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2017年12月21日 (木)

考えることの大切さ

私は教室で子ども達にしょっちゅう「なんで?」と尋ねます。
例えば、問題を解いて答えを書いて、その書いた答えが合っていたとしても、その子の様子に迷いがあったり、自信のなさがあったりするときには、すぐにマルはつけず、「なんでそれが答えだと思う?」とか、「こっち(そのほかの答え)はどこが違ってるの?」とか、なぜそう答えたのかの理由を尋ねます。

そうすることで、理解が曖昧な場合やよく考えず適当に答えを書いたような場合にはその説明ができませんので、きちんと理解しているかどうか確かめることもできますし、子ども自身ももやっとした理解のまま次に進むということをせずに済むのではないかと思います。

また、考え方は合っていそうなのに最終的な答えが間違っていそうな場合や、どこかでミスをしていることにこちらが気づいていて、それを本人に気づかせたい場合などにもどうやって考えたのかを尋ねたり、どんな式で計算したのか尋ねたりします。

このように、しつこいぐらい「なんで?」「どうして?」と聞かれることを面倒に感じる子もいるのかもしれませんが、小さいうちからそれを繰り返していると、曖昧な理解で適当に答えを書くことが気持ち悪く感じるようになっていく場合が多い気がします。
そうなれば、後は自発的に考えるようになりますから、ある程度子どもに任せてしまっても大丈夫だと思います。

教室では主に算数を通して子ども達に考えることの大事さを感じてもらおうと心がけていますし、もちろんできないよりできるほうがいいとは思いますが、本当のところは算数ができてもできなくても、それ自体はそんなに大きなことではないのではないかとも思っています。

考える力は生きる力に直結しているように思いますし、考えることで事件や事故に巻き込まれる確率を減らすこともできるのではないかと思います。
例えば、次々と手口を変えて人を騙し続けている詐欺なども、手口によっては少し考えるだけで何か怪しい、これは一度警察に相談してみたほうがいいのでは?誰かに話してみたほうがいいのでは?と気づけるものもあるように思います。
小さい頃から言われたことを覚えてその通りに処理する訓練をし続けて大きくなった子と、ひとつひとつしっかり考えながら大きくなった子では、成長してから、生きていく上で大きな違いができるように思えるのです。

大事なお子さんがより幸せに安全に生きていけるよう、小さいうちからしっかりと頭と体を使わせるのはとても大切なことなのではないかなと思っています。

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