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2018年2月23日 (金)

面倒から工夫が生まれる

子ども達とレッスンをしているとき、特に中学年ぐらいまでの子達とのレッスンでは解答などを持たず、その場で自分も問題を見てマル付けをするということを教室を始めたときからずっと続けています。
複数人の子達がそれぞれ違うことをするので、どうしても追いつかないようなときには、事前に自分で解いた解答を持ちながらということもありますが、できる限りその場で私も解くということは、子ども達にも「先生も解いている」と感じてもらえる分、「先生は答えを見ていてズルい。自分だけ考えるのめんどくさい。」などの気持ちを持たれずに済むというメリットがあるので、極力それを続けています。

そんな中、どうにも面倒なものなどは計算用紙に計算することもありますが、ある程度のものは暗算でその場でするので、面倒な掛け算などは自然と工夫をするようになりました。
勉強に限ったことではなく、恐らく人の歴史というのは、何か不便を感じたり、面倒だと感じたりしたことを、便利に簡単にする方法を見つけ出してきたとも言えるのではないかと思います。

そういう意味でも、子ども達に面倒さを味わってもらうこともきっと大事な意味があるのではないかと思います。
面倒さを感じるより先に、簡単にできる方法を教えてしまえば、「脳に汗をかく」機会のないまま便利な方法を手にすることができますが、果たしてそれは本当にその子のためになるのかといえばあやしいところではないかと思います。

先日書きましたが、面積の問題で、長方形の土地に十字路をつけ、道以外の部分の面積を求める問題のようなものでも、まず子ども自身に考えさせると、面積を4つそれぞれ出したり、大きな長方形から2本の道をそれぞれ引いたりというような方法で答えを出す場合が多いわけです。そうやって答えを出せた後、何かもっと簡単にできそうにない?と尋ねたり、紙を使って道の部分をくっつけるとどうなるか見せてみたりすれば、「ああ、こんなやり方もあるのか!」「こうすれば簡単だな!」などと、自分で考えた方法と更に別の方法を知ることができ、教わった方法が便利であれば、そちらを優先するようになるでしょう。

世の中がどんどん便利になって、子ども達が何か不便を感じて苦労する機会は勉強に限らず減ってきているのではないかと思います。でも、それはもしかすると、子ども達自身が考え、工夫する機会を奪われているということなのかもしれません。

教育に絶対の正解はないのだと思いますが、面倒な経験をさせることも、時にはとても大事なことなのではないかと思います。

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