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2019年6月 5日 (水)

根競べ

幼少の頃に負った障害の影響で学習がかなりゆっくりの中学生さんと数か月前からレッスンをさせてもらっています。
初めは点つなぎも全くと言っていいほどできず、積み木の数を求める問題も、5個前後の簡単なものでも隠れているところがあると積み木がなければ答えられない状態でしたが、それらについては教室だけでなくご家庭でも取り組んでくださったので、随分できるようになりました。

たし算、ひき算は筆算を習ったようで、答えは何とか出せるものの、量の感覚はない印象で、とにかく、自分の頭で考えて「わかった!」という反応を見られずにいました。
色々試みたものの、なまじ筆算で答えが出せるので、きちんと理解していないのに答えが合うことがあるような状態から抜け出してくれません。習ってしまったものは使うなと言っても難しいのは理解していますので、思い切って全く違うアプローチをしてみることにしました。

それでも、私がほかの子を見ているときは、私が気づいていないと思っているようでよそ見をしたりぼーっとしており、私が自分の方を見そうになるとぱっと問題を考えているように見せるとか、まだ全然顔が真剣になってもいないのに「あ~、難しいなぁ、どうしたらいいんかなぁ」などと大きな声でぶつぶつ。恐らくその子はこれまでそうすれば誰かが助けてくれたのでしょう。障害があると知っていれば、周りの人は助けるのも無理はありません。

でも、それではこの子はずっと自分で考えようとしないのではないかと、そして、自分で考えなければこの子が大きく変わることもないのではないかとも思えるので、何度でも話をし続けています。
そして今日、またろくに考えずに適当に答えを書いては書き直しを繰り返しているその子に「これまでに自分で考えて、やった!できた!って思ったことある?」と尋ねたところ、「ない」と即答されてしまいました。その答えが本当なのかどうかはわかりませんが、もし本当なのであれば、十数年の間、適当に答えを書いては誰かに助けられ、やり過ごしてきたということなのかもしれません。であれば、そこから抜け出すにはそれなりの時間と、見守る側の覚悟が必要なのだろうと思います。

この根競べで私が「粘り勝ち」するまで、その子がここをやめたいと言わないでいてくれることを祈る思いです。
この子にも、自分で考えて問題が解けたときの快感を何としても味わってほしい、そう願っています。

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