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2018年7月 3日 (火)

「正解」はひとつじゃない

算数がメインのうちの教室では、教科の性質上、ほとんどの場合正解はひとつなので、いきなりタイトルと矛盾しますが、最近の世の中を見ていると、なんというか、自分と違う考えは間違っているかのような言動をする人は多くなっているように思えてなりません。

人はみんなそれぞれに考え方や価値観が異なりますので、自分と違う考え方や価値観に対して、何らかの抵抗を感じることはあるだろうと思いますし、親しい相手であれば、できるものならお互いが歩み寄るなり、相手か自分が変わるなりして、同じ考え方になれたらと思うこともあるかもしれません。

ただ、人それぞれに譲れないところはあるでしょうし、私自身はそういう部分が大きい人間なのではないかと思いますので、自分の考え方と明らかに違う考え方の人に対して、歩み寄れないこともあります。
ですが、自分と違う考え方に対して攻撃しようとは思いませんし、できるだけ、そういう考え方もあるんだなという受け止め方をするようにしています。

例えば、今回のワールドカップで、直前に何とも納得のいかない形で監督が電撃解任され、私が知り得たニュースや記者会見などからは、理由の説明を求めた監督に対して一切対応せず、それどころか監督を悪者にして、メディアまで巻き込んで笑いものにしたと私は感じていますが、ワイドショーなどでろくにサッカーを見たこともないであろう芸能人が前監督を馬鹿にして笑っていたりするのを目にし、私はその人たちが大嫌いになりました。

ただ、そのことに対して例えばインターネットなどを利用して攻撃したり、いわゆる「炎上」させたりしようなどということは全く思いません。私とは全く価値観の異なる人達なんだなと思うだけです。(もちろん、そういう考え方の人が向こうから「お前が間違っているんだ!」と攻撃してきたりすれば、恐らく言い返すだろうとは思いますが…。)
ではありますが、答えを導く方法はひとつではない場合がほとんどです。

これは一例ではありますが、なんというか、最近はそういう風に「自分とは価値観が違う人だな」とただ受け止めて、受け流すことができない人が少なからずいるように思えるのです。
そういう人が増えれば増えるほど、争いは増えますし、恐らく子どもの世界でのいじめも増えます。他者への寛容さがなくなれば、どんどん暮らしにくくなるだろうと思います。

これは全くの想像ですので、見当違いの可能性もありますが、子どもが学校などで学ぶ際、本来なら色々な考え方があっていいはずのものでも、教えられた通りにやらなければだめだとか、公式通りに当てはめて解かないとだけだとか、そういう教育をされ続けることで、「正しいことはひとつしかない」、「正しい方法に則らないやり方は認められない」、「みんなと同じようにできなければ失格」…そういった価値観を植え付けられてしまうこともあるのかもしれないと。

誰かにとってわかりやすい方法も別の誰かにとっては難しいという場合もあります。
同じ目的地に辿り着くためだとしても、急な坂道を登るのが好きな子もいれば、階段の方が好きな子、歩く距離が長くなっても緩やかな道を歩くのが好きな子もいるでしょう。
それぞれの好き、それぞれの得意を尊重し、お互いの弱い部分、苦手な部分は助け合っていける、そんな教育がとてもとても大事なのではないかなと、そんなことを思います。

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