« 説明しなくても。 | トップページ | 印象づける »

2018年10月26日 (金)

なんだかちょっと楽しそう。

子どもの性格などにもよるとは思いますが、特にお勉強をしたことがない状態できてくれた幼児さんなどは、ここでのレッスンが「基本」になりますので、こちらの表情を伺って答えが合っているかどうか探るというような子はまずいないものの、就学前の子であっても、既にお勉強の習い事をしていたり、おうちでドリルなどに取り組んだりしたことがあるような子は、よく考えずに答えを書いてはこちらの反応を見てくるというような子がいます。

教えられてその通りにするというのが「基本」だと思っているような場合は、新しい問題はまず何か説明してくれるだろうと思うでしょうし、説明を受け身で聞くので、なんとなくこんな感じかなぁとぼんやりした理解でなんとなく答えを書いてみて、合っていれば次に進み、間違いであれば、また「じゃあこんな感じかなぁ」と書いた答えで「当たる」かどうかチャレンジしてみるというような状態を「勉強」だと思ってしまうことも少なくありません。

そういう癖がついてしまっている子達は、一旦それをリセットしてもらわなければなりませんので、合っている答えでも間違っている答えでも一切表情に出さず、1問ごとにマルをつけるのも状況に応じてやめたりもして、本人が真剣に考えるようになるまで私も根競べをします。

5月から来てくれている1年生さんは、上に兄弟がいるせいなどもあるのかもしれませんが、5月の時点で既に、合っているかどうかこちらをチラチラ見てきて、すぐにマルをつけてもらえなければ合っている答えでも消すということを繰り返していました。
その都度、そんなことをしていても何も自分のためにならないということを1年生でもわかるであろう言葉で何度も伝え続けていたのですが、毎回のようにそんなことを言われているのですから、この子はレッスンが楽しくないかもしれないな、私のことを鬼だと思ってるんだろうなと、そんなことも思っていました。

まあ、鬼だとか怖いとか思われること自体は慣れているのでいいとして、レッスンが苦痛になってしまっては困ります。だからといって、考えようとしない子にヒントを出して助けることはその子のためにならないので、どうにかこの壁を乗り越えてくれるまで辞めたいと言い出さないでくれることを祈っていました。

というのも、自分で考えてわかるというのは一種の快感ですから、これまでその快感を経験したことがない子は勉強を楽しいと感じられる機会がほとんどなかったかもしれないのです。でも、しんどいのを我慢して乗り切った後に、教えられたわけではなく、自分で考えて「わかった!」と感じるのは脳に対するご褒美ですから、それを経験した子のほとんどは、考えることを嫌がらなくなります。(どうしても算数が嫌いという子はいますので、みんながみんなとまでは言えませんが。)

その心配していた1年生さんが、このところ少し変化が見えてきたように思っていたのですが、今週のレッスンでは元気に挨拶をして登場し、レッスン中も学校の話をしてくれたり、問題を考えながら少し鼻歌が出かかったり、ニコニコしていたりと、これまでとは全くというほど違う表情を見せてくれました。

どうやらこの子も壁をひとつ乗り越えてくれたのではないかなと、見ている私も嬉しくなりました。

|

« 説明しなくても。 | トップページ | 印象づける »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: なんだかちょっと楽しそう。:

« 説明しなくても。 | トップページ | 印象づける »