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2022年1月20日 (木)

可愛いものだと思えたらいいけど…。

教室の子ども達には、いい加減に宿題をするのならしなくても変わらないし、自分の身に着かない上に、いい加減なものを見ると嫌な気持ちになるから、それならしないほうがマシだというようなことを話すことがあります。
普段からきちんと課題に取り組んでくれる子には言う必要はないのですが、宿題になると明らかに手抜きをしていたり、しっかり考えていなかったりというものを持ってくる子には、何のために宿題をするのかという話、何のために学ぶのかという話を、必要であれば何度でも話します。

家でどうしても宿題ができないというのであれば、何か方法を考えなくてはいけませんが、それも含め、子どもときちんと話をするようにしているので、いい加減に取り組んでいた子も、やるからにはしっかり考えるし、やりたくなかったとか間に合わなかったとかいうものは真っ白の状態で持ってくるようになってくれることがほとんどです。
もちろん、それでもしばらく経つとまた手抜きをするようになって、また話をしなくてはいけなくなることはありますが、それは別に構わないと思ってもいます。

でも、ある程度信頼関係ができたと思っている子に、これはさすがに答えを見たなとか、計算機を使ったか何かだろうなと判断せざるを得ないようなことをされると、本当に悲しい気持ちになります。

今日は久しぶりにそんななんとも悲しい気持ちになったのですが、算数が苦手になってから来てくれた高学年の子なので、かけ算の筆算もかける数が2桁になるとスラスラとはいかないというのに、小数×整数の筆算でかける数が2桁なのにも関わらず、1行答えだけが書かれている状態でプリントを持ってきました。小数の計算は面倒ですから、その子にとって問題数が多いと負担に大きいだろうと、プリント1枚につき4問だけすればいいことにしていたにも関わらず、その有様。
見た瞬間に、自分できちんと計算したのではないことは確信しましたが、頭ごなしに決めつけて万一のことがあってはいけませんので、「私ちょっと機嫌悪くなってるんやけど、何か心当たりあるよね?」と尋ね、答えは待たずに「この1問やってみせて」とやらなくてもいいことにしてあったうちの1問を目の前で解いてもらいました。

すると、残念ながら予想通り、一の位のかけ算を上の段、十の位のかけ算を下の段に書き、繰り上がりなどを間違えては何度も直し、悪戦苦闘しながらようやく正解に辿り着きました。
それを見てから、「なんで答えが1行で書いてあるの?」と言うと、何も答えられませんでした。

大人が見れば明らかにバレバレの手抜きをするのは、まだ子どもだなぁと可愛く思えたらいいのですが、その子とは随分信頼関係ができてきたと思っていただけに、かなりショックでした。

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