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2017年12月26日 (火)

なんだか悲しくなる言葉

今年度の初めから来てくれている3年生さんとのレッスンでのこと。
小さい頃から習ったことを覚えてきちんと処理するということをがんばってきたタイプの子だったので、当初はやり方がわからないと固まってしまったり、ろくに考えていないうちからわからないと言ったりということが少なくなかったのですが、徐々に変わり始め、随分考えられるようになってきたなと嬉しく思うことも増えてきました。

そんな中、前回宿題に出したプリントの中の1枚を「やり方がわからなかった」と言って持ってきました。
それは計算のきまりを練習するための虫食い算のようなもので、数字の部分は全て□になっており、( )や+、—、×、÷などを使った式とその計算の答えだけが書かれていて、□に1から5までの数を1回ずつ当てはめて式を作るというものでした。(例えば  □×□+(□+□÷□)=8 のようになっているようなもので、5つの□に1から5をどう当てはめればよいか考えるというものです。)

この問題の意図は、計算のきまりを覚えてもらうことと、試行錯誤をすることで色々な計算をすること、片っ端から当てはめていたのではいつ答えに辿り着くかわからないものなので、その面倒さを通して、答えがこんなに大きいのであればかけ算には大きい数を入れるのではないかとか、1から5を使って余りが出ない割り算ができるのは1で割るほかは4÷2しかないなとか、そういう色々なことをそれぞれの子なりに考えてほしいというものでした。

しかし、やり方がわからないという、意味不明なことをいうので(1問目はやってありましたので、何をすればいいかわからないというわけではありません。)、ぎりぎりまでやらずに時間切れになったか、やりたくなくてわからなかったと言っているかのどちらかなのではないかなと思いました。
ですが、もう少しつっこんで尋ねてみたところ、「どうやったら簡単に考えられるか、何かやり方みたいなのあるんだったら教えてください。」と言われてしまいました。

もちろんその子が悪いわけではなく、小さい頃から学校や幼児教室などで先生がやり方や考え方を説明し、その通りにするという練習を積み重ねてきたことで、自分で試行錯誤するという発想より、何か簡単な方法、便利な方法があるはずという発想になってしまっていることを悲しく思いました。

大切な子ども達のために、指導する大人はもっと気づいてほしいと思います。世の中の流れを見ても、今後ますます知識偏重から脱却し、考え方そのものが重視されるような方向へ進んでいこうとしているのは今のところ間違いありません。
公式やパターンを先に教え、覚えて答えを出させる学習は、今の子ども達が高校生、大学生になる頃にはほとんど役に立たなくなっているかもしれません。

小さい頃にこそしっかり試行錯誤をし、面倒なことも正面からぶつかってみることで、何か工夫できないか考えたり、何度も色々な数を足したり引いたりする中で、例えば1から9までのうち3つの数の和が24と言われたら7,8,9しかない、23なら6,8,9…というような、あれこれやって気づくことことが本物の力につながっていくのではないかと思います。

今年のレッスンは明日を残すのみになりましたが、来年も子ども達が自分の頭でしっかり考えてくれるよう、精一杯サポートしていきたいと思います。

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