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2018年9月19日 (水)

「教えてくれない」

これまで教室をしてきている中で、子どもがおうちで「先生は教えてくれない」という発言をしたということを伺ったことがあります。
おうちでではなく、教室で直接言われたことも「○○なら教えてくれるのに」などと、別の指導者などと比較して言われたこともあります。

それはもちろん少しだけ心が痛むことではありますが、かつて、わかりやすくかみ砕いて教えていた子達が教わったことをあっという間に忘れ去り、更には少し考えれば気づくようなことでも考えようとしない姿を数多く目にし、その一方で教室を始めて以来、最低限のこと以外教えないという姿勢を貫くようになってからの子ども達の伸びや力の発揮の仕方の違いも驚きと共に実感してきただけに、勉強を「わかりやすく教える」ということは二度としたくないという気持ちは変わることはありません。

もちろん、子どもの性格によっては、自分なりに考えたものの少し不安で、間違うのが嫌だから「合ってる?」などと尋ねてくる子もいるように思います。そういう場合に答えるべきかどうかは迷うところではありますが、それ以外、あまり考えていないように感じる子の発する「(答えが)合ってる?」という問いかけなどには「どう思う?」とか「さあ、どうかなぁ。」などと返すようにしています。もちろん、たとえその答えが正解であっても、迷っているようだったり、適当に書いたようだと感じられる場合は表情にも一切出しません。

非情なようにも思われそうで、そこで少し迷いそうになったりもしますが、合っているかどうかを人に尋ね、その人の判断に委ねるということを癖づけるのはとても危険なのではないかと思うのです。
大袈裟かもしれませんが、誰かに騙される場合の何割かは、自分できちんと考えていれば回避できるのではないかと思うのです。自分でしっかり考えることを習慣づけておけば、「なんでかな?」「本当にそうかな?」などと疑問を感じたり、違和感を覚えたりできることが増えてくるのではないかと。

それは算数の勉強に限ったことではないので、算数では考えないけれど日々の生活ではよく考えるというような子もいるとは思うので、それも含めて加減を迷うところではありますが、基本的には「意地悪な先生」と思われても、今の姿勢を続けていくつもりです。

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