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2019年7月10日 (水)

複雑な気持ち

中学受験の算数は公立育ちの私からすると、中学受験の算数の問題は、こんなものを小学生に解かせる、小学生が解けるようになるということの必要性が理解できないものも少なくありません。
もちろん、算数が得意な子、好きな子は難しい問題に挑戦していくこともいいことだと思いますし、いわゆる難関中学がそういう子どもを求めてるからそれに見合う問題を出すのだという考え方も理解はできます。

ですが、実際は中学受験というだけで、高校受験ならそこまで難しい学校ではないはずの学校でも中堅と言われたり、人気校で倍率が高いというようなことも珍しくなく、結局は難関校に比べれば簡単だとしても「難しい算数」が解けることを要求されることがほとんどなのだと思います。

今日、その子に合っているのではないかということである中学校を受験する予定の6年生と公立の中3の子が少しの時間一緒にレッスンすることになったのですが、公立の中3はほとんどの子がまだ相似を習っていないというのに、6年生の子は相似の考え方を使わなければ解けない問題を解いていて、改めてちょっと異常さを感じてしまいました。

何度も言うように、子ども自身が好きで進んで難しい問題に取り組みたいと思う場合や、好きなわけではないものの、どうしても進学したい学校があるような場合はともかく、そこまでの強い思いがない子達にとって、公立校の子達であれば中学の3年間で学習する内容の半分ぐらいは受験までに理解しておかねばならないというのは、ものすごい負担に違いありません。(半分ぐらいというのは正しいかどうかわかりませんが、方程式は習わない、使わないものの、結局は方程式の考え方も連立方程式の考え方も使えることが求められますし、図形などでは合同も相似も、更には面積比、体積比なども理解していなければなりません。そう考えていくと、平方根、因数分解、二次方程式、二次関数あたりを除くほぼ全てを解いているに近いのかもしれません。)

小学生の段階でどうしてそこまで求められるのか、やはり私にはよくわからぬままです。
大学入試改革などといって、理想を掲げている割には、次々におかしな話が聞こえてきていますが、それ以前に中学受験を何とかする方が、子ども達が病んでしまったり、陰湿ないじめが起こったりする可能性が減りそうな気もするのですが…。

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