今となっては新鮮な違和感
昔、まだ塾講師だった頃は、計算はとてもよくできるのに、文章問題になったらからっきしダメという子達を何人も受け持つことがあり、どうすれば文章問題もできるようになるんだろうと頭を悩ませていたことがあります。
その後、ある先生にお会いし、主に幼児、低学年を見ておられる先生が「文章題なんてできて当たり前です」とおっしゃるのを聞いて、内心、先生は小さい子しか見ておられないから、わかっておられないんだなと思ったこともあります。
ですが、実際のところ、教室を始めて以降、小さい頃から一緒にレッスンをしている子達で、計算だけはできるけど文章題はお手上げという子にはひとりも出会うことがありませんでした。算数全般に苦戦している子、学習全般に苦戦している子などはもちろんいますが、計算だけはスラスラ解くのに、文章題になると手が止まるということは、それぞれの学習を本当の意味で理解していれば、起こり得ないことなのだということを私自身が気づかされました。
結局、過去に出会った計算だけができる子は、今思えば、反復練習で計算方法だけを覚え、処理をしていただけで、頭に数が量として浮かんだり、何かをイメージしながら考えていたのではなかったのだろうと思います。
ただ、世の中には、計算は得意だけど…という子は少なからずいて、その結果、中学生になっても、計算中心の1学期は試験の平均点も高めで、関数や図形が中心になる2学期、3学期になると点が延びない子達が増えてくるのだろうと思います。
中学生になってから、数学で苦戦して、来てくれることになった子達を見ていると、真面目な子達だから尚更なのだと思いますが、苦手だというのに計算問題であれば、かなりきちんと解けているのを見て、久しぶりに昔受け持った子達を思い出しました。
計算は意味がわからなくても訓練すればある程度正解できるものなのだなと、改めて感じると共に、その勉強の仕方では、応用問題になるとお手上げになってしまうということも再確認しています。
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