問題をきちんと読んでから始めるようにいうのですが、読まない子達は何度言っても同じようなことをします。
教室を始めた頃にはそこまで多くなかったような気もするので、時代の変化で、きちんと本を読むという経験がどんどん減っていることなども影響しているのかもしれません。
もしそうであれば、きちんと文章を読める子と読めない子の差はどんどん開いていき、それが大きな学力の差になるということもあるのだろうと思います。
スマホを持つようになって以降、私自身も読書量が激減し、かといって、文字を読んでいないわけではなく、内容の薄いネット上のニュースなどを読み流しているような状態で、それに慣れてしまうと集中して読書をしようと思っても、なかなか続かなくなってしまっています。
とすれば、小さい頃からスマホやタブレットがある子達にとっては、本当に意識してきちんとした文章を読む機会を確保してあげることがかなり大切なのではないかと思います。
寝起きでやや不機嫌に登場した低学年さんは、寝起きでなくても、嫌いな問題や、見た目でやりたくないものなどを前にすると、全身から嫌々オーラが出ているような感じで、あまりにも不機嫌な態度が続くと、こちらも心穏やかではいられなくなってくるのが困りもの。
でも、怒ってまでさせる気はないので、様子を見つつ声掛けをし、どうしてもやりたくないときにはそれは保留にして他のものに変えるなどの対応をします。
しかし、今日は不機嫌とまではいかず、一応考えているようではあるものの、言葉を発せず控えめにうなっている感じだったので、あまり余計なことは言わず、様子を見ていました。すると、初めは全く意味のなさそうなうなりだったのが、途中から、答えを読み上げているような抑揚がつき始め、そのうち、言葉に代わり、しっかりした声が出るようになりました。
なんというか、さなぎが羽化している姿を見ているような、なんとも興味深い変化でした。
少し前から、通分・約分、異分母分数のたし算・引き算を学習している高学年さんがいるのですが、前回、異分母分数の足す・引くは面倒なもの以外はほとんど何も書かずに通分して答えを出していて、へぇ~、結構得意なのかな?と思って見ていました。
しかし、今回のレッスンで、分数で表された長さを使って計算する必要がある文章問題が出てきました。
すると、式を書かずに答えだけを書いたのですが、その答えは約分できる(分母が8と10なのに、80で通分をしていたので)状態ではあったものの、答えとしては正解でした。
ただ、今回の宿題の中にも約分をし忘れているものが散見され、直してもらったすぐ後だったので、気づいてもらう必要があると思い、どういう式になるのか式を書いてもらうことにしました。
すると、なぜなのか、足し合わせる2つの分数をそれぞれ10倍してから足すという謎の式を書きました。
そもそも、まだ分数の掛け算は学習していないので、出てくることはないのですが、小さい頃から教室に通っている子達の多くは、例えば「1/5×3」であれば、1/5が3回分と理解できるので、教えなくても3/5という答えを出すことができます。
今回の子は小さい頃はほかの塾などに通っていて、その後移ってきたことなども影響しているのかもしれませんが、そもそも、与えられているものは長さなのですから、10倍したら長さが変わってしまうということも気づいていない様子でした。
おまけに、通分を40ではなく80にしてしまっているとはいえ、どちらの分数も10を掛けているので、意味が分かりません。(例えば、分母が8の方を10倍、10のほうを8倍したのであれば、どう考えたのかはわかりますので。)
そこで、10倍したら長さが10倍になってしまうよと声掛けしたのですがぼんやりしていたので、円いケーキが3分の1個より4分の1個大きい場合、どんな大きさになるか図を描いて考えてもらい、それも何度も間違えていましたが、最終的に1/3+1/4=7/12という式と答えを書いたので、その考え方の中に先に書いた×10が2回出てくるようなことはあったか確認し、どうにか正しく解くことはできました。
しかし、少なくともこの子にとって、分数で書かれた長さは全く量としてイメージできていなかったのであろうということは分かりました。
そこがイメージできるかどうかは今後の分数の学習に大きな影響があるので、ここはしっかり身に着けてもらえるよう努めたいと思います。
中間考査が済んだばかりの中3さん。元々何かを覚えることが苦手なようで、中3の初めに合同条件を正しく言えず(その状態で定期考査も受けていたようで)、必ず覚えるように言ったのに、夏休みが終わっても覚えていなかったのですが、今回の中間考査前、何度も相似条件を確認し、口頭で答えさせ、答えられなければ再度確認し、覚えられないなら試験直前に教科書を見て覚えて、テストが始まったらすぐにプリントのどこかに書き留めるよう伝えていたので、試験が終わったらまた忘れているかもしれないと思いつつ、覚えているか確認したところ、3つとも完璧に答えられました。正直言ってこれは相当感動もので(そもそもは覚えて当然、それを覚えずして相似の範囲の試験を受けるなんて話にならないと言えるかもしれませんが、これまでのその子を見ているだけに、おお!!覚えてる!!と思い)思わず、「すごいやん、忘れてないやん」と言ってしまいました。
小さな一歩かもしれませんが、これまであらゆることを「暗記する」ことを苦にしていた子が、何をどうしたのかは分かりませんが(教室でも、図を指しながら、どういう場合に相似が言えるか確認し、「それぞれ」と「全て」の違い、どの場合にどちらを使うかも念押ししましたが)、覚えて試験を受けたということは、中2の時とは明らかに変わったということです。
前回、中間考査直前の貴重な時間を使って、高校入試について、その後のことを含め、なぜ今がんばるべきかを話し、少しでも何か響けばいいなと思っていましたが、響いたかどうかは別として、相似条件を覚えていたということだけでも、その子にとっては明らかな変化、進歩ですから、本当に嬉しく思います。
今回は2次関数を学習しましたが、この子、中1,2年で関数系全般に相当曖昧な理解でここまで来てしまっており、その復習の時間も十分に取れていないのですが、導入段階では思った以上に考えられていて、この感じなら、真っ白の状態で先に2次関数をしっかり学習し、総合問題として出てくる1次関数を後から復習するほうが効率がいいかもしれないなと、こちらもちょっと希望が見えてきました。
なんとか入試までに数学の力をしっかり伸ばしてもらえるよう、私も一層がんばらねばと思います。
子ども達とレッスンをしていて、自分自身も含めて感じることは、数字が複雑になったり、分数や小数になった途端、問題の内容としては難しくないはずなのに、途端に考えられなくなるということがあります。
今日のレッスンでも、1mで3/8kgの針金…というような感じで、重さや面積が分数になっている問題が出てきたのですが、仮に、1mの重さが375gの針金と書かれていたら、2.5mの重さとかもっと半端な小数であっても、重さと長さを掛ければいいと、すぐわかるような子でも、重さも分数、長さも分数、更には小数に直せないようなものとなった途端、割り算が出てきたり、どうしてその式になるのか説明ができなかったりということが起きたりします。
子ども達に馴染みの薄い小数・分数で量を表されると、簡単なものでもイメージできなくなるということは珍しくないので、尚更、小数や分数を学習する際に、大きさや量としてイメージと結びつけることも大事なのだと思います。
4年生さんが、倍数・約数の学習で、50を割ると2余る数を全て求めるという問題を考えていました。
塾などでは初めに解き方、考え方を説明することも多いのだと思いますが、教室ではまずどう考えるかを見たいので、説明なしで考えてもらっていたところ、3、4…と書き始め、最終的には全てきちんと答えを書きました。
1から順に割ってみているとしたらもっと時間がかかりそうだし、何かに気づいているのではないかと思い、尋ねてみたものの答えが返ってこないので(その子は言葉にするのが苦手なタイプで、考えていることを口にするまでにかなり時間が必要ということもあるのかもしれませんが)、次の問題も考えてみてもらったところ、次は2つの数がそれぞれ3余り、4余るというようなものだったのですが、やはり順に全部考えている速さではなかったし、きちんと正解したので、説明できないだけで分かっていそうだなと思いつつ、確認のために、こんな風に考えるといいという方法を伝え、そうやって考えていたの?と尋ねると、小さくうなずきました。
おお、それは素晴らしい!
本人が分かっていることであれば、くどくど説明しても聞くのが面倒でしょうし、説明しなくても分かっていればすごいね!と褒めることもできますから、先に説明をするということは極力避け、まずは子どもに考えてもらうということを大事にしたいといつも思っています。
先日から、真っ白の状態からの100までの数の学習を始めた年長さん。
前回も色々新鮮で、見ていて幸せな気持ちになりましたが、今回は、10が3本と1が5個で…というようなものはかなりスムーズに答えられるようになったものの、新しいことが出てくると、また知らないところからの学びを見せてもらえて、なんとも微笑ましいものでした。
例えば、10の積み木を3本置いた後、1の積み木を15個置いたら、積み木は全部でいくつかと言われると、置かれた積み木を10,20,30,40まで数えた後、41ではなく、50,60,70,80,90と数えてしまい、90と答えるものの、目の前の積み木を「それ、90?」と聞かれると、90ではないことはわかるというような、恐らく1から順に45まで数えれば間違えないのに、10,20…と数えて40まで来た後、41,42…と数え方のルールが変わることにまだ慣れていないから起きてしまうことなのでしょう。
そのほかにも、1「ポン」2「ホン」3「ボン」というように、日本語特有の言い方もまだ慣れていないため、「いっほん」とか「ろくほん」とか言ったり、かと思えば、「よんぼん」とおかしなところで濁ったりと、そうか、小さい子達にとってはそれも全部これから学んでいくんだなと、改めて気づかせてもらっています。
最近のコメント