「教える方が楽」
教室を始めて17年目となり、日々新鮮な気持ちでいるつもりでも、始めた頃のことは忘れていることもあります。
先日、長年お世話になっている他県の高校生対象の塾をしておられる先生が、教え子さんのお子さんである小学生達の指導を始めることになり、私が作ったまだまだ拙い教材を使ってみてくださることになりました。
その先生に強くお伝えしたことは、私自身が教室を始める際に言われた「教えない」ということ。
高校生に対して、色々な教材を自作されたり、工夫した授業をされている先生ですが、小学生は未知の領域。高学年に差し掛かっている子は、教えてもらったことを覚えて解くことには長けているそうですが、中学入試の算数の問題を自分で考えて解ける気がしないとのことでしたので、尚更、その子が図を描いたりあれこれすれば解けそうな問題を、とにかく根競べするぐらいのつもりで本人に解かせてみてくださいとお伝えしました。
というのも、学年が上がって、学校などで教わってその通りに再現、処理することが当たり前になっている子達を変えるには、とにかく自分の頭で考え、教えられずに解けたときの快感を味わってもらうしかないと思うからです。
もちろん、算数に関してはひたすら覚えて反復して乗り切るという方法もあるにはありますので、その子がそれを選択するのであれば無理強いする必要はないとも思っていますが、その先生のお話では、親御さんはきちんと理解し、考えられるようになることを望んでおられるとのことでしたので、であれば、その壁を越えてもらうしかないかなと。
その後、何度か授業をされているようですが、先日SNSに嘆きとも言える「教えた方がお互いの精神衛生上いいと思うし、その方が楽」というような内容が書かれていました。
そうなんですよね。もちろん、考えようとしない子などには、私も未だに「答えを教えるほうがずっと楽」というようなことをいうことはありますが、既に「教えない」ことが当たり前になっているので、そこまで苦しいと感じることはなくなっていましたが、そういえば、教室を始めた頃、子どもがじっと黙ったまま動かず、これは何もわかっていないのではないか、教えずに時間ばかりが過ぎていって、こんなのでお月謝をもらうことはできないし、どうしよう、でも、教えたらダメなんだよな…とそんな葛藤を何度も何度も繰り返していた時期がありました。
ただ、それでも耐えているうち、色々な発見があり、邪魔をせずひたすら待っていると、とても穏やかな顔で考え、答えに辿り着いてスッキリする子達を見られるようになって、不安や迷いが薄らいでいきました。
「教える方がお互い楽」という感覚は、もしかすると幼児、小中学生を指導する多くの指導者が気づいていないのかもしれないなと思います。
もちろん、「教える」というのを、全員がきちんと理解できるまでという条件を付ければ、それはそれでかなり大変になるかと思いますが、少なくとも、塾講師をしていた頃の私は、子ども達にいかにわかりやすく教えるかを常に意識していましたので、そのときとの違いははっきりわかります。
楽をして、成果が出るのであれはもちろんそれが一番だと思いますが、学びに関しては「教える・教わる」でできるようになる「楽さ」は、自ら考え、答えの辿り着く「楽しさ」とは比べ物にならない気がします。
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