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2019年9月25日 (水)

どうにかならないものか

以前からそういう話は子ども達からもインターネット上の情報などからも見聞きすることが少なくないのですが、例えば、小学生の筆算の横棒は定規を使わずに書いたらダメだとか、中学生の「数学」のテスト直しにも関わらず、設問の文章までも一字一句ノートに書き写したうえで直しをさせるであるとか、一体それにどんな理由があるの?と思うようなものがあります。

もちろん、小学生は初めのうちは定規で線を引くのが苦手だったりもしますし、雑に書いたら見間違うということもあるかもしれませんから、定規の練習であるとか、筆算の形に慣れるまでの限定とかで定規を使うようにという指導はあってもいいと思います。
しかし、高学年の子がテストで定規を使っていなかったので大幅に減点されたというような話は、そこまで求める理由がわかりません。

数学のテスト直しで一字一句写してから、合っていた問題も全て直しをさせるような先生は、中学生の時間は無限だとでも思っているのでしょうか。

答えだけだと模範解答を写しただけでもわからないからと説明されたそうですが、模範解答を写して提出する子に、一字一句写させることで果たしてどれだけ学習効果が上がるでしょうか。単に写す量が増えるだけで、恐らく学習効果としてはほとんど変わらないのではないでしょうか。

そもそも、算数や数学は、自分が書いた文字を読み間違えるほど汚いのは問題ですが、途中の計算などは特に、自分が見てわかればいいわけですし、更に言えば、恐らく偉大な数学者や算数や数学が大好きな子たちは、多分ノートも板書も決して綺麗と言えない人が多いのではないかとも思います。

そういえば、以前テレビで、海外の数学者たちが日本のあるメーカーのチョークを愛用していて、そのチョークを作っていた会社がなくなることになり、動揺しているという話を見ました。
そのチョークが素晴らしいのは、黒板につらつらと式を書いているときにとても滑らかに、途中でつっかえるようなことなく書くことができ、更には折れにくいところだそうです。そして、なぜそうでなければならないのかの理由を聞いたときに凡人の私は本当にびっくりしました。

何百年もの間証明されていないことを証明しようとしておられるような数学者たちは、チョークが折れるとそこで思考が断ち切られてしまうのだそうです。
そんなすごい数学者の方達に線は必ず定規を使い、数字も丁寧に書きなさいといったら、何馬鹿なことを言っているのかと笑われるか怒られるかしそうです。

もちろん、国語などではある程度の丁寧さ、正しさを求めるのは当然かと思いますが、なぜ算数や数学でまで、どうみても時間の無駄、子どもに対する嫌がらせのようにさえ思えることが押し通されているのか、もちろん、そういうことをさせない先生もおられるとは思いますが、本当にどうにかならないものかと思います。(算数や数学が好きな子達は学校の算数や数学が嫌いになることさえありそうですし…。)

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