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2017年10月25日 (水)

感じること、考えることの大切さ

先日、ネットのニュースで、最近の若者は外出するより家にいることを好む割合が高くなっているというような記事を目にしました。
私は子どもの頃から知らないところに行くのが怖くて、お出かけするより家にいたいという感じだったので、単に最近の若者とひとくくりにするのはどうかと思いますが、昔と比べてその割合が高くなっているということなのだろうと思います。
車を持ちたいと思う割合、留学したいと思う割合、旅行に行きたいと思う割合なども、若い世代では下がってきているような記事も目にしたことがありますので、若い世代が内にこもりがちな傾向が高まっているというのは事実なのでしょう。

もちろん、昔と比べ、今では家にいながらでも楽しめることが増えたのは確かでしょうし、パソコンやスマホ、テレビ、ゲーム機などがあれば、外出してわざわざ楽しみを見つける必要もないという人の割合も増えているのでしょう。
ただ、若い世代や子ども達がそうなっているひとつの要因として、生まれたときからデジタル機器がすぐそばにあり、日常的にそれに触れて育つことで、それが当たり前、それが楽しいからそれで充分と感じるようになるということもあるのかもしれません。

色々なニュースやSNSなどでのやりとりを目にしていると、本当に自分の頭でちゃんと考えているのかな?と感じるようなことが以前より増えてきたような気がします。
私自身も、このブログを書くことひとつとってみても、以前は書き終えた後きちんと読み返し、誤字や脱字がないか、文のねじれなどはないかチェックしていたのですが、最近は忙しいわけではないのに、丁寧にチェックすることが少なくなりました。

そして、ネットのニュース記事などを見ていても、驚くほど誤字や脱字、完全に間違った表現などを目にすることが多くなりました。ニュースとして発信しているにも関わらず、記事の見出し、タイトル自体にどーんと誤字、誤変換などがあることも珍しくありません。
それは恐らくチェックせず、原稿を打ったらそのままアップしてしまっているのだろうと思いますが、世の中が便利になると同時に「忙しく」なり、新しい情報は先を争って記事にするような状態になっているのだろうなと。

そんな時代だからこそ、ゆっくり感じること、考えることが本当に大切になってくるように思います。
画面からの情報だけでなく、実際に能動的に五感で感じるような経験も意識的にしていかないと、気づけば社会全体が間違った方向に進んでしまっていたというようなことになりはしないかと、そんなことも思ったりします。

好奇心が旺盛なのはいいことだというようなことはよく言われていることですが、好奇心に限らず、何かに疑問を持ったり、ひっかかったりするような、何かを感じる心は、間違った選択をしないためにも大切なものだと思います。

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