« 短期間でも。 | トップページ | 気をつけてほしいこと »

2019年3月 6日 (水)

好きにならせることはできないかもしれないけど

自分自身、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いという性格で、子どもの頃も興味のある教科はがんばれても、そうでなければ必要最低限(もしくはそれ以下…)しかしないぐらいでしたし、友人などが自分が嫌いな教科などについて、面白さなどを話してくれても感化されてがんばるということはほぼありませんでしたので、教室に来てくれる子達も、算数が嫌いな子に算数を好きにならせることはできないだろうと思っているところはあります。

そして、本当に嫌いであれば、やらないという選択肢もあるけれど、算数や数学を早くからやらないという選択をすることでその後、選択肢がかなり狭まる可能性があるということも話してあげるのがいいのかなと思ったりもしています。

ただ、嫌いなものは少ないに越したことはありませんし、学校に通うのであれば、嫌いな算数の授業を我慢して受けるよりは、嫌いではない、もしくはちょっとは好きぐらいになれた方が、学校生活が楽になる、楽しくなるようにも思いますので、自分ができる範囲での働きかけはしてみます。

その場合、嫌いであれば自ら進んでやろうとは思えませんし、答えも適当に書いて合っていればそれでいいやとなってしまうのも無理はないでしょう。
そういう子に、褒めたり、おだてたり、ヒントを出したりという方法でアプローチしても、褒めてくれなければやる気にならない、ヒントをもらって解いても達成感がないので嬉しくないというような感じにしかならないと思いますので、私はよほどのことがない限りそれを選びません。

その結果、真剣に考え始めるまでプレッシャーをかけるというようなことになってしまい、「コワイ」と言われるに至るという…。
それでも、その子自身が真剣に集中し、あれこれ考え、問題を自力で解いて正解したという快感を脳に感じさせられたら、その積み重ねで「嫌い」が薄まっていくことはあると思うのです。

例が適当かどうかわかりませんが、食べ物の食わず嫌いをしている人に対して、それを実際に食べて美味しい、もしくはそうまずくはないと感じさせる以外、「嫌い」を変えることは難しいであろうというのと同じように、嫌いな算数を我慢して考えてみたら解けた。解けたら気持ちよかった。そんな感覚を持ってもらう以外、そうそう人は変わらないのではないかと。

指導力のある方であれば、もっと違うアプローチで子どもの「嫌い」を好きに変えられるのかもしれませんので、そこは自分の力不足ではあると思います。ですから、何かもっと違うアプローチがあるのかもしれないということは、これからも考えていこうと思います。

|

« 短期間でも。 | トップページ | 気をつけてほしいこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 好きにならせることはできないかもしれないけど:

« 短期間でも。 | トップページ | 気をつけてほしいこと »