日曜でしたが。
今日は日曜でしたが、イレギュラーでひとつレッスンがあり、日中出勤していました。
学校もお休みで疲れもないからか、レッスン自体が順調に捗ったのですが、元気が有り余っているせいか、いつもより少し羽目を外したりすることもあったりで、時間があれば最後にすることになっているパズルなどの「お楽しみ問題」はできずに終わりました。
ひとりの子はまだ就学前なので、多少は羽目を外してもいいかなと思っていますし、やる気にならないものを無理にさせるつもりもないのですが、きちんとやっていれば十分「お楽しみ問題」までやれたはずが、途中でふざけたりしていたことで時間が足りなくなり、できなかったという事実は残念な気持ちと一緒にちゃんと味わってもらう方がいいかなと思い、順を入れ変えたり、その問題のための時間延長をしたりはせず、もちろん怒るのではなく「途中でちょっと遊び過ぎたから時間なくなっちゃったね。」とだけ言いました。
もちろん、その時初めて言ったのではなく、途中、お楽しみ問題を見つけて「あ、それやりたい!」と言ったので、「順番ね。これやって、これやって、これだけできたらするからね。」というようなことは伝えておいて、途中お遊びが過ぎたなというときにも「時間なくなっちゃうよ」と声を掛けたりもしてのことです。
ご褒美で釣って勉強などをさせるというのは個人的にはあまり好きではありませんし、今回のような「ちゃんとやったら後でおたのしみがある」というのも、交換条件のような気もしてちょっと迷うところではありますが、その日にしようと思っているものがあり、その子であればこのぐらいは十分できるはずと思っているものを、レッスンとは全く関係ないことをして時間を使ってしまったときに最後までできなかった、自分がしたかったものまでできなかったという経験をしてもらうことも、一種の学びなのではと思います。
残念な気持ちをそのままで終わらせるのはよくないとも思うので、そういうときは本人に希望を聞いて、やりたかったものを宿題として渡すこともあります。今回も本人が宿題にしてほしいとのことだったので、それも宿題に着けて渡すとニコニコして、笑顔でレッスンを終えられました。
子ども達とのレッスンでは絶対の正解、この方法が誰にでもバッチリ合うというようなものがないだけに、小さなことでもひとつひとつ迷いながら、この場合はこれがいいのではと判断しつつ進んでいくのですが、教育というのは本当に奥深いものだなぁと思います。
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