« コンプレックスや苦手なことも役に立つこともあるのかも。 | トップページ | 予想外の言葉 »

2017年5月16日 (火)

ひと呼吸置く

子ども達の中には、まだ小さいのに、早く答えを出さなくてはと思い込まされていて(もしくは、実際にそういう環境に身を置いていて)、問題を前にするととにかく何か書こうとする子がいます。

最近通ってくれるようになった子も、今はまだそういう傾向が見られるのですが、そういうタイプの子の多くは、とりあえず何か答えを書いて大人の反応を見、どうやら間違っていそうだなと思えば「あ~、違う違う」などと、さも勘違いしたかのようにふるまいながら、違う答えを書いてまた反応を伺うというようなことをします。

そういうことは決して珍しいことはないので、(ああ、気の毒に…。この子も急がされて、じっくり考えさせてもらえなかったんだな…。)と、そのたび感じます。
ただ、うちに来てくれるようになったからにはそのままでいいというわけにはいきません。そこで、色々なアプローチをするのですが、例えば、こちらの顔を伺ってくる子には、表情には出さないようにして、たとえ答えが合っていてもしばらく待ってみたりします。
すると、合っているのに違う答えに変えて、またこちらを見てくるということも、これまた決して珍しくない反応です。
それでもまだ様子を見ていると、そのうちどうしていいかわからなくなる。そこで、私が「なんでさっきの答え消したの?」などと尋ねると、きちんと考えていない子は「え?だって間違ってるんやろ?」などと言ってきたりするのです。
「え?なんで?何にも言ってないよね?」などと返すと、「だってマルしてくれへんかったやん。」などと言ってきたりするのですが、そこで例えば、「じゃあ、もし1+1=2って答え書いて、私がマルしなかったら、消して書き直す?」と聞くと、「直さへん。」というような答えが返ってくるわけです。
「1+1=2って書いて、マルしてもらえなかったら、『なんでマルしてくれへんの?』とか『これで合ってるよ』とか言うでしょ?」と確認すると、みんな同意しますから、それが本当にわかっているということだと話すのです。

自分がきちんと考えて出した答えなら、大人の顔を伺う必要はありませんし、そもそも、大人の顔を伺いながらマルをもらうのは勉強ではありません。例えば、その能力が身についても、試験の場では全く役に立たないわけです。(大人になって社会に出たら、人の顔を見て空気を読むことができるなどの能力として生かせるかもしれませんが…。)

小さい子なら、上述のようなやりとりで私が伝えたいことをなんとなくわかってもらうようにしますが、ある程度学年が上がってから来てくれるようになった子の場合、その「習慣」がかなりしっかり身についてしまっている場合が少なくありませんので、落ち着いて考えられるようになるまで、個人差はあれ、結構時間がかかったりもします。

で、最近のその子は、焦って答えを書いては、何度も何度も「あ!」と言いながら答えを書き直そうとするので、本当の勘違いの場合はともかく、早いうちに何とかせねばと、色々な声掛けをします。
今週のレッスンでは、また焦っているようだったので、「慌てなくていいし、時間かけていいから、その代わり、答えは1回だけ、これだと思うのを書いてね。何回も書き直すのなしね!」と声をかけてから問題を考えてもらいました。
子どものタイプによっては「チャンスは1回だけね!」というような言い方をすることもありますが、とにかく、違ったからまた書き直すというのは、しっかり考えていないのだということをわかってもらえるよう努めています。

それにしても、じっくり考えさせてあげるだけで、子ども達はどんどん力を伸ばしていくということは、何度も何度も実感しているので、それだけに、もっと多くの大人がそのことに気づいてくれたらなぁとしみじみ思います。

|

« コンプレックスや苦手なことも役に立つこともあるのかも。 | トップページ | 予想外の言葉 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ひと呼吸置く:

« コンプレックスや苦手なことも役に立つこともあるのかも。 | トップページ | 予想外の言葉 »