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2018年10月31日 (水)

10月最終日

レッスンは連休でしたが、結局は遠出することもなく、家事や仕事が捗ることもないまま終わりました。
今年もあと2か月。
来月もどうぞよろしくお願いいたします。

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2018年10月30日 (火)

算数の問題

今日もレッスンはお休みでしたので、算数の問題をひとつ。


この問題は年に1回(今回はイレギュラーの開催だったのですが)開催される世界算数の問題の1つなのですが、「算数」と名付けられているように、数学の知識は必要ありません。

しかし、40分で12問、中には難しいものもあって、私はこの問題を解き切る時間がありませんでした。
皆さまお分かりになりますか?

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2018年10月29日 (月)

レッスンお休み

今日から31日までは年間予定でレッスンがお休みです。
平日の連休なので、どこかにでかけようかと思ったりもしたのですが、結局予定を決めきれず月曜が終わりました。

それにしても、もう10月もあと2日。今年もあと2か月ほどということですね。
忙しくしていて飛ぶように過ぎるというのはわかるのですが、ぐずぐずしていてもあっという間に過ぎるのが、本当に不思議でなりません。(汗)

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2018年10月28日 (日)

オフでしたので。

今日は更新お休みします。

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2018年10月27日 (土)

印象づける

教室を始めてからずっと使っていた教材の販売が終了になり、その後、自作の教材などに切り替えていっているのですが、その中でひとつ変えてみたことがあります。

これまでは数のタイルなどは指導者側が並べて見せて、子どもはそれを見ながらやりとりをするという形のレッスンだったのですが、算数があまり得意でない子や興味が薄い子などは、見せてできるようになっても、実は部分的にしか理解していなかったり、記憶に残らなかったりということがありました。

「実感させる」ということを重視するのであれば、見せるだけでなく、子ども自身が教具を触り、並べたりする方が、より印象に深く残るのではないかと思い、最近はできそうなものは子ども自身に並べてみてもらったりしています。

積み木やタイルを並べるのは今のところどの子も嫌がることはありませんし、むしろただ見ているだけより楽しそうに並べる子もいます。
自分の手で触り、台に並べていくことで、例えば、10の積み木を6本と1の積み木を8個並べるというような場合に、10の積み木を、1本1本数えながら取るのではなく、3本と3本で取ったり、5本と1本で取ったりするのを見ると、それを見るだけで子どもがそういう感覚を身につけていることがわかりますし、1の積み木も5の積み木と1の積み木を用意しておけば、8個というときに5の積み木を取って、3の積み木を自然に取ることができていれば、数の合成分解が身についていることが見て取れたりします。

それは、私が教具を並べていたら気づけないことでもあります。
そういう意味でも、数の教具も子ども自身に扱わせるというのは、できるだけ取り入れていきたいと改めて思います。

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2018年10月26日 (金)

なんだかちょっと楽しそう。

子どもの性格などにもよるとは思いますが、特にお勉強をしたことがない状態できてくれた幼児さんなどは、ここでのレッスンが「基本」になりますので、こちらの表情を伺って答えが合っているかどうか探るというような子はまずいないものの、就学前の子であっても、既にお勉強の習い事をしていたり、おうちでドリルなどに取り組んだりしたことがあるような子は、よく考えずに答えを書いてはこちらの反応を見てくるというような子がいます。

教えられてその通りにするというのが「基本」だと思っているような場合は、新しい問題はまず何か説明してくれるだろうと思うでしょうし、説明を受け身で聞くので、なんとなくこんな感じかなぁとぼんやりした理解でなんとなく答えを書いてみて、合っていれば次に進み、間違いであれば、また「じゃあこんな感じかなぁ」と書いた答えで「当たる」かどうかチャレンジしてみるというような状態を「勉強」だと思ってしまうことも少なくありません。

そういう癖がついてしまっている子達は、一旦それをリセットしてもらわなければなりませんので、合っている答えでも間違っている答えでも一切表情に出さず、1問ごとにマルをつけるのも状況に応じてやめたりもして、本人が真剣に考えるようになるまで私も根競べをします。

5月から来てくれている1年生さんは、上に兄弟がいるせいなどもあるのかもしれませんが、5月の時点で既に、合っているかどうかこちらをチラチラ見てきて、すぐにマルをつけてもらえなければ合っている答えでも消すということを繰り返していました。
その都度、そんなことをしていても何も自分のためにならないということを1年生でもわかるであろう言葉で何度も伝え続けていたのですが、毎回のようにそんなことを言われているのですから、この子はレッスンが楽しくないかもしれないな、私のことを鬼だと思ってるんだろうなと、そんなことも思っていました。

まあ、鬼だとか怖いとか思われること自体は慣れているのでいいとして、レッスンが苦痛になってしまっては困ります。だからといって、考えようとしない子にヒントを出して助けることはその子のためにならないので、どうにかこの壁を乗り越えてくれるまで辞めたいと言い出さないでくれることを祈っていました。

というのも、自分で考えてわかるというのは一種の快感ですから、これまでその快感を経験したことがない子は勉強を楽しいと感じられる機会がほとんどなかったかもしれないのです。でも、しんどいのを我慢して乗り切った後に、教えられたわけではなく、自分で考えて「わかった!」と感じるのは脳に対するご褒美ですから、それを経験した子のほとんどは、考えることを嫌がらなくなります。(どうしても算数が嫌いという子はいますので、みんながみんなとまでは言えませんが。)

その心配していた1年生さんが、このところ少し変化が見えてきたように思っていたのですが、今週のレッスンでは元気に挨拶をして登場し、レッスン中も学校の話をしてくれたり、問題を考えながら少し鼻歌が出かかったり、ニコニコしていたりと、これまでとは全くというほど違う表情を見せてくれました。

どうやらこの子も壁をひとつ乗り越えてくれたのではないかなと、見ている私も嬉しくなりました。

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2018年10月25日 (木)

説明しなくても。

子ども達と教具などを使いながらレッスンをしていると、何も言わなくても子ども自身が気づき、理解してくれる場面にしばしば出合うことができます。

既に筆算などでは1000ぐらいまでの足す引くをしたことがあるという新人さんとのレッスンでのこと。
確かに筆算なら多少大きな数でも計算できるようですし、実際に賢いお子さんなのですが、数の感覚があるというよりは、どう考えたら解けるかを理解している感じなのではないかという印象を受けたので、少しおさらいをさせてもらうことにしていました。

体験レッスンなどの際には、2桁同士でも一の位から答えを書いていくような感じだったのですが、教具を使いながらおさらいをしていると、筆算ではない式は上の位から答えが書けるようになってきていました。
そして、できるもののやや不安が残っている感じだった2桁同士の繰り上がりのあるたし算を、教具を使いながらおさらいしたところ、こちらが声掛けをしなくても、十の位が繰り上がりで1つ増えるということを理解し、上の位から答えを書けるようになり、何問か解いているうちに表情にも自信が感じられるようになりました。

例えば、「28+47」であれば、多くの子はまず一の位の5を書き、十の位の2と4に繰り上がりの1を足して7を書くという順になるのですが、繰り上がるということが判断できれば、十の位が7になると判断し、7を書いてからあと5個だから「75」とそのままの順に答えを書くようになります。
この書き方だと、繰り上がりを足すことを忘れることもありませんし、繰り上がったことを覚えておく必要もありませんので、慣れてしまえばこちらの方が楽で速いことも多いのです。

気づかない子には、例えばい上述の式だと一の位を指しながら、「60のままか70になるかわかる?」などと聞き、「70になる」と言えたらそのまま7を書かせて、「あと何個ある?」のような感じで尋ねて「5」を書いてもらうなどすることを何度か繰り返して、なるべくその考え方ができるようになってもらうようにします。

ですが、そういう声掛けをしなくても、教具などを使いながら子ども自身が気づいてくれるということも少なくありませんので、説明せずに子どもが気づいてくれたときは、私もとても嬉しくなります。

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2018年10月24日 (水)

必要な手助け

小さい子達とレッスンをしていて判断が難しいことのひとつは、何をどこまで助けるか、教えるかということです。
理想は時間無制限で心ゆくまで取り組んでもらうことなのだろうと思いますが、レッスン時間は限られていますし、子どもによってはずっと考え続けることを楽しめない子もいます。

例えば、積み木をお手本に合うように置くという課題でも、何度も何度も試行錯誤しても平気な子もいますが、苦手な子などでは絶対に合いそうにないものを置いては除け、今除けたのにまた同じものを置き…というようなことを延々繰り返すようなこともあります。

楽しんで試行錯誤できる子には時間が許す限り試行錯誤して自ら何かをつかみ取ってもらうのがいいと思うのですが、その場合でもほんのちょっとの声掛けで格段にスムーズにできるようになる場合もありますし、苦手な子などにはどこに目をつけるといいか、どういうものから先に置くのがいいかなど、声掛けをしてあげないとなかなか気づけないということもあります。

数の学習でも、例えば10のタイルがきっちり置ける台があって、そこに8のタイルを置いたような場合、ぱっと見て8とわかる子は少ないので、声かけしなければ、1つずつ数えて確かめるということもあります。しかし、足りないほうの2個分のスペースを指してあげれば、10より2少ないから8だと気づく子も多いのです。
それに関しては言わなくても気づく子もいますが、気づいていないような場合は声掛けをしてあげることで1つずつ数えるとか、4と4や3と5で8という捉え方のほかに、10より2少ないからという新たな捉え方もできるようになります。

今日のあるレッスンで、20までの数を教具で学習していた子が、「5と5と5と4」というのは見てきちんとわかっているのに、「5と5と5で15だから…」と、15にさらに4を合わせるという考え方をしていました。他の数も「5と5と5と2」などのような捉え方をしていたので、「10の上に何個あるか見てね」というと、それまでより随分スムーズに答えられるようになりました。

このように、その都度適切な声掛けができるといいなと思います。

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2018年10月23日 (火)

それぞれに合う指導

先日から一緒にレッスンをさせてもらっている中1さんは、私が見る限りは十分に数学のセンスがあり、考える力もあるのですが、なぜか自分は数学が苦手でできないと思い込んでいるようです。
それに関しては、できていることを大いに褒め、卑下するたびにそんなことはないと言い続けていくしかないかなと思っていますが、それとは別に、学校の授業や一斉指導の塾の授業などは、指導する側もされる側も色々大変なことがあるんだろうなと感じます。

その子は自分ではできないと思っているようですが、どうやらそんなことはなさそうなので、まだ学校で習っていない新しい内容を「多分できると思うからちょっとやってみて」というと、どの問題もほぼ助けを必要とせず解いてしまいます。(もちろん、問題を見て、これならこれまで学習したことができているのでできるだろうというような判断をした上でのことですが。)
つまり、先生などの説明を聞かなくても、自分で考えれば解ける問題でも、一斉指導であれば初めに何らかの説明をされるでしょうし、やり方を教えられてしまえばそれを使って解こうとしてしまいがちです。
それは、できる子にとっては退屈な授業になるかもしれませんし、時には、本来自分で解けるものを、解き方を忘れたから解けないと思ってしまうことにもつながります。
かといって、説明をしてもらわなければ自力で考えるのは難しい子も同じ場にいれば、当然その子達のためには説明を省くわけにはいきません。
それが一斉指導の難しさなのだろうと思います。

かといって、個別指導なら何でもいいのかといえばそうでもなく、よくある生徒2人に先生ひとりとか、家庭教師などでマンツーマンの指導などの場合、しばしば、より丁寧にやり方を教えてくれる状態になりがちで、そうなるとやはり、子ども自身が考えればできるものも、できるかどうかを試す機会を失いがちです。

ひとりひとりの子のペースや現時点での能力に合う課題を常に提示し、必要最低限のフォローだけをするというのが心地よい学びなのではないかと思いますが、どの子にもその環境を与えることはなかなか難しいことなのだろうとも思います。

ただ、私自身は、そういう教室でありたいと思って日々のレッスンを続けています。

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2018年10月22日 (月)

性格診断

今日、ネットでたまたま見かけた記事で「エムグラム」という性格傾向を診断できるアプリを知りました。
もちろん、これまでにも色々な性格判断などのアプリその他はありましたが、記事の中で紹介されていたものを見ると、就職活動などにも参考になるとか、これまでに企業でもかなりの数が導入実績があるとかも書かれていたので、ちょっとやってみたところ、なかなかの結果が出ました。

全部で105問の質問に答えねばならず、少し面倒ではありましたし、よくあてはまる、ややあてはまる、どちらとも言えない、ややあてはまらない、全くあてはまらないのような5択。問題によっては選択に迷うものもあったのですが、それでもこれだけ「これは意味わからない!」と思うものがない答えが出揃い、少し感心しました。

お恥ずかしいのもありますので、詳しくは書きませんが、性格傾向として8つのキーワード、職業選択などの際に参考になる長所を表す8つのキーワードが出るのですが、長所を表すキーワードには「危険予知能力」や「ぼっち力」など、自分でも何となくわかるかもと思うものの中に、それも1番に目に留まるところに書かれていたのが

「修行僧」

「修行僧」が長所を表すワードと言われても、どんな仕事に役立つのでしょう?これは尼にでもなれということでしょうか?(汗)
レッスンがお休みだったので、どうでもいい話題で失礼いたしました。

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2018年10月21日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2018年10月20日 (土)

安心する

子ども達とレッスンをする際、何か具体物を使って見せられる場合は、できるだけ具体物を見せながら導入していくのですが、小さい子達と足し算や引き算の学習をする際も、積み木や玉、おはじきなどを使いながら、数を量として感じてもらいながら、徐々にものを見せなくても、それをイメージできるようになってもらうというのが一般的な流れです。

そうやってレッスンをしている子達と何度かレッスンを重ねているうちに、具体物を見せていなくても「7は5の上にいくつのってる?」と尋ねると、少し何かを思い浮かべるような仕草をして「2個」と答えてくれたり、「8のここはいくつ開いてる?」と、教具がない状態で、そこに教具があるように指差して尋ねると、「(10になるのには)2個」と答えてくれるようになると、なんだか安心します。

実際にはないものを頭に思い浮かべて答えられるようになるということは、数とイメージが結びついてきているともいえると思いますし、そうなると大抵の場合、安定感が出てきたり、伸びを感じさせてくれたりするので、私にとってもとても嬉しいことのひとつです。

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2018年10月19日 (金)

今日の出来事

5月から一緒にレッスンをしている1年生さんは、答えを書いてはこちらを見てくる、1問解いてマルがもらえなければ次に進もうとしない、点つなぎには苦戦し、書いては消し、書いては消しを繰り返した後でもまだ線が抜けていたて、違うと言われては探して直すというような状態がしばらく続いていました。

少しずつは変わってきていた気もしますが、実はここ2回ほどのレッスンで、宿題の点つなぎも教室でしてもらう点つなぎも急に線がすっきりして、一度できちんと描き上げられるものが増えたように感じました。
それと同時に、結構苦労していたお手本通りの形を作るようなものも、随分変わってきたように感じられ、気づけば不安そうにチラチラこちらを見てくることもなくなっていました。

もちろん、その日の体調なども関係するとは思いますが、変わるときはこんなにも急激に変わるんだなと、改めて驚きました。

その一方で今日の別のレッスンでは、普段かなりの安定感を見せて問題に取り組んでくれるようになっている子が、今日は来たときからなんだか調子が悪そうだなと思ったのですが、やはりいつもに比べると反応が思わしくなく、表情も暗いまま。
体調が悪いのかなと思い、途中声をかけたりもしたのですが、そうではないとのことで、どうしたのかなぁと気になったままレッスンの終盤に。

そこで初めて、学校であった、その子にとってはショックな出来事を話してくれて、そこでようやく笑顔が見られました。原因も分かり、終わるときには笑顔にもなってくれたのでよかったのですが、子ども達はやはり疲れだけでなく、「心のコンディション」も集中できるかどうかに大きく影響するのだなとしみじみ感じました。

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2018年10月18日 (木)

羨ましい。

子ども達の性格は本当にそれぞれ違っていて、昔の自分に似ているなと感じる子や、全く違っているなという子、その違いが羨ましく感じられる子など、本当に色々な子がいます。

自分の性格として未だにずっと不思議なのが、例えば、失敗をして人に笑われたから失敗したくないと思うようになるとか、何かしてこっぴどく怒られ、それがとても怖かったからもう二度と怒られたくないと思うようになるとかいうことならともかく、失敗をして笑われた記憶もなく、親などからこっぴどく怒られた記憶もないのに、物心ついた頃からずっと、とにかく失敗することが怖く、また、人に怒られること、人を怒らせることが怖い子どもでした。(それは未だにそうなのですが…。)
辛い経験や悲しい経験をした記憶がないのに(親などの話を聞く限り、覚えていないだけということはなさそうでして。)どうしてそこまで怖がってしまうのか、その性格のせいで新しいことに挑戦するのも苦手で、色々不自由も感じてきただけに、厄介な性分だなぁと思っています。

ですが、子ども達を見ているとやはり、親の育て方などとは関係なく、持って生まれた性格の傾向というものがあるんだろうなと感じることも多く、私と同じように失敗を怖がる子を見ると、気持ちはわかるけどしんどいんじゃないかなと思う一方で、新しいことにどんどん挑戦していけるような子を見ると、羨ましいなぁとも感じます。

学習をする上で特に感じるのは、間違えることを嫌がる傾向が強い子、失敗したくない気持ちが強い子は、ときに苦労したり、持っている能力を伸ばし切れなかったりするような気がするので、変えられるなら変えた方が楽になるだろうにということです。反対に、わからないことは恥ずかしくもなんともないことなので、素直にそのまま口に出せる子、間違っても笑い飛ばせる子というのは、見ていてやはり羨ましくなります。そういう子達は学習していて喜びを感じる機会も多くなりそうに思います。

素直さやおおらかさは育て方で変えられるものではないようにも思いますが、人の話を素直に聞き、自分の気持ちも素直に表せるというのは、学んでいく上でもひとつの大きな長所なのだろうと思います。

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2018年10月17日 (水)

折り紙遊び

そこそこ長文を9割がた打ち終わったあたりで突然パソコンがシャットダウンするという憂き目に遭い、結構なダメージを受けておりますので、かなり端折った内容になりますがお許しください。

最近の子どもは生まれたときから遊ぶものには不自由しない子が少なくないのだろうと思いますし、親世代がテレビやDVD、インターネット動画、ゲーム機に囲まれているような生活ということも珍しくないのだろうと思いますので、今の子ども達の中に、折り紙でほとんど遊んだことがない、トランプをしたことがないというような子も実際にいるようです。

図形に関する能力は持って生まれたものの差があるというのは私自身が身をもって感じていることではありますが、図形の問題などが苦手だという子の中に、折り紙や切り絵遊びをしたことがないという子がしばしばいます。
図形の問題が苦手というのは確かに能力差が影響する部分も大きいと思いますが、元々苦手な子でも、小さい頃に折り紙などで遊んでいれば、自然と理解できるであろうことすら分からない子というのがいるのです。

そういう子にはたとえ高学年であろうと、実際に紙を渡して折ってみてもらい、確かめてもらうというようなことをするのですが、問題によっては、たった1回そうやって確かめることで、関連の問題もスムーズに解けるようになるということがあります。

特に中学入試の平面図形などの問題では、正方形を四つ折りや八つ折にして一部を切りとって開いたり、長方形の髪の一部を折り返したり、円を一部折り返したり、紙テープを二、三度折り返したりしたときの図形の面積や角度などを問う問題が出てきますが、遊びを通して経験している子は、紙を折ったときに重なる部分は同じ形であったり、同じ角度であったりすることをなんとなく理解していたり、折り返したものを元に戻すとどんな向きに紙が開くかも経験で理解できたりするのですが、そういうことを経験していない上に図形が苦手な子は、やったことがない問題は完全にお手上げになってしまうことも珍しくありません。

将来のため、勉強に役立つからという理由でお勧めするのは個人的にはあまりしたくないのですが、それでも、将来的に中学受験をさせるかもしれないとお考えの保護者の方は、是非小さいうちに積極的に紙を折ったり切ったりする遊びを取り入れて頂けたらと思います。

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2018年10月16日 (火)

図が描けるかどうか

子ども達と割合の学習をする際に感じるのですが、この単元は特に、数量感覚が伴なっているかどうか、図が描けるかどうかで、問題が簡単に感じられるかどうか大きな差になる単元のひとつのように思います。

例えば、「クラスの60%にあたる24人が運動部で」と言われたときに、線分図の10分の6がイメージできれば、24を6で割って10倍すればいいなというように考えることができ、わざわざ「24÷0.6」という小数の割り算をしなくても済みます。(そもそも、10分の6がイメージできる子であれば、1つ分が4人だから40人と、式すら書かずに解いてしまうことも珍しくありません。)

よくある、「定価の3割引き」とか、「仕入れ値に2割の利益が出るように定価を」とかいうような問題でも、やはり図に表せれば、公式を思い出そうとして、割るんだったかな?掛けるんだったかな?と考える必要がありません。

そもそも、小数のかけ算やわり算が好きだという子はあまりいないので、割合の計算をする場合、小学校ではどうしても小数の計算が付きまとうことも、割合が苦手だと感じる子が多い原因ではないかと思います。
しかし、図が描ければ(もしくは量としてイメージできれば)、小数で計算する必要がない問題がほとんどです。

自然と描ける子はいいのですが、そうではない場合、割合の文章題などが解けていない子には、線分を描いて「このうちの30%ってどのぐらい?」とか「これに4割つけたしたらどのぐらいになる?」とか尋ねて、それらしい長さを描くことができれば、図を見て解くことができる場合が多いように思います。(もちろん、応用問題の面倒なものになると、ひとつの図ですぐに解くことはできなかったりもしますが。)

もし割合が苦手だというお子さんがいたら、解き方を教えるよりまずは、図に表すことができるかどうか、自分で表せない場合でも、与えられた線分に対して2割がどの辺りまでか、70%はどの辺りまでかなどを表すことができるかどうかを確かめ、その感覚が全く伴なっていない場合は、まずそこを理解させる必要があるだろうと思います。

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2018年10月15日 (月)

選択肢

少し前から自宅のテレビが不調で、買い換えを検討しているのですが、何かを買い替えるとか、新たに何かを買うというような際に、よく感じることがあります。
それは、あまりにも選択肢が多すぎるということ。

例えばテレビひとつとっても、メーカーが何社もあり、サイズも様々。録画機能がついているとか、画面が美しいとか、何かに対応しているかとか、とにかく検討すべきことがあまりに多すぎて、お店を見に行っても、インターネットで検索などしてみても、結局何を選んだらいいのか決め兼ねて先延ばしにしてしまうということが、自分にはよくあります。

そんなときいつも思うのは、選択肢が3~4つぐらいしかなければいいのにということです。
2つではどちらかしか選べませんし、どちらも気に入らないかもしれません。3~4つなら、比較してある程度納得して選んだ満足感も得られそうですし、迷い続けることもなくて済みそうに思います。

もちろん、選択肢が多くても、それぞれが明らかに違うところがあるのであれば、これは好き、これはキライ、この機能はほしいけど、これはいらないなどと取捨選択もできそうですが、ほぼ似たような横並びのものも少なくなく、それは選択肢なんだろうか?と思ってしまうのです。

そういえば、教室を始めたときにもそんなことを考えたのを思い出します。
この辺りは「石を投げれば塾に当たる」と言ってもいいぐらい(やや言い過ぎですが…。)本当にたくさんの塾や教室がありますが、個別指導か一斉指導かの違いはあれど、そのほかの違いは何なのだろう?と思うぐらい、塾の名前が違う、教材が多少違う、お月謝が違う、教える先生が違うなど、根本的な違いがよくわからない気がしていました。

もちろん、実際にそれらの塾に行ったわけではありませんので、外からはわからないようなこともあるかもしれませんし、塾選びのポイントのひとつはお月謝や家から近いかどうかだというようなこともあると思いますので、それも選択肢には違いありませんが、どこの塾も基本は先生が初めに説明をして、それを聞いて、その後類題を解くという流れでの指導をするのであれば、本当の意味での選択肢にはならないのではないかと思いました。

実は元々は独立する気など全くありませんでしたし、小さいうちから塾や教室などに通ってまで勉強する必要はないのではないかとも思っていましたので、そんな自分が教室をすることになったのは、指導者がやり方を教えることで子どもの力を奪ってしまうということを知り、ほとんどがそういう塾や教室だと気づいたとき、別の選択肢が必要なのに、実際にはほとんどないのだとわかったからでした。

あくまでも「違う選択肢」として、これからもこの教室を続けていけたらいいなと思います。

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2018年10月14日 (日)

オフでしたので。

今日は更新お休みします。

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2018年10月13日 (土)

試行錯誤

数年前から少しずつ作ってきた教材を実際に子ども達に使ってレッスンをする機会が少しずつ増えてきました。
これまで使ってきた様々な教材の良いところは参考にし、よりよくできそうなところは更に工夫し、使いづらいところは自分なりに考えて作ってきたのですが、やはり実際に子ども達と使ってみることで更に気づくことがあり、その都度手直ししたりしながら、より自分の理想に近づけているところです。

そんな中、改めて気づいたことがあります。
これまで長らくメインで使ってきた教材で、多くの子がどう書けばいいのか迷う問題があり、また、宿題などでおうちの方がついて説明などをしなくても、子どもが自分で見て考えられるといいなという思いもあり、問題によっては書き方の例を付けているものがあります。

例えば、初めて足し算の式を書くようなプリントでは、1問目の図に例として式と答えを書いておくことで、何を書けばいいのかわかるようにしたり、時計の時刻なども1問目には答えを書いておいたりしています。
また、これまで一緒にレッスンをしてきた多くの子が、イコールが並んでいるとどう書けばいいのか戸惑うことが多かったので(例えば 3L=(   )dL=(    )mL などのようなもの。)そういう問題にも1問目は例として答えを書いておきました。

しかし、足し算や引き算などの式と答えを1問書いておくのと、「3L=(30)dL=(3000)mL」のように書いておくのとでは大きな違いがあることに、レッスンをしていて気付きました。
計算式の例の場合は、そのほかの問題は自分で図を見ながら数を確かめ、式を書き、答えを考えることになりますから、あくまでも書き方を参考にするだけですが、単位換算などの問題の1問目に正しい答えを書いた例を付けてしまうと、その下に同じ単位換算の問題が並んでいると、ほぼ全く考えなくても答えが書けてしまうことになります。3Lが30dLなら5Lは50dL、10Lは10000mLなど、例と見比べるだけで答えが書けるとなると、子どもが「1Lは何デシリットルだったかな?」などと考える機会を奪ってしまうことになりますし、それどころか、例を見ながら機械的に処理をするだけになってしまえば、その内容はほとんど身につかずに通り過ぎてしまうことにもなりかねません。
小さいことではありますが、子どもの考える機会を奪ってしまうところだったと気づき、教材を修正しました。

きっとこれからもそんな試行錯誤が続いていくのだろうと思います。

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2018年10月12日 (金)

少し変わり始めたかな

こればかりは本当に一人ひとり、子どもの性格などによって違うんだろうなと思いますが、問題を前にして、私がいてもいなくても解けたら次、解けたら次へと(解いた問題が合っているかどうかは別として)どんどん進んでいくタイプの子と、答えを書くたび合っているかどうかこちらを見てくる、もしくはマルをもらうまで次に進まないというタイプの子におおよそ二分される気がします。

学年が上がって、学校や他の教室、塾などで何か癖がついてしまったという場合もありますが、勉強に関しては恐らくまだ真っ白に近い状態と思われる子であっても、間違えるのが怖くて、とにかく1問1問こちらを見てくる子もいますので、やはり性格などによるものもあるのだろうなと思っています。

5月から一緒にレッスンをさせてもらっている1年生さんも、解くたびこちらをチラチラ見てくる、自信がないときは特に反応を伺うように見てくる、マルがつくまで次に進まず待っているという反応を見せていました。
1問1問マルをするわけではないので、自分でできたと思ったら次に進んでねというようなことをその都度声掛けし、自信がないときに私の顔を見ても、合っていても間違っていても顔には出さないよとも伝え続けてきました。

その子に限らず、自信がないときやあまり考えずに適当に答えを書いたときなどに、大人の表情を見て、間違っていそうだなと思えば答えを消して違う答えにして、また表情を見るということが当たり前にようになっている子達が少なからずいるのですが、その状態は取り組んでいる問題について、その子なりにきちんと考えられてはいない段階、もしくはほぼ全く考えていない段階(面倒で考えていない場合も含め)と見て差し支えないだろうと思います。
そのような状態で答えにマルをもらって次へ進むのは、その子にとってあまり意味がありません。ですから、少なくとも子ども自身が真剣に考え、自分としては答えはこれだと思うというところに至るまで、私は一切表情に出さないようにしているのです。

上述の1年生さんは、こちらをチラチラ見てくる癖や、1問1問マルをもらえないと次に進もうとしない癖がなかなか抜けなかったのですが、レッスンの初めに毎回してもらう点つなぎの線が段々スムーズにすっきりと引けるようになってきたように感じると同時に、問題に取り組む際の雰囲気が少し変わってきたように感じました。
自分で考えて意味がわかるというのがどういう状態か、少し実感でき始めているのなら嬉しいことです。
まだ1年生なので、私も焦らずじっくり向き合っていきたいと思います。

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2018年10月11日 (木)

実感しなければすぐ忘れる

以前教室に通ってくれていたお子さんの中に、勉強に熱心な幼稚園に通っておられた方がおられました。
幼稚園で九九の暗唱などまでしていたようで、足し算引き算もある程度は習っていたようなのですが、九九は歌を覚えるような感じで何度も唱えて覚えたということで、その子は掛け算の意味は何も理解しておらず、小学生に上がった後は、一度は覚えていた九九もほぼすっかり忘れてしまっていたようでした。

ほかにも、先取りで小学校の算数を家庭学習などでやっていたというお子さんの中にも、ただドリルやプリントなどを例題などのやり方を真似て解いていくという形で進めていたのだろうなと感じるような子がいて、そういう子達は、既にやったことがあると伺っていたものでもきれいさっぱり忘れているということが結構ありました。

先日から、ある教室で既に1000ぐらいまでの学習をし、掛け算をし始めたという幼児さんとレッスンをさせて頂いているのですが、さすがに幼児さんでそこまで進んでいるだけあって、とても賢いお子さんではあるものの、念のため確認でこれまで学習し終えているはずの内容をおさらいしていると、ところどころ自信がなさそうなところや、忘れてしまっているところがあったりしました。
ただ、1、2問やって、決まりに気づくとすごいスピードで答えを書き始めるという様子を見ていると、やはり賢いのは間違いないとも感じます。

その姿を見ていて改めて感じたのは、どれだけ賢い子であっても、初めにやり方を教えられてしまえば、自らじっくり考える機会を失うことになり、その結果、教えられる前に自分で考えた場合に比べて、明らかに忘れやすくなっているのではないかということでした。
賢い子であればあるほど、少し教えられたらすぐに理解してしまって、同じよな問題はどんどん解くことができるのだろうと思います。スピードを要求されたとしても、習ったことを覚えているうちにするのであれば、恐らくすんなりクリアできるのだろうと思います。
ですが、何をしているのかを理解していなかったり、意味を考える機会を与えられなかったりした場合は、定着度は確実に下がるはずですし、それはとても勿体ないことだと思います。

幸い、その子とは小学校に上がるまでに一緒にレッスンさせてもらう機会を頂けたので、これからの変化が楽しみではありますが、また改めて、幼い時期の学び方について考えさせられました。

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2018年10月10日 (水)

興味深い反応

少なくない子ども達に「怖い先生」だと思われているだろうということは否定できませんが、最近のある子とのレッスンでちょっと興味深い反応をされて、どういう感情なんだろうなと気になっていることがあります。

普段の生活の中で、例えばですが、やるべきことをいつまで経ってもしようとしないお子さんに、「嫌ならしなくていいよ」とか「嫌ならやめなさい」とかいうことで、やるように仕向ける(結果的にやり始める)というようなことはあるのではないかと思います。
ただ、私は子ども達とは駆け引き的なことは極力したくないと思っているので、やる気を出させるために本心ではないのに褒めるとか、やらなくていいと言えばやらないとは言えない子が多いということを予想して「やらなくていいよ」というとか、そういうことはほぼしません。

ですので、特にまだ幼い子などに「やらなくていいよ」というときは、その日のコンディションでは無理そうだなとか、今はまだ難しそうだなとか、無理にさせると嫌な記憶が残りそうだなとか、何かそういうことを思って、私としては穏やかに、普通に言っているつもりです。

怒っているわけではないので、「やらなくていいよ、また今度しよう」などと言えば、ほとんどの子はすんなり納得するのですが、先日から一緒にレッスンをさせてもらっている幼児さんは、やるのを嫌がっているものを「じゃあやらなくていいよ」というと、必ず「いや!やる!」と言うのです。
私が「やらなくていいよ」と言ったのは、その子が「いやだ、やりたくない!」と言ったからだったりするのですが、それを受けてやらなくていいと言うとまた「いやだ!」と。

初めは、「もうやらなくていいです!!」と怒られたと思ったのかな?と思い、「怒ってないよ?嫌だなぁと思いながらやっても賢くならないから、また今度にしよう。」などと言っても、「いやだ、やる!」と言って、結果的にやってくれるということが既に何度もあって、何とも不思議な気分になっています。

成長途上でとにかく何でも嫌と言ってみる時期などがあるのかもしれませんが、その子の場合、何でも嫌というわけでもないので、これまた不思議といいますか…。
これも成長と共に変わっていくのかなとも思いますが、今はまだ、どういう心理なのか想像がつかず、あれこれ考えてみています。

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2018年10月 9日 (火)

見切り発車

子ども達を見ていると、改めて気づくことがあります。
ケアレスミスという言葉がありますが、「ケアレスミスが多い」と言ってもらえる子の多くは、ある程度賢い子だろうと思います。(苦手な子が間違えた問題について、「うっかり」と評価することはあまり多くないように思いますので。)

そのケアレスミスで多いのは、問題をきちんと読んでいないというものが挙げられるのではないかと思うのですが、理解力が足りずに問題を読み取れないという場合は別として、反応が速すぎて、きちんと読み終えていないのに、ああ、これはこうだ!と見切り発車的に解き始めてしまうタイプの子は、本人がよほど意識しないと、ケアレスミスを減らすのが難しいのではないかと感じます。

そういうタイプの子はある意味頭がいいので、少し読んで先まで想像してしまい、思い込みで解き始めてしまう。
それでも正解する場合が多いので、その癖はなかなか改まらない。
そんな気がします。

苦手な子であれば、丁寧に読むよう促されれば、そうしようと気をつけることも多いでしょうし、見切り発車で解いて、不正解の方が多ければ、さすがにもっとちゃんと読まなければと自ら反省するかもしれません。
しかし、平均以上にできる子であれば、思い込みで解いてしまって間違えた問題は、後で見直せば「なんだ、これ、勘違いしてた!ちゃんと読んだら解けるわ!」などと、自分は理解できているののたまたま間違えたという風に受け止めて、深刻にとらえることは少ないのではないかと思います。

もちろん、それも個々の性格などにもよると思いますが、見切り発車系のケアレスミスは、本人に自覚させるのも、それを改めさせるのもなかなか難しいのだろうと思います。
反応が速く、勘違いしたまま解き始めて間違えるというようなことを繰り返している子には、とにかく最後まできちんと問題を読むよう繰り返し言い続けるとか、解き始める前におおよその答えを予想させるとか、とにかくひと呼吸置かせることが大事なのかもしれません。

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2018年10月 8日 (月)

受験算数を解きながら

今日はお休みでしたが、予習で少し受験算数の問題を解いていました。

解いていた問題の中に、グラフに関する問題や図形の問題があったのですが、例えば、水槽を仕切って片側から水を入れていったり、単に仕切るのではなく、直方体や円柱などを入れたり、もっと複雑に水槽の中に別の容器を入れたりしてから水を入れていったりして、その変化をグラフに表したり、グラフから読み取ったりというようなものがありました。

やや複雑なグラフを読み取るような問題は、しっかり考えられ、状況を想像できる子にとってはさほど難しくないのだろうと思いますが、公式やパターンなどを暗記して、当てはめて解こうとするような子にとっては相当苦戦する問題なのだろうなとも感じます。
ということは、そういう問題を出す学校は、子どもがきちんと考えられているかどうかを見ようとしているとも言えるのではないかと思いますので、個人的には歓迎です。

そして、恐らく、算数が好きな子、得意な子、イメージできる子というのは、たとえ受験塾に通っていても、単なるパターン学習ではなく、その子なりに問題をイメージし、パターンなど覚えなくとも解けているものが少なからずあるんだろうなとも思います。
そのあたりは持って生まれたものの差もありますが、図形などが苦手な子、状況をイメージするのが苦手な子などは、やはり積極的に色々な経験をさせてあげる、実際に色々な物を目で見えるようにし、操作させてあげるなどの経験が大事になってくるのではないかと思います。

受験算数で、しっかり考えられれば解けるという問題がもっともっと増えていくといいのになと思いますし、そういう問題が中心になれば、受験算数を学ぶ意義はもっと大きくなっていくんだろうなと思います。

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2018年10月 7日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2018年10月 6日 (土)

割合の学習

今日は別の5年生さんと割合の学習をしました。
もとにする量と比べる量については書いたばかりですが、もうひとつ、今回改めて思ったことがありました。

割合の学習の導入はほとんどがまず小数を使って割合を表し、それを百分率ではどう表すか、歩合ではどう表すかという流れで進むのですが、全体を1とするという考え方自体が恐らく子ども達には馴染みがないので、余計難しく感じるのではないかという気がしました。

その一方で、パーセントについては、100%が「全部」だということは、これまでレッスンをした子全てが知っていました。恐らく、果汁100%ジュースなど、普段の生活の中で何となく目にしたり、耳にしたりしているからだろうと思います。

100%が全部だと知っていれば、50%が半分だということも考えられますし、1%が100分の1だということも大抵わかります。そして、100分の1は小数では0.01だということは、これまでの学習で知っていることなので、50%は0.5、100%は1になるということも理解できるような気がします。

であれば、割合の導入には、グラフを使って、それぞれ何パーセントかを読み取らせ、そこから実際の値を計算させるという形をとる方が難しさを感じずにスタートできるかもしれないなと。
そんな形の問題を作ることも考えてみようと思います。

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2018年10月 5日 (金)

今週唯一

台風や学校行事などの影響なのだと思いますが、今週はやたらとイレギュラーが重なり、また、10月から通ってくれることになった新人さんもいたりもして、毎日誰が何時から来るのかを確認しないと間違いそうな珍しい週なのですが、今日だけは通常通り。来てくれた子達もまずまずいつも通りにがんばってくれました。

しかし、滅多に風邪を引かない私が風邪気味なぐらいなので、子どもの中にも鼻をぐずっていたり、くしゃみを連発したりという子もちらほら。
寒くなったのに、台風の影響でまた暑くなるというような話もありますので、本当に体調管理が難しい時期ですね。

それにしても、こう毎週のように台風が来ると、秋の運動会の子達はほとんどが延期で平日に運動会となってしまっていて、それも気の毒です。
今回の台風は大きな被害がないことを願うばかりですね。

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2018年10月 4日 (木)

割合

今日はある5年生さんと割合の学習に入りました。
割合の単元は学校でも苦手な子が多いところのひとつだと思いますが、その理由のひとつは、公式が3つ出てくること、「比べる量」と「もとにする量」という、わかるようなわからないような言葉が出てくること、小数の計算をしなくてはならないことなどが挙げられるのではないかと思います。

もちろん、教室では公式を覚えさせるようなことはしませんし、実際に問題を解いてもらいながら、必要なことだけ説明するのですが、今日レッスンをしていて、改めて感じたのは、割合を全て分数で答えていいことにすれば、もう少し苦手に感じることが減るのではないかということでした。

40kgを元にしたときの34kgの割合というような問題があったのですが、この場合、34÷40を計算して0.85と答えるのが小学校の算数では一般的です。
ですが、40kgを元にするという言葉から、それが土台になって、上に34kgをのせる形の分数を書けば、34/40(40分の34)ですから、約分をして17/20。これでOKにしてくれるのであれば、「なんだ簡単だ!」と思える子が出てくるのではないかと。

125mを元にした場合の200mの割合でも、200/125として、約分すれば8/5です。もし小数に直すとしても、5分の8は1と5分の3ですから、1.6と比較的簡単に直せるのではないかと思います。

「もと」は「土台」というイメージができれば、分数に直す際に間違うことは少ない気がしますし、分数を約分するほうが答えが小数になる割り算を計算するよりかなり楽なのではないでしょうか。
そもそも、中学以降は計算の答えを小数で書くことはほとんどなくなっていきますから、そういう意味でも割合を分数(既約分数)で答えてもOKということにしてしまうほうが、子どもも先生も楽になるのではないかなと、そんなことを考えました。

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2018年10月 3日 (水)

成長している

算数に関しては、理解して定着するまでに時間がかかるタイプの子のひとりが、1年生の途中から通ってきてくれていて、今で3年生になります。
まだ苦手なこともあり、時間もかかりますが、当初に比べると随分考えられるようにもなりましたし、ペースはゆっくりながらも、その子のペースでしっかり前進しているようにも感じます。

その子は少し前のレッスンから、2桁×2桁、3桁×2桁の掛け算の筆算も学習していて、最近は随分安定して解けるようにもなっていました。
そんな中、2桁×1桁や3桁×1桁の掛け算の暗算をおさらいすることになったのですが、これまでのその子の傾向としては、少し前にやって、学校ではまだやっていないようなことや、学校ではさらっと済ませてしまうようなことだと、やり方を教えて覚えさせたわけではないものの、どうやって解いたのだったかをすっかり忘れてしまっているということが時々ありました。

ですので、2桁×2桁や3桁×2桁の筆算はできるようになったものの、掛ける数が1桁とはいえ、暗算でするとなると、そのままでは難しいということで、筆算を書くのではないかなと想像していました。もちろん、正しく解ければそれで構わないので、筆算していいか尋ねられたらいいよというつもりで見ていました。

すると、筆算をしていいか尋ねるでもなく、計算用紙に何かを書くでもなく、ただプリントにかかれている式だけを見て、一の位から答えを書いていくではありませんか。繰り上がる場合もそれを頭で覚えていて、次々と正解していきます。
少し前、それを暗算でした頃には、その子は位ごとに掛け算をして考える方法がしっくりこない様子で、黙って見ていると、例えば「234×5」などであれば、234を5回足して答えを出すような出し方をしたりしていたのです。
それなのに、少なくとも私が全く何も言わなくても、自分でどうすれば計算できるかわかっていて、きちんと解くことができた姿を見て、とても嬉しくなりました。

ゆっくりながらもしっかりと成長しているのだなぁ。

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2018年10月 2日 (火)

新人さん

先日体験レッスンに来られ、今日から一緒にレッスンをさせてもらうことになった中1さん。
中学受験をされたとのことですが、前もってうかがっていたお話では、その頃から算数は苦手で、中学の数学でもがんばっているのに結果があまり伴なっていない感じとのことでした。
体験レッスンでは、これまで習ったところでどこがわかっていないのかを確認しながら進めたのですが、習ったことの確認なので、思い出そうとしたり、間違ってから、指摘を受けてやり直したりということも少なからずあり、受験のために大量に問題をこなし、覚えてはそれを再現できるよう努力した影響が出ているのかもしれないなという印象を受けました。
ただ、国語はかなり得意なようでしたので、算数・数学が苦手でも国語や英語で点が取れるタイプの子なのかもしれないなと思いながらのレッスンスタートでした。

学校では間もなく連立方程式を習うとのことでしたので、試しに、まだ真っ白の状態でやってみてもらおうと思い、問題集の問題を指さし、「代入っていうのは習ったよね?a=3ならaに3を当てはめるんやったよね?で、これは代入法っていうのは『代入して解きなさい』ってことなんやけど、どうしたらいいかわかる?」と言って、2つの式を読み上げたところ、ほんの少し考えた後、「y=」になっている方の式をyのところに代入して解くのだと言って、「やってみて」といえば、そのままスイスイ解いてしまいました。
加減法についても「加減というのは足し算と引き算のことやから、足したり引いたりして解いてねってことなんやけど、これ、どうするかわかる?」という感じでまた1問指さすと、「あ、これ足すんや!」と言い、「足したらどうなるかわかる?」といえば、その先もきちんと解くことができました。

その後も、小数が使われている式であれば、片方はそれぞれ10倍、もう片方は100倍すればいいであるとか、分数が混じっていれば言わなくても最小公倍数をかけて解こうとしたり、やり方は全く何も教えていないにも関わらず、自分で気づき、工夫もし、どんどん解いていくのです。

「めっちゃできてるやん!すごいね!どこが数学苦手なん?」と何度も何度も言いましたが、なぜか本人は苦手だと思い込んでいる様子。
もちろん、単元によっては苦手なところも出てくるのかもしれませんが、少なくとも算数・数学のセンスは持っている子のようにしか思えませんでした。
どうしてそんな不思議なことになってしまったのか(できるはずなのに苦手意識を持ってしまったのか)わかりませんが、まだ中1ですので、何とか短期間でその苦手意識が薄らいでくれないかと思います。

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2018年10月 1日 (月)

10月スタート

風邪気味ですが、今日から10月がスタートしました。
台風一過の後の気持ちの良いお天気でしたね。

今日は先週土曜にお休みだった姉弟さんの振替レッスンがあり、午後から出勤していましたが、弟くんは先週体調を崩して5日間ぐらいお休みしていたそうで、顔を見てもまだ完全復活はしていないような様子。普段はよくできる子なのですが、今ひとつ集中が続かなかったり、レッスン終盤には突然5-4ができなくなったりと、やはりコンディションは大事だなぁと思いました。

今週は新しくレッスンを始めるお子さんがいたり、運動会などの振替でのイレギュラーがあったりで、予定を勘違いしてご迷惑をおかけしないよう気をつけなくてはと思っています。
10月もどうぞよろしくお願いいたします。

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