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2019年7月26日 (金)

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私自身、子どもの頃は手のかからない子どもだったようですし、物心ついてからも、親に勉強しなさいと怒られた記憶がありません。
もしかすると多少は言われたのかもしれませんが、覚えているのは、4年生ぐらいの頃に、宿題したの?などと聞かれることが嫌で母に、宿題をしなくて学校で怒られるのも困るのも私だし、怒られるのは嫌だからやるので、勉強のことは何も言わないでと頼んだことぐらいです。

その後、今思えば母はよく我慢してくれたなと思いますが、勉強したの?とかしなさいとか言われた記憶はなく、中学にあがって試験で(特に地理・歴史の実力テストなどでは)普段あまり目にしないような点を取ることもあったものの、そんなときでも「次はがんばりなさい」というにとどめてくれていました。

塾などに行ったことのない私は、勉強といっても学校の宿題と通信教材をするぐらいで、その通信教材も中学では1,2年の分はほぼ全てため込んで、中3でまとめて片づけたような記憶もうっすらとあるぐらい、決してよく勉強する子どもではなかったと思います。

ですから、小さい頃から塾や教室に通ったり、おうちでたくさんの教材に取り組んだりしている子達を見ると、すごいなぁ、えらいなぁと思います。そんな小さいうちから学校以外の勉強をしていることだけで、私から見れば十分えらいと思うのです。

それでも、以前は上述のように「宿題をやらなくて怒られるのは嫌」だから、勉強が好きなわけではないけど宿題はする子どもだった私には、おうちで宿題をやらず、お母さまとバトルが勃発するというようなお話を伺うと、怒られるぐらいならやればいいのに、なんでだろうと思っていた時期もありました。

しかし、歳のせいなのかなんなのか、ここ数年、家では全くというほどがんばれなくなってきて、仕事を持ち帰っても結局そのまま次の日持っていくようなこともあり、少し子どもががんばれない気持ちがちょっと想像できるようになりました。
がんばれない自分にはしばしば自己嫌悪を感じますし、ちっとも嬉しくありませんが、子どもに対して共感できる範囲が広がったと思えば悪いことばかりではないのかもと思ったりもします。

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