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2017年11月22日 (水)

教えることで失うもの

子ども達とレッスンをしていると、時々、自分にとってはこの問題はこう考えるのが「普通」と思っているようなものに対して、子どもが思いがけない発想で答えを出すことがあり、そんな場面に出合うたび、驚きと喜びを感じるのです。

これは初めに解き方を説明するスタイルの場合、恐らく出合うことのない場面なのではないかなと思います。
説明してしまえば、話を聞いていない子やなんとしても自分でオリジナルの方法を考えたいと思うような子以外は、習った方法を再現するからです。

算数や数学のセンスがある子、まだ頭が柔らかい子達は、私にはない視点で、時にはその方法の方がずっと簡単だねというような方法を見せてくれたりすることがあるのです。
そんな場面に出合えた時には、「すごいね!思いつかなかったわ!」などと手放しで称賛できますし、心からの言葉なので、子どもも嬉しかったり、自信をつけたりしてくれるのではないかと思います。

今回の中2の子とのレッスンでも、数学は好きではないらしいもののセンスがかなりある子が、解答解説に書かれている方法とも私が考えていた別の方法とも違う、しかし、それに気づけば圧倒的にそれが速くて簡単に解ける方法だなというものを使って、ある応用問題を解いてくれました。
図を見て、私はひとこと、ふたこと何か言ったところ、おもむろにある部分の長さを1だと言って解き始め、なぜか尋ねても説明はうまくできない様子でした。そこで、その子が気づいたのであれば恐らくあっているのではないかと思い、そのまま解いてみてと伝え、どう考えているのか私なりに考えを巡らせていたところ、あ!もしかして!と思い至ったので、その子が正解を出した後、こう考えたってこと?と推測した方法を言ってみたところ、「うん、そう。」と。

一応私の立場は教える側で、先生と言ってもらったりもしているわけですから、本来であれば何でも子どもより良くできて、何でも説明できるのが望ましいのかもしれません。
また、先生という立場だと、生徒よりよくできないといけないという思いから、学校などでは教えた方法で解かなければならないというような制約をかけられたりすることがあるのかもしれないなとも思います。

自分の能力が十分に高くはないことの自覚はあるので、なんだこんなこともわからないのかと子どもに思われることもあるかもしれないなと思っていますが、自分が思いついていなかった考え方を子どもが教えてくれるというのも、この教室ではあっていいのではないかなと、そんなことも思ったりします。(もちろん、子どもに取り組んでもらう問題を私が解けないというのは論外ですが、自分になかった発想を子どもが教えてくれるというのはあってもいいのかなと、そんな風に思います。)

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