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2019年3月22日 (金)

成長を感じると嬉しい

普段は子ども達の成長や「進化」をしばしば目の当たりにし、幸せな気持ちになったり、驚いたり、感動したりということがよくありますが、自分でも、何か成長を感じられることがあると、やはり嬉しいものだなと思います。
元々、パソコンを含め、機械全般に疎く、その昔、「サルでもわかる○○」というタイトルで色々なマニュアル本があったのですが、パソコン入門系の「サルでもわかる~」を読んでも理解できず、そうか、私はサル以下か…と思ったのを覚えています。
そんな状態なので、マニュアル本を読んで理解するという自信はなく、かといって、学校や教室に通ってまで習おうとまでは思えず、ほぼ独学(というより、使ってみて、分からないことにぶち当たれば検索するか友人などに尋ねるという感じで)どうにかこうにか使っています。
そんな私が数年前から教材のプリントを自作しているのですが、当然、覚えれば簡単らしい「イラストレーター」などのソフトも使えず、WordとExcelだけで悪戦苦闘しつつ、のろのろ作り続けています。
すると、そんな低レベルであっても、数年前に作ったものを見ると、あれ?これはちょっと見苦しいなと、ささっと手直しができるようになっていたり、今日も面積の問題で図の一部に色を付けたり、長さを書き入れたりという作業を恐らくこれまでかかっていたであろう時間の半分以下で完了させる方法に気づいたり、未だに「あ、ちょっとだけ進化した!」と思えることがあります。
そして、それは日々衰えを感じる身にとっては、結構嬉しいことでもあります。
これが例えば、学校などで習って、それを覚えて使いこなせるようになったとかであれば、きっとさほど嬉しくないのではないかと思います。
分からないなりに試行錯誤し、めまいがしそうなぐらい時間をかけて1ページを完成させ、そんな積み重ねをしているうちに、もっと簡単にできる方法に気づき、作業にも少し上達し、自ら積み上げてきた結果だからこそ、嬉しく感じるのではないかなと。
それを思うと、うちの教室では「何かができたらご褒美」的なことを一切しないのですが(かつて勤めていた塾では、時々、その日のテストが100点だったら文房具などをあげるとかいうようなことをしていましたし、なんらかのそういうシステムを取り入れている塾や教室は少なくないのかもしれませんが。)誰かに教えられたわけではなく、自ら考えた末に問題が解けた場合、そのこと自体が喜び、快感になるのではないかと思います。
そういう快感を味わった子は、問題を解くことで何か別にご褒美がなくても、学び続けられるのではないかと。
もちろん、算数が好きか嫌いかやひとりひとりの性格の差などもありますので、必ずどの子もご褒美なしに算数をがんばるとは言えませんが、やる気がない子にやる気を出させるためのご褒美というのは、それ以前に、勉強の仕方自体を見直す必要がある場合もあるのではないかなと思ったりします。

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