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2018年5月18日 (金)

勉強より大事なこと

最近のニュースを見ていると、本当に色々なことを考えさせられます。
残念ながら、私自身は我が子を産み育てる経験ができませんでしたので、子育てのご苦労は本当の意味ではわかっていません。(自分にはとてもできないと思っていますので、子育てされている方皆さんを尊敬しています。)

子育てにも、教育法などにも、これが正解というものがないので、本当に難しいことだと思います。
いいと言われる方法を選んでも、その子に合うかどうかはわかりませんし、合わない方法を続けることで歪みなどが出てくることもあるかもしれません。

得意なことを極めるというのはひとつの生き方だと思いますし、得意を伸ばすこと自体はとてもいいことだとも思っています。
しかし、どちらのニュースもまだ真相はわからないものの、新潟で小2の子の命を奪った犯人は、自供では声を出されてパニックになったので犯行に及んだと言っているようです。
悪質なファウルを犯した日大の学生は、学生日本代表に選ばれたこともあるような有望な選手だそうです。

仮に新潟の事件の自供が本当で、車でぶつかったら声を出されたから命を奪ったというのなら(実際は少し違う可能性があるようですが。)何より一番重い罪は命を奪うことだと気づけば、病院に連れていくなり、誰かに相談するなりできたはずでしょう。

問題を起こした日大の学生も、いくら監督の指示があったとしても、それで相手の命を奪うことになるかもしれないと、ほんの少しでも思い及べば、もう未成年でないなら自らが犯罪者になってしまうかもしれない。いくら試合に出たいからと言って、犯罪を犯せばそれどころではなくなると、そう思って思いとどまれたかもしれません。

あくまでもどちらも想像での話ですから、全く違うこともあるかもしれませんが、これらの事件に限らず、いじめを苦にして自ら命を経ってしまう子どもなども、見えている世界が狭いという意味では、相通ずるところがあるようにも思います。

目の前の女の子しか見えていない。
ただひたすらアメフトだけに打ち込んできて、アメフトがなくなったら人生が終わるように思える。
クラスでいじめを受けたら、もう生きていられない。

想像ですので、これに当てはまらないかもしれませんが、世の中はもっと広いのだ。アメフトがなくなっても人生は続くのだ。学校なんて行かなくたってほかに道はいくらでもあるのだ。そんな風に思えるかどうかで、結果が全く違ってくることもあるのではないかと。

そして、そういう考え方ができるかどうかは、やはり小さい頃から自分の頭で色々なことを考え、自分でできることは自分でし、また、その子に関わる大人たちが、子どもはまだ知らない世界の話を色々聞かせたり、実際に経験させたりという積み重ねの中で育まれていくものも少なくないのではないかと思います。

世間では、難関中学などを受験させるために小さい頃から一所懸命勉強をさせ、勉強をするなら家のお手伝いなどはしなくてもいい、自分の身の回りのことなども親がしてあげるという家庭もあるように聞きます。
そういう風に育った子が難関中学に進学したとして、どんな大人になっていくのだろうと思うと、怖くなることもあります。

難関といわれる中学、高校、大学などに進学したとしても、今は決して安泰とはいえない時代なのではないかと思います。むしろ、自分で何かを生み出すこと、考え出すことができるなら、高校や大学に行かなくたって、成功する道が開けてきている時代でもあるように思います。

ひとりでも多くの子ども達が「幸せな大人」、「心が満たされた大人」になってくれたらいいなと思います。

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