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2018年3月 2日 (金)

好きなこと、嫌いなこと

自分自身を振り返っても、興味のあること、好きなことであれば、ちょっと説明されただけで理解できたり、説明すら必要とせずに自ら考えたり調べたりして理解したり、どれだけ長い時間取り組んでいても疲れることがなかったり、繰り返さなくてもすぐ覚えられたりということは多々ある一方で、興味のないこと、嫌いなことは、丁寧に説明してもらっても脳が拒否反応を示して理解できなかったり、自ら進んで調べてみようなんてことは思えなかったり、がんばってちょっと手を付けてみたものの続かずすぐにやめてしまったりということもやはり多々あります。
恐らく大人でも子どもでも少なくない割合の方が同じようなご経験がおありなのではないかと思います。

子ども達とレッスンをしていても、算数が好きな子は多少難しい問題でも嬉々として取り組んだり、そうでなくても嫌がらず立ち向かっていったりする一方で、興味がない子はちょっとでも難しそうだと思うと表情が曇り、なかなかぐっと考えるところまで行かないということもよくあることです。
それは算数に限らず国語でも、ほかの科目でも言えることなのだと思いますので、そういう姿を見るにつけ、嫌なものを我慢してやる必要はどの程度あるんだろうなと思います。

もちろん、文字の読み書きができないと色々生活に不自由なこともあるでしょうし、簡単な計算や日常生活で触れることの多い単位なども分かっていないとやはり色々不便でしょう。
そういう意味で、最低限(というのもどこを基準にするかは難しいところかと思いますが。)のことはみんな同じように学ぶとしても、例えば小学校の高学年ぐらいからは自分が好きなことはどんどん掘り下げて、嫌いなことは基本的なことだけ学べばよいというような風になれば、子ども達自身が学びが楽しくなるだけでなく、長い目で見れば恐らく、社会にとってもより良い結果が出るのではないかと思うのです。

教育改革が進められていくようですが、人はみんなそれぞれに得意なことや好きなことが違っているからこそ、社会の色々な仕事が成り立つのでしょうし、自分が苦手なことを得意とする人がいれば、代わりに自分は自分が得意なことで誰かを助けられるかもしれません。
得意や好きを活かしてみんなが暮らしていける社会は、きっともっと暮らしやすく、平和で穏やかになるのではないかなと、ちょっと壮大なことまで思ってしまいます。

大きく社会を変えるのは難しいかもしれませんが、自分の得意を伸ばして自分に自信を持てる子達が増えることで、世の中はより過ごしやすくなっていくのではないかなと、そんな気がします。

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