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2018年12月19日 (水)

あまりにも大きな差

中学入試の問題を見て特に感じるのは、国語に関して、小学生の子どもに求めるレベルがあまりにも高い学校が多すぎるのではないかということです。

もちろん、算数に関しても公立の小学校などの授業で考えると遥かに難しいものだらけですし、そのまま公立に進学する場合であれば、中学校の3年間で習うことの5~7割を中学受験の算数で学習してしまっているのではないかと思うほどですが、それは国語とはまた違う難しさとも言えるように思います。

というのも、超難関校などは別として、中堅校などであれば、算数に関してはあくまでも「算数」ですから、実際に確かめることができる範囲のものだけれども難易度が上がっているという感じで、何をどう努力すれば得点につながるかなどがある程度わかるように思う一方で、国語に関しては中学生以上、時には大人が読んでも十分読みごたえがあるような文章を取り上げて、その文章について問題に答えさせるのがほとんどです。

文章についてはもちろん、学校によって説明文や物語文のどちらかを重視しているとか、詩や俳句なども出すとか、大まかな傾向などはあるとしても、説明文に区分される文章の中からどんな文章が取り上げられるかは全くわかりませんし、少なくとも過去10年間の間に取り上げたような文章を同じ学校が取り上げる可能性は低いでしょう。
つまり、どれだけ多くの文章を読み、読解問題を練習したとしても、かなりの確率で初見の文章を試験の場で読み、それについて考えなければならないのだろうと思います。

もちろん、新聞や話題の本などを日頃からたくさん読んでいれば、読んだことがある文章に出合う確率は上がるかもしれませんが、中学受験で準備しなければならないことは国語だけではありませんから、物理的に難しいところもあるでしょう。

今、教室に来てくれている子の中に、少し発達上の困難があり、言葉について弱いという子がいます。それでも教室に来てくれるようになってから、国語も相当力を伸ばし、少なくとも学校の授業では平均的な子、もしくはそれよりもう少し国語ができる子という評価がもらえるのではないかというぐらいになりました。
先日は学校のテストで連続で100点や90点を取り、それも教科書でやったことがない文章が取り上げられたテストでも満点を取るなど、以前のその子からすれば考えられないぐらい素晴らしい結果を出したのですが、入試問題集の基本問題を1問解いてもらったところ8割以上不正解でした。

もちろん、中には精神的な成長が早かったり、読むことが大好きだったりで、国語が苦にならない子もいるだろうと思いますが、受験をする子の中にそんな子がどのぐらいの割合でいるのだろうと思うと、特に男の子では相当限られているのではないかと思います。
にも関わらず、中学生以上が読むような文章を読ませて、その学校は子どもの何を測りたいのか、私にはどうにもよくわかりません。(もちろん、一部の難関校などでは、精神的にも既に成長した子どもがほしいとか、本物の読解力を身に着けている子どもがほしいとかいうことで出題しているということはあるだろうと思いますので、私が言いたいのはあくまでも中堅やそれより入りやすいと思われるような学校についてのことですが。)

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