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2020年2月21日 (金)

「教える方が楽」

教室を始めて17年目となり、日々新鮮な気持ちでいるつもりでも、始めた頃のことは忘れていることもあります。
先日、長年お世話になっている他県の高校生対象の塾をしておられる先生が、教え子さんのお子さんである小学生達の指導を始めることになり、私が作ったまだまだ拙い教材を使ってみてくださることになりました。

その先生に強くお伝えしたことは、私自身が教室を始める際に言われた「教えない」ということ。
高校生に対して、色々な教材を自作されたり、工夫した授業をされている先生ですが、小学生は未知の領域。高学年に差し掛かっている子は、教えてもらったことを覚えて解くことには長けているそうですが、中学入試の算数の問題を自分で考えて解ける気がしないとのことでしたので、尚更、その子が図を描いたりあれこれすれば解けそうな問題を、とにかく根競べするぐらいのつもりで本人に解かせてみてくださいとお伝えしました。

というのも、学年が上がって、学校などで教わってその通りに再現、処理することが当たり前になっている子達を変えるには、とにかく自分の頭で考え、教えられずに解けたときの快感を味わってもらうしかないと思うからです。

もちろん、算数に関してはひたすら覚えて反復して乗り切るという方法もあるにはありますので、その子がそれを選択するのであれば無理強いする必要はないとも思っていますが、その先生のお話では、親御さんはきちんと理解し、考えられるようになることを望んでおられるとのことでしたので、であれば、その壁を越えてもらうしかないかなと。

その後、何度か授業をされているようですが、先日SNSに嘆きとも言える「教えた方がお互いの精神衛生上いいと思うし、その方が楽」というような内容が書かれていました。

そうなんですよね。もちろん、考えようとしない子などには、私も未だに「答えを教えるほうがずっと楽」というようなことをいうことはありますが、既に「教えない」ことが当たり前になっているので、そこまで苦しいと感じることはなくなっていましたが、そういえば、教室を始めた頃、子どもがじっと黙ったまま動かず、これは何もわかっていないのではないか、教えずに時間ばかりが過ぎていって、こんなのでお月謝をもらうことはできないし、どうしよう、でも、教えたらダメなんだよな…とそんな葛藤を何度も何度も繰り返していた時期がありました。

ただ、それでも耐えているうち、色々な発見があり、邪魔をせずひたすら待っていると、とても穏やかな顔で考え、答えに辿り着いてスッキリする子達を見られるようになって、不安や迷いが薄らいでいきました。

「教える方がお互い楽」という感覚は、もしかすると幼児、小中学生を指導する多くの指導者が気づいていないのかもしれないなと思います。
もちろん、「教える」というのを、全員がきちんと理解できるまでという条件を付ければ、それはそれでかなり大変になるかと思いますが、少なくとも、塾講師をしていた頃の私は、子ども達にいかにわかりやすく教えるかを常に意識していましたので、そのときとの違いははっきりわかります。

楽をして、成果が出るのであれはもちろんそれが一番だと思いますが、学びに関しては「教える・教わる」でできるようになる「楽さ」は、自ら考え、答えの辿り着く「楽しさ」とは比べ物にならない気がします。

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2020年2月20日 (木)

嬉しいな。

頭の回転がかなり速い、賢いお子さんとレッスンさせてもらって1年数ヶ月になります。
ご紹介くださった方からよくできると伺っていて、確かにすごいなと驚かされることも多かったものの、よくできるからなのか、少しでもできない、難しいと感じる問題があると途端にイライラしだしたり、本来できるはずのものもできなくなってしまったりすることがありました。

ですが、本来その子が持っている能力からすると、ほんの少しぐっと考えればできそうなものなのに、すぐにわからないとイライラしたり、時には泣いてしまったりすることが気になっていました。

そこで、あるとき、レッスンの終わりにお話をしました。

いつも本当によくできてびっくりするけど、ぱっと分かる問題ばかりをしていても、頭をほんの少ししか使わないからもったいないなと思ってる。
頭にはたくさん線があって、小さいうちにしっかり使っておけば、ここも大事、こっちも大事って、たくさんしっかり線をつないでくれるけど、全然使わなかったところは、ああ、ここはいらないんだなってぷちんぷちんと切って線を減らしてしまうの。
切れてしまった後に使おうと思ったら、すごくすごくがんばらなくちゃいけなくなるけど、今のうちに難しい問題でもがんばって考えてたら、考えているだけで頭をたくさん使うから、たくさん線が残ってもっと賢くなるよ。

そんなような話をまだ小さいその子にしたのですが、さすがに賢い子なだけあって、何か思うところがあったようです。
その後、レッスンでもイライラすることがだんだん減って、なんとかがんばって考えようとしてくれることが増えてきていました。

そして、今回のレッスンでお迎えに来られたお母さまが、最近はおうちで宿題をしているときに、「わからない!」と言うので助けようかと思うと、それを制止してがんばって考えるのだと教えてくれました。
とっても嬉しいお話でした。

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2020年2月19日 (水)

感慨深い

今日は期末試験前で別の日に振替になった中学生がいたので、レッスンの終わりが早く、普段は最後がその子になることはない4年生さんが、帰り際、玄関の本棚を眺めながら話しかけてきました。

「この本全部先生買ったん?」

「何冊かは、もう読まないからよかったらどうぞってもらったのもあるけど、ほとんど全部買ったよ。」

「すごっ!」

「でも、1年とかで買ったわけじゃないからねぇ。もう17年ぐらい(正確には今年の7月が来たら丸17年ですが。)教室してるから。」

「えっ!?」

その子が驚いたので、え?なんで?と思うと同時に、ああ、そうか、この子はまだ影も形もない頃から教室をしてるってことなんだなぁと、改めて感じました。
元々、通ってくれた第1号の、当時1年生だった子達が社会人1年目とか大学4回生とかなので、その感覚はあったのですが、今4年生の子の子はまだ生まれてもいなかったのに、こんなに育つだけの時間よりもっと長く教室をしているんだなと、なんだかしみじみしました。

そして、そういえば1年目はまだ全く暮らしていける状態ではなく、子ども用の本を1冊買うのもある種の勇気や決断がいったことや、子ども用の本は日曜大工?で作った、20冊入るかどうかの本箱1つから始まったことを思い出し、ちょっと感慨深いものがありました。

大学を出てすぐから同じ職を続けている友人などはそれよりずっと長いキャリアなので、17年が長いとは言えませんが、それでも不安だらけでスタートしたこの小さな教室をこれまで続けてこられたことに、改めて感謝します。

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2020年2月18日 (火)

インフルエンザがじわじわと…。

テレビでは連日新型肺炎の話題で持ち切りですが、子ども達の間ではまたじわじわとインフルエンザが流行ってきているようですね。
新型肺炎に関しては子どもは比較的かかりにくく、重症化しにくいというようなことも言われていますが、連日の報道の一方で、アメリカではインフルエンザが猛威を振るっていて、死者が1万数千人に上っているとも聞きます。(その患者の中に相当数新型肺炎の患者が含まれている可能性もあるそうですが。)

数年前、新型インフルエンザが最初に報告されたのがこの近所で、一時騒然とし、マスクなどが軒並み売り切れた記憶がありますが、幸い感染力は高いものの、症状は軽いことが多かったようで、今回の新型肺炎もなんとなくそれに似た傾向なのではという気もしないではありません。

既に、国内のどこで罹患しても不思議ではない状態になってきているようですので、新型肺炎にしろ、インフルエンザにしろ、体調がおかしいと感じたら、無理をしないことが何より大事だろうと思っています。

先週来何人か体調を崩してお休みしている子もいます。
手洗い、うがいを徹底し、しっかり水分補給もして、できるだけ気を付けたいですね。

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2020年2月17日 (月)

オフ

昨日は出勤だったので今日はオフ。
とはいっても、やらねばと思いつつ先延ばしし続けていた確定申告の作業はしました。自分でできる作業は今日の時点で9割5分ぐらい完了。
ちょっとスッキリしました。

明日からまたよろしくお願いいたします。

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2020年2月16日 (日)

衝撃を受けた

土曜の出勤前につけていたテレビで私にとってはある意味衝撃的なことを知りました。最後まで見る時間がなかったので録画して出かけましたが、「境界知能」という言葉と、それによって苦しむ方達のドキュメンタリーでした。

初めに出てこられた女性は小学生頃から授業についていけなくなり、一時養護学級に移ったものの、そちらでは学びの困難具合が他の子たちよりずっと軽いということで、また通常のクラスに戻され、その後も色んな苦労をしながら、仕事でもなかなかうまくやれず、いられなくなって転職を繰り返し、何かおかしいと医療機関で知能テストを受けたところ、言語などの面では高い値であるのに、作業に関しては知的障害と診断されはしない、境界知能だとわかったそうです。

子どもの頃から怠けていると思われ続けてこられたそうですが、私が衝撃を受けたのは、お店で4本398円の乾電池と2本328円の乾電池とでどちらが得かがすぐに判断できず、メモを取り出し、328円の足し算も600円と…と4本398円の方が得だと判断するまでに8分の時間を要したそうです。(番組のナレーションによると。)

会話はほぼ普通にしておられたので、まさか?!と、見てただただ驚きました。

確か、自分が子どもの頃には、学校で知能テストを受けていたような気がしますが、その後、なくなったと聞いたことがあります。集団で、子どもの頃に受ける知能検査はどこまで正確に判定できるかはわかりませんが、仮に番組に出ていた女性が早い段階でそのアンバランスさを知らされていたら、もしかすると全く違う人生だったかもしれません。

近年、色々な発達障害が知られるようになり、それに伴って診断がつく子どもや大人も増えてきています。個人的には、診断をしてレッテルを貼り、「この人は○○だからしょうがない」と諦めたり、差別したりすることには否定的ですが、診断がつくことで周囲の理解が得られたり、本人が無用な劣等感を持ったりしなくて済むのであれば、早く診断を受けられた方がいいのではとも思います。(仮に、学習障害だから計算ができずに苦労しているのに、気づかれず、周囲から怒られたり、馬鹿にされたり、自信を失ったりすることは、診断がつけばある程度避けられるのではないかと思うというようなことです。)

まだまだ知らないこと、知らなくてはいけないことがたくさんあるのだろうなと、その番組を見て改めて感じました。

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2020年2月15日 (土)

新年度に向けて

年が明けてから、新聞に折り込まれる大量の塾のチラシを眺めつつ、大手さんでもこんなに早くから何度も折り込むぐらい、生徒が集まっていないということなのだなと、少し憂鬱な気持ちになったりもします。
おまけに、以前は高学年以上を対象としていたような塾さんも、軒並み低学年、幼児へと対象を広げていて、それもまた憂鬱さを増します。
その憂鬱さは、本当に小さい子達のことを考えて、小さい子達にとってよい指導をしてくれるのだろうか、高学年、中学生と、幼児、低学年は全くというほど別物なんだけど…という思いから来るものでもあります。

個人的に、特に幼児、低学年の間は、先生が一斉に説明をして、それを真似て問題を解くような勉強をさせる意味はあまりないように思っています。その方法で伸びる子は、奇跡的に授業のペースや難易度が自分にバッチリ合っているか、元々能力が高いのでどんな方法でもよくできる(別の方法であればもっと突き抜ける可能性がある)かがほとんどではないかと。

幼児、低学年期に大事なことは、その子自身がじっくり考えて納得する、理解するということです。考えるのに必要な時間は個人差がありますし、更にいえば、大人が想像しているより遥かに長い時間が必要な場合が少なくありません。
ですが、その時間をたっぷり与えてもらえた子達は、次第に考える時間が短くなっていくことがほとんどです。だからこそ、初めに、それぞれの子のペースに合わせて、しっかり待ってあげなければなりません。

その指導は一斉指導では恐らく不可能です。子どもの数が3、4人だったとしても、決められたカリキュラムがあり、みんなが同じペースで進んでいく形式であれば、恐らく必ず誰か心行くまで考えられずに次に進まざるを得ない子が出てくるはずです。

一人ひとりの反応をきちんと見て、それぞれのペースに合わせて進めていくためには、私は小さい子だと2人が限界、学年が上がっても、きちんと見るとなると3人が限界かなと思っています。

ですから、レッスンの枠全てが埋まってようやく人並み?に暮らせるぐらいなので、年度末が近づいてくると、いつまで続けられるかしらとちょっと弱気になったりもします。
ただ、不思議なことに、もうダメかも…と思うと問い合わせを頂けたり、ご紹介頂けたりすることが、これまでに何度もあって、17年近く続けてこられました。ありがたいことだと思っています。
と、ちょっと話が逸れましたが、来年度もどうぞよろしくお願いいたします。

もし、ご兄弟やご友人などで新年度からのご入会などをご検討頂いている方がおられましたら、体験レッスンは無料ですので、お気軽にお問い合わせください。

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2020年2月14日 (金)

気になること

中学生の平面図形の作図の問題を見ているときにしばしば感じるのですが、例えば、線分上に点があり、その点を通る垂線を作図しなさいというような問題なのに、その点の位置が線分の中点にあって、本来求められる描き方をしなくても同じ作図ができるとか、本来であれば角の二等分線の交点を見つける必要があるのに、各辺の長さが同じで、辺の垂直二等分線を書いても同じ場所を見つけることができるというような問題が少なからずあります。

もちろん、この場合はどちらの作図をしても同じものが描けると判断した上でのことなら問題ないのですが、中学生の最初の段階の場合、どの場合は角の二等分線を使うのか、どの場合は垂直二等分線なのかなどの判断ができるかどうかも重要なので、判断ができず、適当に選んだ、本来であれば正しく描けない方法を選択しても答えになるという問題はどうなんだろうと思います。

今日のレッスンでも、2つの角の二等分線の交点を見つける必要がある(3つの辺から等しい距離にある点を見つける)作図の問題で、3つの辺の長さが似通っていたため、コンパスを立てる位置がずれたのかな?芯の太さ分ずれたのかな?というような、ぱっと見は合っていそうな作図を子どもがしていて、よくよく見ると方法を間違えている。正確に確かめると辺の長さも微妙に違っていたので、その方法で見つけた点は間違っていたという流れでした。

そこで、敢えて3つの辺の長さが明らかにバラバラの図を渡して、その3辺から等しい距離にある点を見つけてくれるようにいうと、しばらくその図を見つめた後、何も言わなくても角の二等分線の作図を2回して、正しい点を見つけてくれました。

指定された点を通る垂線を描く問題も、垂直二等分線の描き方で描いていたので、別の紙に線分を描き、中点とは明らかに違う位置に点を打って、そこを通る垂線を描く場合、自分が描いた描き方で描けるか尋ねたところ、描けないことに気づいて正しく描き直してくれました。

問題を作るときに敢えてアンバランスにしておくだけで子どもがきちんと考えやすくなるのになぁと思うものが、ワークブックや問題集の中に少なからずあるのは、ちょっと気になっています。

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2020年2月13日 (木)

「あっ!」

子ども達とレッスンをしていて、「あっ!」と言ってもらえるときがとても好きです。
今日のレッスンでも、初めて帯分数同士のたし算やひき算をした子が、どう考えればいいのか気づいた瞬間に「あっ!」と言って、ぱぁっと表情が明るくなる瞬間がありました。

色々な表やグラフの学習をしていた子に、日本では投票の集計などの際に「正」の字を書いていくことがあるのだけど、なぜその字を使うといいのかを考えてもらっていたときに、5画ということは知っているのに、理由をなかなか思いつかないようでした。そこで、1つずつマルを描いていってもいいし、棒を1本ずつ書いていっても、チェック印を1つずつ付けていっても、ほかにも色々方法はあるよね?と話をし、更に考えてもらったところ、「5の段はかけ算も簡単だな。」などとブツブツつぶやいて、その後、クラスの選挙ぐらいならマルを描いていって数えてもしれてるけど、もし学校で何百人という人が投票したらどうなりそう?というと、ぱっと表情が明るくなり「あ!5でまとまってるから、わかりやすい。それに、5の段だと掛け算もしやすい!」とようやくすっきりした様子でした。

レッスンで、多くの子にできるだけたくさん「あっ!」と感じる瞬間を作りたいと思っていますので、いかに説明はせず、どういう言葉かけをすれば気づいてもらえるかにいつも知恵を絞っています。

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2020年2月12日 (水)

難しいよね。

私は自分が中学、高校の頃、順列組合せの類がかなり苦手だったので(中学レベルで全て書き出すようなものはできていましたが。)教室で中学生たちとその単元を学習することになると、子どもが難しく感じるポイント、勘違いするポイントなどが結構わかります。
ある意味それは「できなかった」ことによる恩恵なのかもしれないなと思います。

例えば、袋の中に赤玉3個と白玉5個が入っていて、そこから同時に2個取り出すときに両方が赤玉である確率というような問題であれば、私の頭に思い浮ぶものは、見分けのつかない赤玉3個と白玉5個なので、取り出す組合せとしては(赤・赤)(赤・白)(白・白)の3通りしかなく、そのうち赤玉2個は1通りなので「3分の1」というような考え方をしてしまいがちでした。

これまで何度も書いていますが、私は塾などに行ったことがなかったので、学校で習うことが全てで(あとはせいぜい通信教材や参考書などを見るぐらいしか手立てがなくて)そのモヤモヤはなかなか晴らしてもらえぬまま、苦手意識だけを残し、大人になりました。

今の仕事をし始めてからは、解き方だけ理解して教えるということができなくなりましたので、自分がきちんと意味を理解せねばなりません。
そのため、なんでも考えるようになった結果、先ほどの問題は赤にも赤1、赤2、赤3と番号があり、白にもそれぞれ番号があると考えるだけで、全く難しくないのだとわかりました。(もしかしたら、そんな風に習ったのかもしれませんが、残念ながら中学、高校時代にはそこまできちんと考えることはなかったもので、なんとなく分かった気になっただけで曖昧なままだったのでしょう…。)

これに限らず、自分が難しかったこと、苦手だったことは、どういうところが難しく感じるかということがわかるので、子どもが困っていてもどんな手助けをすればいいかが思いつきやすいですし、自分にとっては難しかったものを子どもが軽々と解いてしまえば(空間図形などではありがち…。)、素直に「すごいねぇ」と言えますので、「得意でない」ということがプラスになることもあるんだなぁと思います。

今回の期末テストでは順列組合せの類の問題が試験範囲になる中学生がいるのですが、やはり昔の私が引っかかったところに引っかかることも少なくなく、自分がすっきり理解できた考え方を伝えると「ああ!」と言ってくれることも多いので、なんとか苦手意識を持たずに乗り切ってもらえるといいなと思います。

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2020年2月11日 (火)

祝日でしたが。

今日は年間予定でレッスンをしないと回数が確保できない日だったので、お休みの方も多かったものの、出勤してレッスンをしました。
学校がお休みということもあって、頭がすっきり冴えている感じの子が多く、やはり子どもでも学校は疲れるのだなぁと思いました。

今日は体験レッスンも1件あったのですが、初めは明らかに緊張していた子が、時間が経つにつれ少しずつ慣れて、それと共に持てる力がどんどん発揮されてきて、楽しい時間を過ごさせて頂きました。

今日はお昼一番からレッスンで、終わりが早かったので、どうも土曜の気分ですが、まだ火曜…。
明日からもしっかりがんばりたいと思います。

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2020年2月10日 (月)

逃避行動?

確定申告の作業をいい加減始めないとと思いつつ、そのためにはまず机を片付けないとな、積読が増えてるから棚も必要だなと、まるで試験前になると片付けを始める子どものような状態で、結局今日も確定申告の作業には辿り着かず…。

机の片付けも手をつけ始めるとあちこち気になり出して、まだ半ば…。明日はレッスンがあるので、片付けと作業はさてどうなりますことやら…。

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2020年2月 9日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2020年2月 8日 (土)

なんか嬉しい

2年生の途中で算数に苦手意識を持ってしまった状態で来てくれた3年生さん。苦手意識はなくなったようで、それは本当によかったのですが、教室では学校より難しいこと、しっかり考えなくてはできないことなども少なくないので、まだ時々苦戦することもあります。

今週のレッスンで、色々な三角形を作図することになったのですが、レッスンの初めに知っている図形の名前を書いてもらったところ、正方形、長方形すら覚えていなくてまずはびっくり。ただ、私とはまだ一緒にしていなかったので、ひとまずよしとして次に進みました。

作図自体はまずまずスムーズに進み、コンパスを使っていくつか作図をした後、辺の長さを意識してもらうために作った、3辺のうち短い2辺の和が長い辺と同じになるものや、長い辺より短くなるものを、辺な長さだけ与えて、それで三角形が描けるかどうか問う問題を見て、全く迷うことなく描けないと答え、理由を尋ねると、まるで「そんなん当たり前やん、何アホなこと聞くん?」と言わんばかりの表情で説明してくれました。

ああ、ちゃーんと長さのイメージできてるんだなぁと、なんか嬉しくなりました。

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2020年2月 7日 (金)

新たな気付き

教室では全ての計算をまず暗算でできるようになってから、必要に応じて筆算をするのですが、学校などで習ってしまう前に筆算を学習する場合、極力テクニックとして教えたくないと思っているため、色々考えるのですが、これまで今ひとつ「これだ!」というアイデアが浮かばなかったことがありました。

大人からすれば何でもないことでもありますし、また、学校などでは繰り上がりの「1」を書くというような教え方をすることが多いのではないかと思いますが、暗算で計算ができるようになった後の子達に、例えば「387+246」のような足し算を筆算でしてもらうと、最初に何も言わずにしてみてもらうと、少なくない子達が暗算のときの習慣で上の位から6、3、3と書いていきます。
その書き方でもスラスラできているうちは黙って見ていることもありますが、繰り上がりが出てくるたび消しゴムが登場したり、桁が大きくなって苦労し始めた段階で、筆算は計算が苦手な人でも簡単にできるように考えられた計算なので、小さい方(下の位)から計算するのだということを伝えます。

そして、上の例でいえば、一の位の7と6をたすといくつになるか尋ね、13の1を十の位の上に、3を一の位の下に書くように書き方を教え、次に十の位の1と8と4のところをたすとどうなるか尋ねると、少なくない子が「130」と答えるので、十がいくつになるかを尋ね直し、「13」と答えてもらおうとするのですが、なかなかすんなりいかない子が時々いて、そういう子は筆算をしているのに、上の例だと、7と6で13、10と80と40で130、100と300と200で600というような考え方をして、暗算より手間取ったりすることがあります。

そんなときに言葉で「10の数」だとか「100の数」だとか言っても、小さい子だとぴんと来ないことがあって、無理矢理テクニック的に教えるのは嫌だし、意味を考えたら計算できるのだし、学校で習うまでこのままでもいいかな…となったこともありました。

ですが、今日のレッスンで1年生さんと筆算をし始めたとき、やはりなかなかピンとこない様子で、さてどうしようかなと思ったときに、ふと閃きました。以前使っていた教材では、100を超える数でもドットを使って学習していましたが、自作の教材では100を超えて1000までの数の学習をする段階からはお金も使って学習するようにしています。(10000個のドットをイメージできる子はまずいませんし、1000個でもきびしいのではと思いますので。)

そこで、普段見せている「位の部屋」の台紙に、問題に合うように硬貨を並べ(例であれば、百円玉3個、十円玉8個、一円玉7個を上の段、同じく2個、4個、6個を下の段に並べて)、あわせると一円玉がいくつになるか尋ね、13個と答えたらそのうち10個を十円玉に両替して十の位の位置に置き、次に十円玉の数を尋ねると13個と答えるので、また10個は百円玉に両替して百の位の位置に置き、最後に百円玉の数を尋ね、繰り上がった分の個数はそれぞれの位の上に、最終的なそれぞれの個数を位の下に書いてもらうということを二、三度一緒にしたところ、何をしているか理解できたようで、桁が多くなってもスラスラ解き始めました。

そうか、実際に硬貨を見せれば「何個」かを考えてもらえるので、理解しやすいなと新たな発見をしました。
ありがたいことです。

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2020年2月 6日 (木)

今日も嬉しい瞬間が

年長の頃から来てくれていて、どうも算数はあまり好きではないのかなという印象を持っていた1年生さん。
点つなぎもキライでいつも苦労していました。
まだ小さいうちは無理にさせてもよくないと思い、点つなぎは簡単なものを少しずつやってもらってきたので、ここに来てくれている多くの1年生さんよりスローペースで進んできました。

数に関しても教具を使っているものの、なかなかすんなりとはいかず、今でも10までの引き算でもちょっと考える時間が必要な印象なので、100までの足す引くはどうなるか少し心配していました。
ただ、最近は点つなぎも随分成長が見られ、100までの足し算は予想より遥かによくできました。少しずつではあるものの、変化は見え始めている印象で、嬉しく思っていましたが、引き算はやはり好きではないようで、明らかに嫌そうな反応が。(苦笑)

できるだけ1つ1つ数えずにがんばってみてと励ますものの、そこを越えるのはまだ難しそうでした。
それでも少しずつ進んで、今回はいよいよ2桁-2桁の繰り下がりという、100までの範囲では一番難しいところをすることになりました。(暗算です。)

教具を使いながら取り組んでもらい、絵が描かれたプリントでも考えてもらったものの、絵が描かれたプリントはまた1つずつ数えています。
そして、どうやら教具を使っていたときに、何をしていたかぴんと来ていなかったようで、絵が描かれたプリントでも、初めはどこまで取るのかよくわかっていない様子でした。

そこで、再び教具を見せながら、「このときはここまで取るの?ここまで?ここまで?」と取るところを変えながら見せたところ、問いかけには答えなかったものの突然何かが繋がったらしく、絵の描かれたプリントではどこまで取って後いくつ取るかは完璧になりました。
そして、式だけのプリントも1問目はできたものの2問目でおかしくなったのですが、それも声掛けをしながら2問ほど一緒に考えてもらったところ、顔つきがきりっとして助けが要らなくなりました。

まだ引き算自体はやや苦手なようなので、10から3取るとわかっているのに6と答えてしまうような間違いはいくつかしたものの、どう考えればよいのかは自分の中で昇華できたような印象でした。

その証拠か、終わった後、ぐったりしたり機嫌が悪くなったりすることなく、ニコニコ元気いっぱいな姿を見せてくれました。
今日もまた嬉しい瞬間を見ることができました。

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2020年2月 5日 (水)

なんて純粋!

中1の冬から来てくれている中2さんは明るくて楽しい子なのですが、中学生なのになんて素直で純粋なんだろうと思うのが、私が自分は思いつかなかったような解法を示すと、思い切り褒めてくれることです。

今日のレッスンでは場合の数や確率のところをしていたのですが、あの単元は条件の整理などが難しいので、慣れや論理的思考力などが求められるところで、苦手な子が多いところでもあります。
私自身中学高校時代は苦手でしたし、高校の確率統計はもやっとした理解のまま終えましたので、今でもすんなり解けない問題もあるだろうと思います。
でも、少なくとも中学校レベルの問題であれば経験も重ねていますので、どう考えると簡単になるかなど、こういう仕事をしている人であれば当たり前のことを言っているだけにもかかわらずその子は「すごいな、先生!天才やな!!」などと言ってくれるのです。(笑)

そのたび、何回も解いてるから、慣れてるから、そう考えるものだからなどというのですが、それでも自分が思いつかなかった方法を提示するたび感動したり褒めたりしてくれました。
なんて純粋で可愛い子なのだろうと、ちょっと感動してしまいます。

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2020年2月 4日 (火)

マジック??

今日の年中さんとのレッスンでのこと。
レッスンの終わり近くになって、ふと気づくとさっきまで使っていた鉛筆が見当たらなくなっていました。
普段筆箱の中まで確認しないことが多いのですが、今日はたまたまその子が筆箱を開いたままで、何本入っていたか見ていたので、とにかく1本行方不明なのは間違いありませんでした。

途中、色鉛筆を使ったりもしたので、間違えて別のところに置いてしまったかと探したものの見当たらず、子ども達は消しゴムなどを落としてもそれがうまく椅子の上に落ちていて気づいていないということも結構あるので、その子に立ってもらい、椅子の上や座布団の下、机の中や机の下など、とにかく色んなところを探したものの見つからず、お迎えに来られたおうちの方も一緒に探してくださったものの、カバンの中もポケットの中もどこにも見当たらず…。

また探しておきますねと言ってお見送りしたところ、程なくおうちの方からメールが。

「鉛筆ありました!上着の、袖の中に…」

!!!!!
その子はトレーナーを着ていて、それより上に上着は着ておらず、持ってきてもいなかったようなので、恐らくトレーナーの袖に入っていたということなのだと思います。
小さくなった鉛筆ならともかく、多分まだ十数センチはある三角鉛筆だったので、何がどうなって袖に入ったのか(本人は机に置いたと言っていましたし…)その子自身もあちこち探し回っていたのに、袖にそんなものが入っていて違和感はなかったのだろうかというのも不思議で。(苦笑)

もしやすごいマジック?(笑)

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2020年2月 3日 (月)

節分

今日は節分でしたね。
もう長年、思い切り豆まきをしたいと思いながらも、屋内はともかくマンションなので屋外はほぼ不可能で、今年もバルコニーにちょこっとだけ撒きました。(バルコニーは自分の家のような気がするので、「外」の扱いになるのだろうかと思いつつ…。)

明日はもう立春ですが、今週後半にまた冷え込むとの予報もありますので、皆さまどうぞご自愛ください。

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2020年2月 2日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2020年2月 1日 (土)

集中力

先日、ある子のおうちの方が、学校の先生に「集中力がない」と言われると伺いました。

最近来てくれ始めた子だったので、初めの印象だとピンとこなかったのですが、レッスンをするうち、先生が言っておられることの意味はおおよそ想像がつくようにはなりました。

ただ、それとは別に、改めて気づいたことがありました。というのは、私たちは結構当たり前のように「集中力がない」という表現を使うような気がしますが、それはしばしば本人の興味が持てないことに対して使っているのではないかということです。

学校の先生がいう「集中力がない」は恐らく、授業中に先生の話をちゃんと聞いていないとか、やるべきことをきちんとやり遂げられないとかいう場合がほとんどなのではと思います。

ですが、そもそも子どもに限らず誰でも、興味の持てないことに集中するのは難しい気がしますし、興味があることであれば放っておいても集中するのではないかと。

気が散るのは、それより気になること、楽しそうなことがあるからなのかもしれませんし、好奇心のアンテナがいっぱいあるタイプだと、ちょっとした物音や何かの動きでもそちらに気がいってしまうこともあるでしょう。

しばしば使われる「集中力がない」は、たとえ興味がなくても聞くべきことは聞く、やるべきことはやるという自制ができていないというのが正しいのかもしれないなと、そんなことを思いました。

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