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2018年9月13日 (木)

見ているようで見ていない

小さい子達とレッスンをすると、改めて気づくこと、忘れていたのを思い出すことが、しばしばあります。

今日の年長さんとのレッスンでのこと。
一緒にレッスンをさせてもらうようになった初めの頃は、自信のないことはなかなか手を出そうとせず、難しそうに感じると眠いとか疲れたとか言って、ある意味わかりやすい反応をしてくれていた子ですが、この頃は少しずつできることが増え、自信を持って答えられることも多くなってきて、笑顔も増えてきました。

その子は積み木を形に合うように置くなどの課題に少し尻込みする様子があったのですが、それも徐々に薄れてきて、この頃は「あ、そんなにすぐわかるようになったんだ!」と、見ていて嬉しくなることもあります。
今日は以前はかなり苦戦していた印象がある、模様作りの課題に取り組んでもらったところ、以前より遥かにすんなりと取り組んでくれるようになっていたので、抵抗感が薄らいだのは感じられました。
どこにどの色を見せながら置くかはすぐにわかったようなのですが、どの向きに置くかで苦戦しているようです。
積み木を回したりしながら考えてはいるのですが、なぜかなかなかお手本と同じになりません。

惜しいんだけどなぁと少しの間黙って見ていたものの、なかなか合わないので、「どこがまあるくなってる?」と声を掛けたところ、途端に正しく置き始めました。
こちらから見ていた限りでは、お手本と手元を見比べているように見えましたし、見比べながら積み木を回したりもしていたので、どうして合わないのかなと不思議に感じていたのですが、見ているようで、どこに目をつけたらいいのかに気づいていなかったということなのかもしれないなと気づきました。

少なくとも、置き方を教えたわけでも、「回してみたらどう?」などと直接的に指示をしたわけでもなく、私自身、その子がそれに「気づいていないということ」に気づいていなかったのですが、今のその子にとってはちょうどいい声掛けになったのかもしれません。

今日のその子に限らず、積み木や色板などの課題で、明らかにそれは合わないよねと思うようなものを置こうとするような子には、どこかの辺の長さや角を指して、「ここに合いそうなのはどれ?」などと声をかけると、自分が持っていたものがおかしいと気づいてくれるというようなことはよくあります。

恐らく、得意な子にとっては言われなくても見えることが、そうでない子には、たとえ目の前にあっても見えていなかったりするのだろうと思います。
それに気づいて、過不足なく声掛けをすることは、私にとってはまだまだ難しいことですが、努力し続けようと思います。

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