余裕があれば面白い
先日から数Ⅰの三角比の問題を予習しているのですが、高校時代、余弦定理や正弦定理は丸覚えして使っていた上、sinθ、cosθ、tanθの色々な置き換えも、全て「暗記するもの」という意識で意味も考えずに解いていました。
もちろん、小学校、中学校とずっと公立でのんびりしていた自分にとって、高校でじっくり考えて問題に取り組もうと気持ちを入れ替えていたとしても、あのスピードについていくためには、恐らく無理だっただろうと思いますので、やはり小さい頃からきちんと意味を考えて納得する学びを積み重ねられていたらよかったのにと思います。
予習をする際は、公式などを見ずに、まず自力で解けるかどうかということをしてみるのですが、解けた後で解答解説を見ると、ああ、こんな解き方もあるのかと思うことも少なくありません。問題によっては、確かにこの方が手間が少ないなと思うものもありますが、時には、なんでそんな解き方をしなくちゃいけないんだろう?と思うものもあります。
そして、色々考えて解くことが当たり前になった結果、丸覚えしていた(今では忘れてしまっていた)公式なども、忘れても解けるものが結構あることや、忘れても導けるものが大半だということに改めて気づきます。
三角比のあたりは高校でもどちらかといえば好きだったのですが、あの頃にもっと図を描いたり、試行錯誤をしながら考えられる余裕があったら、きっともっと数学が楽しかっただろうし、もしかしたらあの頃の夢であった中学校の数学の先生にもなれていたかもなと思ったりします。
じっくり考えるのは、余裕がなければできないことで、余裕をもってじっくり考えることは、案外楽しいことも多いように思います。
その「時間の余裕」は、小さいときにたっぷりと確保されることが、子どもにとってとても大切で幸せなことなのではないかと、改めて感じます。
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