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2017年4月30日 (日)

オフでした。

今日は更新お休みします。

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2017年4月29日 (土)

ゴールデンウィークですね。

ゴールデンウィークといっても、例によって何の予定もないのですが、今日は5週目の土曜で祝日でもあったので、レッスンはお休み。
4月のレッスンは昨日で終了しました。

今日は教材を作ったりしていたのですが、作る側になるとついつい、詳しく説明を書いてしまいそうになることがあって、気を付けなくてはと思います。
ただ、説明を書くときにも、ただ覚えるしかないもの以外は、極力、なぜそういうのか、なぜそうなるのかなどを書き添えたいと思っていることもあって、算数の問題を作りながらも「国語」で悩むようなことがよくあります。
また、自分では一所懸命知恵を絞ったつもりでも、子どもにわかりやすいかどうかは実際に子ども達に見てもらわなければなりませんので、ずっとずっと「完成」のときは訪れないのかもしれません。(汗)

明日で4月もおしまいで、来週は火曜と土曜が通常レッスンです。
もう1年の3分の1が過ぎようとしているのかと思うと、ほんとにもっとがんばらなくては。

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2017年4月28日 (金)

面白いお話

この春から中学生になった子のおうちの方から、ちょっと面白いお話を伺いました。
その子とのお付き合いは1年ほどだったのですが、電車で通ってくれていたことや、うちでは数学と国語しか見られないことやで、中学に上がる時点でお別れになりました。

通ってくれるようになった当初は、新人さんの多くに見られる、習ったことを思い出して当てはめて解こうとするようなところが見受けられ、なぜそうするのかまでは考えていないものも少なくない印象でした。
ですが、もともとおうちの方が、じっくり考えることが大事だと考えておられたことがよかったのだと思いますが、既に高学年だったことを考えると、かなり早く変化が見え始め、随分と手が自然と動くようになり、絵や図を描いたり、あれこれ試行錯誤したりできるようになりました。

その状態になってからもしばらく一緒にレッスンさせてもらえたので、お別れは寂しいものの、1年ほどでここまで変化すれば、中学に行ってもちょっと安心かなと思えました。
その子のおうちの方が近況の一つとして教えてくださったお話がちょっと面白いものでした。

学校である詩を習い、その中で対比を読み取るというものがあったそうなのですが、この対比になっているものは何かと問われ、クラスの中で一番に答えが分かったのだそうです。で、なぜわかったかの理由が算数の割合を求めるときの考えが役に立ったからと言ったそうです。

へ??どういうこと??

本人に聞いたわけではなく、おうちの方も今ひとつよくわからないとおっしゃっていましたが、その後ちょっと考えてみたところ、もしかすると比(1:3=4:12のような…。)のことを言っているのかな?と思いました。
真実はわかりませんが、とにかく、その子には算数の学びが国語の対比を考えるときに役に立ったということなのでしょう。

なんだか面白いなと思いましたが、一方で、うちの教室では意味も分からずとりあえず当てはめるとか、やり方を覚えさせるとかいうことはさせないので、子ども達はしょっちゅう「なんで?」「どうしてそうなるの?」と、理由を尋ねられたり、説明を求められたりしますから、それに慣れた子にとっては、詩を読みながら、朝と夜、大人と子どもなど、並んでいる言葉を見ながら、これがこうなるなら、これはどうなるかな?と、そんなふうに自然と考えられたということなのかもしれません。
もしそうなら、それはとても嬉しくて、素敵なことだなと思います。

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2017年4月27日 (木)

ひとりひとり

教室で子ども達とレッスンをしていると、学校の先生というのは本当のスーパーマンか、そうでなければかなりの割合の子どもが何らかの我慢を強いられているかのどちらかの場合が多いのだろうなと思うことがあります。
私は元々は教員志望だったわけですが、どう考えても自分の能力では30人、40人の子ども達を自分が納得いく形できちんと目を配ること、しっかり勉強を理解させることは不可能だと思うに至り、教員採用試験を受けずにその道を断念しました。
実際のところ、教室で一度に3、4人の子が別々のことをしていると、それだけでもういっぱいいっぱいぐらいになりますし、その中に算数で苦戦している子や、じっとしているのが苦手な子などが混じっていたとしたら、3人でも十分に見てあげられるかどうか自信がありません。

もちろん、素晴らしい先生は大勢いらっしゃいますから、多くの子どもをしっかり指導されているということもあると思いますが、問題はさすがに30人、40人は十分に見られないという場合です。
一斉にそれだけの子どもを指導するとなると、どうしてもやり方を説明して、その通りに練習させて、できたと見なすというようなことも出てくるだろうと思います。
また、じっくり考えさせようと思っても、先に塾などで習っている子が混じっていると、それだけで予定がぶち壊しになってしまうこともあるだろうと思います。
学校というところは、勉強だけをするところではありませんし、私自身は学校が好きだったので、学校批判をする気は全くありませんし、そんなハードな状況でも頑張って子ども達と向き合っておられる先生方を尊敬もしています。ただ、ひとりひとりの子どもを見ると、勉強に関して、学校に任せっきりだと能力が発揮できない子も少なからずいるだろうと思います。

例えば、何をするにもペースがゆっくりの子は、時間を与えてもらえればきちんと考えられるものでも、考えている途中で時間を切られ、答え合わせややり方の説明が始まってしまうということを、日常的に経験しているかもしれません。
集中すればするほど、ごそごそ動いたり、椅子から立ち上がったりしてしまうような子は、それを許してもらえないような環境では、じっとしていなくてはということに意識を傾ける必要がある分、本来高い能力を持っているかもしれない教科学習の成果がうまく得られないというようなこともあるかもしれません。

学校のやり方、担任の先生のやり方がバッチリ合う子というのは、恐らくごく僅かなのではないかと思います。
ですから、大切な我が子がどういうタイプなのかをできるだけ把握して、ご家庭で何らかのフォローをしてあげるとか、専門家にフォローをお願いするなどしてあげることで、大きく変わる子がきっといると思います。

正直なところ、ひとりひとりにきめ細かい対応をというところまで学校に求めるのは、特に公立の学校ではさすがに無理だと思いますが、早い段階できちんとその子にあった対応をしてあげられるかどうかで、その後の学校生活や、もしかするとその後の人生にまで大きな差を生むことになるかもしれませんので、子ども達のことをしっかりみていて頂けたらと思います。

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2017年4月26日 (水)

色々なアプローチ

私は日々子ども達とレッスンをさせてもらいながら、ずっと思っていることがあります。
塾などの広告で「成績アップ保証」とか、「○点アップしなければ返金します」とか、「誰でもできる」とか、そういう言葉をどれだけ本気で書いておられるんだろうなということです。

ひねくれた考え方をすれば、例えば既にかなりの高得点を取っている子であれば成績アップを保証することも定期試験での得点アップを保証することも難しいかもしれませんし、定期試験も例えば中間テストで平均点が予想以上に高くなってしまった場合、期末試験では問題を難しくするなんてことはいくらでもあるわけで、そうなれば得点アップはかなりハードルが高くなるだろうとも思います。

また、子どもは一人ひとり違うので、誰にでも合う方法なんてものはないと思いますし、本当に誰にでも簡単に使える方法なんてものがあれば、勉強に悩む親子は世の中に存在しなくなるのではないかとも思うからです。

もちろん、あくまでも広告ですから、細かい色々な条件があったりするのだろうとは思いますが、個人的にはなんだか抵抗感があります。

そんな私の教室では、唯一貫かれていることは「小手先のやり方だけを教えて覚えさせるようなことは絶対しない」というところだけで、それ以外は全て、一人ひとりの子どもに合わせてカスタマイズしているような感じです。
そうしていても、まだまだ十分に対応できていないなと感じて凹むこともありますし、もっとよい方法があるかもしれないので、ひとつうまくいったからそれで大丈夫と思ってはいけないなとも思っています。

ですので、同じ内容のレッスンをする際にも、それぞれの子で提示の仕方やどこまで助けるかなど、恐らく全て違っているのではないかと思います。
何かが苦手で苦戦している子がいると、この方法ならどうかな?これがダメならこれならどうかな?と色々頭をひねって考えるので、何かに苦戦する子と出会えば出会うほど、私の引き出しが増えていくとも言えます。

今日はまた、ひとつ、この方法で抵抗がなくなる子がいるんだなという発見をしたのが、8桁や10桁など、大きな桁数の、途中に0が入った、なかなかに面倒な引き算の筆算の問題でした。
ぱっと見、大人でも、うへぇという気分になりそうな、桁が多い上に途中に何か所か0が並ぶようなもので、それをする前に10000や300000などのぴったりした数からの引き算の筆算をした子達の中には、繰り下がりがないところまで繰り下がらせてしまったり、繰り下がらず引いたひとつ上の位の数が、使っていないのに「9」になっていたりと、混乱することがあるのです。

今日のレッスンの子も、桁が多い上に0ばかりが並んでいるわけでもない筆算を見た途端、「うわぁ」と言って、何とも嫌そうな表情になりました。この子はそうなるとその日のレッスンがどうにもならなくなってしまうこともあるので、これは早々になんとかしなくては!と思い、まず一の位以外の部分を白紙で隠して、「これは引ける?」と尋ね、引ける場合はそこに答えを書いてもらった後隣の位を見せ、また同じ質問を。もし引けない場合は、更にもうひと桁隣まで見せて、「これなら引ける?」と尋ね、どこまで見れば引けるかを確認。「これなら引ける。」と答えが返ってきたら、そこまでをひき算してもらい、し終わったら隣の位へ…ということを繰り返しながら、3問ほど一緒に解いた後、白紙を渡して「さっきみたいに、自分でやってみてくれる?」と言うと、ほんの少し前までは絶対やりたくない!という表情だったのが、ニコニコしながら「えっと、これは引けない。これもダメ。ここまでで引ける。」とブツブツ言いながら、ほんの少しの手助けだけでまずは1問クリア。
その次からはちょっとしたミスはあったものの、ひとりで考えることができ、その面倒なプリントを乗り切った後は、それより桁が多いものでも、もう嫌そうな表情になることはなく、そのほかの問題もしっかり考えてずんずん前進していく感じでした。

この子にはこの方法でうまくいったなというのは私にとってもひとつ新しいアプローチを見つけたということなので、子どもにとっても私にとっても嬉しいことなのだと思います。
文字だけで説明しているので、実際の内容が伝わりにくいかもしれませんが、わかりやすい方法は子どもによっても違っていたりしますので、指導者側がわかりやすいと思っても、その子にはそうでない場合もあったり、多くの子どもがわかりやすいと思っても、それをわかりにくいと感じる子どももいたりするのは確かですから、できるだけ決めつけをしないよう心掛けたいと思っています。

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2017年4月25日 (火)

わかったふり

うちの教室では、それに遭遇する機会はあまり多くないのですが、子ども達とレッスンをしていると、教室に来てくれるようになって日が浅い子達の中に時々、「わかったふり」をする子がいます。

思い返してみると、そういうことをする子は塾に勤めていた頃には珍しくなく、私自身もあまり意識していなかった気がしますが、どういうことかというと、実際にはよくわかっていない状態であるにもかかわらず「あ~、そういうことか。」とか、「そうそう、勘違いしてた。」とかいうように、はっきり声を出してわかっていることをアピールしたり、間違ったことをごまかそうとしたりするのです。

例えば、単位換算が必要な問題などで1kmを100mなどとしてしまい、間違った答えを書いているので、私が声を掛けようとすると、マルをつけてくれないことで間違っているのだなと察知し、「あ~、1000mやったわ~。」などと言いながら答えを書き直すような感じで、もちろん中には本当にたまたま勘違いした、うっかりしたというような場合もありますが、表情や反応をきちんと見ていると、ごまかしているのか本当にうっかりしたのかは、ほぼ見分けられるように思います。

そして、そういうわかったふり、うっかりしたふりをする子は多くの場合、学校などで早く答えを出さなくてはいけない状況に置かれていたり、周りにできる子が多く、後れを取るまいと焦る気持ちが先に立って、結局じっくり考えることができていない状況に置かれていたりするような印象があります。

わからないことやできないことは恥ずかしいことだと思っているのだと思いますが(もしくは環境によってそう思わされているか、心無いクラスメイトなどに遅いとからかわれるなどの経験をしているか…)、本来、わからないことは恥ずかしいことではありませんし、難しいことはぱっとすぐに答えがわかるはずもありません。

わかったふりが癖になってしまっているような子達は、なんとかしてそこから抜け出してもらうことが、自分でしっかり考えられるようになる為には不可欠ではないかと思います。
わかったふりでその場をしのいでも、何に役にも立たないということを、子ども達に気づいてもらえたらと思っています。

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2017年4月24日 (月)

すみません…。

今日はレッスンがなかったので、家の用事など諸々を片付けて、事務仕事をするつもりが結局ダラダラとしてしまいまして、これと言って書くことも思いつかず、平日だというのに形だけの更新で失礼致します…。

あっという間に4月もあと1週間ほどになりました。週末にはもうゴールデンウィークになりますね。
今週もどうぞよろしくお願いいたします。

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2017年4月23日 (日)

オフでした。

今日は更新お休みします。

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2017年4月22日 (土)

高校までに。

うちの教室では主に小学生さんとレッスンをさせてもらっているので、中学生、高校生までを継続して見せてもらうことはごく稀なのですが、自分の頃を思い出しても、また、中学生、高校生とのレッスンでの限られた経験から見ても、算数、数学が好きな子、それなりにセンスがある子で、公立の小中学校に通っている子達は、学年にこだわらず、余裕のあるうちにどんどん先に進めておく方がよいのではないかと感じます。

うちの教室ではじっくり考えて理解するという学びをしてもらっていて、それが当たり前になると、見ていて惚れ惚れしたり、しみじみ感心したりするようなことがたくさん起こってきます。
最初は時間がかかっていた子が気づけばかなりのスピードで問題を解いていくようになることも珍しくありません。
ですので、そういう子達は、これまでの印象では中学入学までに中1の数学を終わらせるぐらいは無理なくできそうな気がします。それで前倒しできた分、高校数学をじっくり考えて解く余裕を持てれば、数学を楽しいと感じたまま高校でも過ごせるのではないかなと。

もちろん、数学の能力が高い子であれば、進学校などでかなりの進度で授業が進んでも、それを十分にこなし、数学は好きなままということもあるのだろうと思いますが、公立中学の数学と比べて、高校数学は量も増え、内容の難しさも一気に増すような印象があります。学校の進度に合わせて進めていくには、じっくり考えたくてもその時間が取れないということが起こってくる場合が少なからずあるのではないかと感じるのです。

そうなると、きちんと納得できていなくてもとりあえずやり方を覚えて、公式を覚えて…とモヤモヤ感を抱きながら、とりあえずこなすしかなくなってくるか、数学を諦めるかということになってしまうかもしれません。

進学校に進むような子であれば、公立中学の数学は、考えても意味がよくわからないような問題は限られているのではないかと思いますし、先取りする余裕はあるのではないかと。(少なくとも、高校に入ってからの時間のなさに比べれば。)

私自身、最近高校数学を解くときに、まずは解答や解説は見ずに問題を解いてみて、必要であれば後から確認するようにしているのですが、閃かないときや自分の解き方ではかなり手間がかかるようなときに解答や解説を見ると、書かれていることの意味がよくわからないということが時々あります。
そこに書かれていることを覚えて、こうやって解けば解けるよと教えることはできるかもしれませんが、それだと自分もモヤモヤしますし、子どもが理解したいと思ったときに説明ができないかもしれませんから、面倒でも全部書き出してみたり、とにかく「ああ、こういうことかな」と納得できるまで、その問題に取り組みます。
それをすると当然時間もかかりますから、そのたび、こんなこと高校時代にあの授業の進度で、ほかの教科も全部進度が速い中、とてもじゃないけどやれなかっただろうなと思うのです。

ここでいう「先取り」は、やり方を覚えて解くという意味ではなく、じっくり考えて理解して進めていった上で、余裕があればどんどん先に進めていくのがいいのではないかという意味ですが、小中学生のお子さんがおられる方はちょっと意識しておいて頂けたらなと思います。


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2017年4月21日 (金)

個人差はあるかもしれませんが。

以前読んだ記事で、人間の脳はたとえ寝不足であっても午前中の方が働きがよくて、午後になるとどんどん鈍っていくということが書かれていました。

私自身は子どもの頃、中学生になっても夜10時には寝ないと怒られるような生活をしていましたし、毎日たっぷり寝る子どもだったので、夜遅く勉強をするということがあまりなく、朝と夜の頭の働きの差を実感したことはないですし、また、大人になって今のような仕事をするようになってからは、塾に勤めていた頃もあわせると20年あまりになりますので、完全に夜型にずれ込んでいて、これまた午前中と晩との差を感じることがあまりないのですが、子ども達を見ているとやはり、時間が遅くなればなるほど、頭の働きが鈍ってくる子が多いように感じます。

もちろん子ども達はその日の体調や疲れ具合、心の状態などにも影響を受けやすいですし、個人差もあるとは思いますが、普段比較的早い時間に来ている子が、欠席振替などでたまに遅い時間のレッスンになると、「あれ?今日はなんだかミスが多いな」とか「頭が働いてないみたいだな」とか感じることがこれまで何度もあった気がします。

今日も普段は夕方のレッスンの4年生と3年生の姉弟さんが、18時半頃からの振替レッスンになったのですが、いつものように一所懸命取り組んでくれているにも関わらず、普段ならこんなミスしないのになと思うようなミスが多発して、やっぱり小さい子達は遅い時間はなるべく避けてもらった方がよさそうだなと思いました。

これもしばしば話題に出ることかと思いますが、中学受験をするような小学生は眠いのをこらえて夜遅くまでがんばらせるぐらいなら、さっさと寝かせて朝にさせる方が同じ量を終わらせるのに朝の方が短時間で済むというようなことも言われています。
それぞれのご事情もおありでしょうし、私自身は早起きも苦手なので何とも言えませんが、受験のための勉強に限らず、学校や教室の宿題なども、晩に疲れた頭で取り組むよりは、さっさと寝て、朝早起きしてさせる方が親にとっても子にとっても楽だということもあるかもしれません。
何度か試してみて、お子さんがどちらの方が取り組みやすそうか確かめてみられるのもいいかもしれませんね。

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2017年4月20日 (木)

すごい変化

今日は、1年生の早い段階で算数に大苦戦をし、おうちでできることは色々してみたものの…ということでご縁を頂いた子とのレッスンがありました。
夏から半年余りが経ち、随分色々なことができるようになり、何より問題を前にしても辛そうな表情になることがなくなって、嬉しいなぁと思っていました。

それがここのところ更にパワーアップした感じがあって、100までの数の繰り上がりのある足し算は「こんなの簡単!」と暗算で答えを出せる。繰り下がりのあるひき算はまだ簡単にとはいかないものの、どう考えればよいのかかなりしっかり身に着いた感じが。

そして、先日から100を超えて1000までの数を学習し始めたのですが、当初のその子の様子からすると、ここはじっくり時間をかけないと無理かもしれないなぁと思っていたのが、よい意味で予想を裏切られ、思ったより遥かによくできていて、その上「楽しい。これもっとやりたい!」などという言葉まで出てくるようになりました。

スピードはまだまだゆっくりですし、低学年だと単純計算などが速い子は結構いると思いますから、学校などでは計算が遅い子と見られてしまうかもしれません。でも、少なくとも今のその子は、自分が何をしているか、どう考えたらいいかをきちんと身に着けながら前に進んでいますし、何をしているか分からないけどとりあえずやり方を覚えたらいいかというような気持ちは全くないようにも見えます。

低学年のうちにそれがしっかり身につけば、この先必ずその子の大きな力になるはずですし、何より算数が好き、楽しいと言ってもらえるようになったことが本当に嬉しく思います。
更にパワーアップしていきそうなその子のこれからがますます楽しみになってきました。

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2017年4月19日 (水)

不思議な現象

今日のあるレッスンでのこと。
まだ小さいので、その日のコンディションによって、とてもよくできる日もあれば、別人のようにダメダメな日もあるというタイプの子とのレッスンで、先日来かなり桁の多い引き算の筆算、0が並ぶ引き算の筆算などをしていました。
前回は途中までバッチリだったのが途中からダメダメになってしまったのですが、今日は前回以上に桁も多く、計算も難しくなるので、少し心配していました。
しかし、今回は登場の時からニコニコしていて、コンディション的には問題なさそうな様子。実際問題をしてもらっても、楽しそうにどんどん解いていき、これだけでいいよと言った以上にやりたいと言ったりもしました。

しかし、ある問題で、そこに引っかかる子は結構多いというところに引っかかり、その途端パタッと表情が変わりました。
時間的にも疲れて眠くなってきたのかなと思いつつ、何度か助け舟を出したのですが全くダメ。そこで、試しに違うプリントにしてみたところ、それも内容的にはそこそこ難しいはずなのですが、表情が戻ってスイスイ解き始めました。

ということは、眠かったわけではなく、何かおかしなスイッチが押されたのかなと、様子を見ながら先ほどの問題に戻ってみました。しかし、なぜかその問題だけはダメ・・・。

その子がそのときしていたのは   

    50000
   - 2579    

のような問題のように、0が並ぶ数からの引き算や、途中に0が入るような数からの引き算の筆算でした。
0が並ぶものはスイスイ快調に、楽しそうに解いていたのですが、おかしくなったのは一の位は繰り下がりなく引けて、十の位が引けないのでそこで十万の位から順に繰り下がってくるというようなものでした。

実際、0が並ぶ問題を何問もしていると、一の位はそのまま引けるのに、なぜか十の位の0が最初から9になってしまうという子は結構いるのですが、その子はそこで完全にストップしてしまいました。
そこで、一の位の部分だけを見せてひき算をしてもらった後、一の位の数を隠して、残りをひき算してもらおうとしたのですが、さっきまであれほどスイスイできていたのにできなくなりました。

そこで、同じ数を紙に書き写してやってもらおうとしたのですが(一の位をのけた部分だけを書いたので、それまでその子が簡単だと言ってやっていた問題と同じ形になっていました。)やはりダメ。
困ったなと思いながら、さっきスイスイ解いていたプリントの同じ形式の問題を「じゃあこれやってみて」というと、ちょっとだけ間が合った後、スイスイ解き始め、一発正解。

ああ、これで戻ったか?と思って、先ほど手書きした問題を見せるとまたストップ。
前のプリントに戻るとスイスイ。
手書きだからダメなのか?と思い、最初におかしくなった問題の一の位を見え亡くした状態で再度やってみてもらおうとしたものの、またダメダメな顔に…。

そんなことを何度か繰り返した末、最終的にはできたのですが、見た目が全く同じ(数は違うもののぴったりの何万という数からひき算をする問題でしたので。)で、できる問題とおかしくなる問題があるというなかなか不思議な現象でした。

その子にとって何がどう違っていたのか突き止められませんでしたが、子ども達の反応は本当に興味深いものがありますね。

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2017年4月18日 (火)

せめて1、2年の間だけでも…。

今日のレッスンに来てくれた子の中に私立の小学校に通っている子が2人いました。
2人ともまだ低学年で、うちに来てくれるようになってからまだ日が浅い子達です。
その子達を見ていると、なんとも切なく申し訳ない気持ちになることがあります。

どちらの子も礼儀正しく、人の話をきちんと聞くこともできるいい子です。しかし、2人とも、問題を解こうとすると、じっくり考えることをせず、とにかくぱっと答えを書かなければという意識に囚われていることがひしひしと伝わってきます。
習った方法を思い出そうとし、何か答えを書いてみてはマルになるかどうかを待ち、マルにならなければ、だったらこっちか?という感じで答えを書き直す。自分が一体何をしているのかのイメージなど全くできていない様子で、ただ目の前の数を適当に計算している、そんな印象を受けるのです。

公立の学校であれば、子どもの能力のばらつきも大きいので、私立に比べるとまだゆっくりである場合が多いので、低学年のうちからそこまで極端に、考えるよりとにかく答えを…という風にはならない印象もありますが、私立の学校に行っていなくても、プリント反復形式の教室などで大量に計算問題をこなしているような子だと、公立の学校の子でも考えずにとにかく答えを書くという子はいます。

それではその子の役に立たないということを指導者側が知っていれば、こんな状態にならなかったんだろうにと思うと、本当に申し訳ない気持ちになるのです。
そして、その状態になってしまっている子をじっくり考える学びへシフトさせるには、多くの場合子ども自身が苦しく感じる時期を乗り越えなくてはなりません。その子に合わない方法での勉強をさせられていなければ、本来感じる必要のなかった苦労、苦痛を低学年の子に感じさせることも、やはり申し訳なく思います。

たとえ進度重視の私立の小学校であっても、せめて1、2年の間だけでも、ペースをゆっくりにして、子ども達にじっくり考えて理解させる教育をしてもらえないものかと(もちろん、そういう学校もあるとは思いますが。)、ついつい思ってしまいます。

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2017年4月17日 (月)

答えのない問題

子ども達とレッスンをしていて、時々どうすること、どうしてあげることが正解なのかわからなくなることがあります。

うちの教室では子どもたち自身が考え、気づき、学び取っていくということを目指しているので、やり方を説明してその通りにさせるようなことはしませんが、教室を始めてからこれまでに記憶にあり限りでは2人、どうしてもそれが伝わらず、どれだけ話をしてもやり方を教えてと言い続け、それならそういう塾や教室はたくさんあるから我慢してここに来なくてもいいんだよというような話もし、おうちの方にもお話をし…ということをした子がいます。

ただ、そういう場合は、こちらの考えをきちんと伝えた上で、それでもお子さんがやり方を教わって覚えてその通りにしたいということなら、別の教室などを選ぶという方法があるので、一応答えのようなものは見つけられなくはありません。(長くなるので端折りますが、やり方を教える、わかりやすく説明するということを、教室を始める前の私はしていましたが、それが子ども達の力を奪っていたと知って、もう二度とそんなことはしたくないと思ったので、今はもうしていません。)

ですが、ここ最近また、何がいいのかまだ自分なりの答えが見つからないことにぶつかっています。
人の「常識」や「正しい・間違っている」の基準などは、実はかなり曖昧で、自分にとっての常識は誰かにとっては非常識だったりすることもあるのだろうと思いますし、誰かにとって良いことは別の誰かにとっては悪いことということだっていくらでもあるだろうと思います。

それを、例えば学校などで子ども達は何となくある「常識」や「基準」に基づいたルールを守るよう言われたり、みんなと同じようにすることを求められたりするわけで、それに馴染めない、ある面で少数派になるような子などが学校に行かなくなったり、行けなくなったり、行っていても居場所がないように感じたりするようなこともあるのだろうと思います。

先日、教室のトイレのタオルハンガーの吸盤が外れて手を洗うところにタオルごと落ちていたことがありました。
落ちていたと言っても、手を洗うところでもあり、そこに水が溜まっていたわけでもないのですが、たまたまそのタイミングでトイレに行った子が「先生、トイレがたいへんなことになってる!」というので、何事かと思って見に行くとその状態でした。「ああ、取れて落ちちゃったのね。」と言って、吸盤をつけ直していると、本当に汚いものを見るような表情で「そのタオル汚い。」と言いました。
トイレの床に落ちていたら、さすがに汚いと思う子も多いだろうと思いますが、手を洗うところに落ちたタオルにそこまでの反応をするのは、かなり潔癖な子なんだなと思いながら、新しいタオルと交換して「これで大丈夫?」と言うと、うなずいたので、私はトイレを出ました。

小さな例ですが、外れて落ちたタオルに対して、落ちた時点で汚いと感じる人もいれば、落ちた場所によってはセーフな人、床に落ちても土足の床でなければきれいだと思う人、土足の床でも気にしない人と、恐らく色々な人がいるだろうと思います。
汚いと感じるものを「きれいでしょ?」と言っても、それは感じ方ですから、外から変えることはなかなか難しいだろうと思います。
そういう意味では潔癖であればあるほど、普段の生活の中で不快に感じることが多いということかもしれませんし、そういうことが気にならない人ほど、穏やかに過ごせるのかもしれません。
でも、この場合、どの基準の人が正しくてどの基準の人が間違っているかなんてことは判断のしようもありませんし、仮に学校などではその基準を先生などが決めて、それを子ども達に守らせたりすることになるのかもしれません。

勉強の面でも、こだわりが強く、自分のやり方以外を受け入れるのが苦手な子は学校など集団で学習する際には、子どもにとっても先生にとってもお互い快適な授業というのはなかなか難しいのかもしれないなと。
困っていそうだからやり方を教えたり、何か手助けをしようとしても、本人が聞き入れようとしなければ、指導する側は何がしてあげられるのか、でも、手助けをしなければそこから先に進めないのであれば、その子自身がどこかで折り合いをつけて、人の言うことを聞く努力をすべきなのかもしれませんが、本当にそうすることがその子にとって正しく、幸せなのかとなると私にはそれがわからなくなるのです。

特に相手がまだ小さい子どもだと、変われるものなら変わった方がこの先の長い学校生活で苦労が少しでも減るのではないかなと思ったりする一方で、今の世の中では学校教育のシステムに馴染めなかった子達の中に天才と言われるような子やなかなか人が思いつかないようなアイデアを思いつくような子がいたりするのも事実ですから、無理に学校などの集団に馴染ませようとする必要があるのかどうかもわからないのです。

もちろん、答えのない問題なんていうのは生きていればいくらでも直面するのだと思いますし、わからないなりに考えていくしかないのだろうと思いますが、その子にとって一番いいのは何なのか、その判断ができないのはなかなか悩ましいです。

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2017年4月16日 (日)

オフでした。

今日は更新お休みします。


以前こちらに書かせて頂いた、数年ぶりに息子さんの合格報告にいらしてくださったSさまへ。

コメントを頂き、嬉しくてメールをお送りしたのですが、もしかしたら届いていないでしょうか。
お忙しくしておられるのかもと思い、再度メール差し上げることも躊躇っていましたら、すっかり日が経ってしまっていました。大変失礼いたしました。

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2017年4月15日 (土)

意識しなければ「知らない」ことにも気づかない

なんだかちょっと哲学的なタイトルになっていますが、そんなたいそうな話ではありません。
小学生の算数なんてものは大人からしたら簡単と思っているようなところが、多くの大人の方にはあるかもしれません。特に低学年の算数などは、一体どこが難しいんだ?という感じなのではないかと。
もちろん、問題を解くということだけでいえば、多くの大人にとって苦も無く解ける問題がほとんどだと思いますが、実は意識していないから考えることなくやり過ごしてきたことが、思ったよりたくさんあるのかもしれないなと、問題を作るようになってからしばしば気づくことがあります。

以前、立体図形の問題を作っていたとき、算数の教科書やワークブックなどには直方体や立方体の図について、「立方体や直方体の平らな部分を面といいます」というような説明がされていたり、「直線の部分を辺といいます」と説明されたりしていました。
しかし、それを読んだとき、あれ?でも球などの曲面も面だよな。平らな部分を面というということと面は平らなものだということは違うんだなと、そのとき初めて意識しました。

学校で学習する順として、曲面が出てくるのはまだあとのことで、小さい子でも理解できる説明として、立方体や直方体の各部の呼び名として指導するなら、確かに平らなところが面なので、嘘を言っているわけではなく、また、その段階で習っていない曲面を持つ図形についても、この曲がった部分も面ですと説明するのがよいかと言えば、子どもによっては混乱してしまうかもしれず、また教科書を作ると立場からすると、その段階で習っていない図形を取り上げるのは相応しくないなどもあるのかもしれません。

そんなふうに、なんとなく意識することなくやり過ごしてきたものの、数学的に正しいのかを考えると表現に悩んでしまうようなことが何度となくあったのですが、今回は説明とは違って、概数にする際の上から1桁、上から2桁などの問題について、7を上から1桁の概数にしたら7なんだろうか?とふと考え込んでしまい、検索したもののうまく行き当たらず、問題集やワークなどではもっと桁の多い問題しか出ておらず、そういえば、これまで出合ったことがないよなと。

でも、よく考えたら概数なんだから、もともと1桁のものを1桁の概数にするということがおかしいんだから、そういう問題はなくて当然なのかと自分で納得したわけですが、こんな風に、これまで意識することがなかったこと、ただ問題集などに出てきた問題は解けたけど…というようなことが少なからずあることに気付きます。

私は算数の問題を作りながらそんなことを感じているわけですが、きっと普段の生活の中にも意識しないから自分が知らない、わかっていないということすら気づいていないことは数え切れないぐらいあるんだろうなと、そんなことを思いました。

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2017年4月14日 (金)

面白すぎる!

前回のレッスンで大泣きしてレッスン時間の3分の1ほど全くどうにもならなかった子とのレッスン。
まだ小さい子達は教室に入ってくるときの表情でも、今日はちょっとあぶない感じだなぁとか、今日は頭が働いていそうだなとかがわかることも少なくないのですが、その子が今日登場したときのこと。

ドアのところでこちらを見つめて立ち止まっているので、「どうしたの?」と言うと、「え、今日は絶対泣くから!」と。

なんやねん、その宣言!!(笑)

その子曰く、レッスンに来る前にたくさん遊んできたので疲れてしまって、泣く自信があると。(そんな自信はいりません…。(苦笑))
でも、表情を見る限りは、すっきり元気そうな表情をしていたので、「そんな宣言していらんから。顔は全然大丈夫そうな顔よ?」と言ってレッスンを始めました。

すると、予想通り(私の)、今日はきちんと話も聞いてくれるし、聞かずに突っ走りかけても「ねえ、ちょっと聞いて!」とストップをかけるとちゃんと止まってくれるし、声もしっかり出るし、笑い声も出るし…と、前回とは全く違って、調子のいいときのその子でした。

レッスン時間の3分の2ほどが過ぎた頃、今度は突然「今日は絶対泣かへんから!自信ある!」との発言が。(笑)
泣く自信はいらないけど、泣かない自信はありがたい。(笑)
というわけで、ここ何回か不調続きだったその子も、今日はしっかり取り組んでくれて、明るく気持ちよくレッスンを終えることができました。

それにしても、入ってくるなり「絶対泣く宣言」されたのは多分初めてで、ほんと子どもって面白いなぁと思いました。

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2017年4月13日 (木)

「算数すき!」

タイトルは今日のレッスンである子が言った、とっても嬉しい言葉です。
その子は元々、算数で大苦戦して教室に来てくれるようになり、その子なりに一所懸命がんばっているのがよく伝わってきますし、できるようになったことも多いものの、前進してはちょっと後退、また前進してはちょっと後退という感じで、まだ発展途上というところ。

今日のレッスンでも最初のうちずっと顔つきが、これは頭が働いていないときの顔だなぁという感じで、実際問題に取り組んでもらっても、え?なんでそうなるの??という感じのことを次々繰り出してきました。
その子にとっては結構大きな数の問題だったので、数を小さな数にしたら、さすがにピンと来るかなと、2と3と1の数を使って尋ねてみたのですが、それでも2度間違った答えが返ってくるような、ああ、今日はダメな日なのかな…と思いかけていたのです。

しかし、何がきっかけだったか、途中ぱっと顔に生気が戻った感じになり、しっかり声が出るようになったかと思えば、途端に問題への取り組みが変わりました。
その結果、もしかしたらまだ難しいかなと思いながらやってみたものを、予想を遥かに上回る速さで理解し、自分からもっとやりたいと言いました。

その中でその子が「算数すき!」と言ったのです。

正直なところ、まだうんうん頭に大汗かきながら考えている感じで、100までの引き算も絵を描いたりしながら、やっとできるようになったかと思えば、宿題ではまたできなくなり、また一緒にやったらできるようになったのに、家に帰ればやはりまた…みたいなことを何度も繰り返しているので、キライじゃなくなったとか、嫌じゃないとか、そのぐらいの感覚を持ってもらえていたらいいなと思っていたので、ニコニコしながら「好き」と言ってくれたことは本当に嬉しく、ちょっとウルウルしそうでした。

やはり、みんな、自分のペースでじっくり考えて理解できれば、何らかの快の感情を持ってくれるものなのかもしれませんね。

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2017年4月12日 (水)

文明の利器

今日はレッスン前の時間にちょっと行きたいところがあり、私にしては珍しく少し遠くまで出かけてきました。
家を出る頃は曇っていたのですが、目的地につく頃にはとてもいいお天気になって、目的を済ませた後、まだ少し時間の余裕があったので、滅多にないことながら、お散歩がてら結構な距離を歩き、もう終わりかけの桜を愛でてきました。

いっぱい歩いてくたびれたものの、気持ちの良いお天気、桜やその他の木々に囲まれた公園を散歩したりもして、なんだかリフレッシュした感じでレッスンにも臨めました。

ところで、普段本当に家と仕事場以外ほとんど出歩かない生活で、どこかに出かけると言っても知っている場所に行くことがほとんどなので、どうやっていくか調べること自体年に何度もない引きこもりっぷりなわけですが、今回、行ったことのないところに行くということで、何に乗ってどう行けばいいのかある程度は調べていたものの、最寄り駅に着いてから目的地まで、地図を見なくてはなりませんでした。
そこで、スマホのナビアプリを使ってみたところ、今は進行方向などを示してくれるだけでなく、次にわたる横断歩道まで何メートルかや、目的地まであと何メートルかなど、親切丁寧なナビをしてくれるんですね!

子ども達とレッスンをしていて、50mや100mといえば、プールやトラック1周、半周などのイメージで思い浮かべてはいたものの、例えば家から何件先ぐらいまでが100mなのかは実際には今ひとつ自信がなく(もちろん今は地図などで調べればすぐわかるわけですが。)、ぼんやりしていたものが、今日は歩きながら、ああ、あの横断歩道までは60mぐらいなのか。目の前に見えてきた横断歩道までは3mか。などのように、歩きながら何度も距離を体感することができました。

長い長さを体感することは実際に巻き尺などで計ることは難しいし、歩数などでだいたいの計算をしたり、地図上で調べてみたりはできるとしても、mやkmを習う段階ではまだ縮尺の学習はしていませんし、歩数も長い距離になると1歩の歩幅×3桁や4桁の数とかになるので、やはり学年によってはまだ難しいよなぁと思っていました。

ですが、こういうアプリを使えば、親子でちょっと散歩したりする際に、目的のお店などまでがどれだけの距離なのかや、1つ先の信号まで何メートルなのかなど、アプリで確認しながら歩くことで、まだ低学年の子でも計算などせずに体感することが可能だなぁと感じました。
文明の利器。ありがたいですね。

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2017年4月11日 (火)

意味がわかれば嫌がらない

今日のレッスンには春休み中はご用事でお休みされたため、半月ぶりのレッスンになった子がやってきました。
まだ通ってくれるようになって比較的日も浅い子なのですが、1年生にして既に勉強アレルギーが出ている様子で、春休みは勉強したくないと言っているとも伺ったため、そんな小さいうちから勉強がそこまで嫌になっているのであれば、リセットする方がいいだろうと、無理に振替を取らなくてもいいですよということで、久しぶりに顔を見ることになりました。

春休みは学校の宿題がない子がほとんどなので、今週のレッスンではお休みボケしている感じの子が何人もいたのですが、その子に関しては更にもう1週分間が空いていましたので、どんな状態になっているかかなり不安もありました。
とりあえずおさらいの内容になるプリントをやってみてもらったのですが、100までの繰り上がりがある足し算とはいえ、お休み前にはできていたような問題まで全部間違っていきます。
ああ、これは結構キビシイ状態かも…と思いつつも、どこかで気づくかもしれないしと、ひとまず最初にやってみてと言った7問ほどをやり終えるまでは様子を見ていました。

そのうち3問ほどは合っていたので、合っているものだけマルをして、見直しをしたら直せるかもと、もう少し黙って見ていました。
しかし、やり直しても直りません。 例えば「46より17大きい数は」の答えに「53」のように、十の位同士を足してそれを十の位に書き、一の位同士を足して、その一の位の数だけを一の位に書くということを何問もしていて、見直しても直らないのです。

そこで「ねえ、どう考えてその答えになったのか説明してくれる?」と声をかけると、「4と1で5になって・・・」と位の数を足すだけの説明が始まりました。「46と17だから、どこにも4も1もないんだけど。」と言っても、何を言っているのか全く分からない様子です。
そこで、とりあえず全部説明をしてもらったのですが、「4と1を足して5、6と7を足して13だから」というのに「53」が直せません。
この子の場合、うちに来てくれるようになるまでに学校で既にその辺りまで習ってしまっていて、学校のスピードが速い上に、恐らくそのスピードということは、やり方を教えて練習させて…という、実際に理解しているかどうかはお構いなしの状態になっている可能性が高く、そんなことが積み重なって、勉強が嫌になってしまったのではないかという感じでした。

ですが、その学校に通っている限り、恐らく進度は速いままだろうと思いますし、本人が考えて理解したいと思わないのであれば、じっくり時間をかけて理解させるより、やり方を教えてくれるような塾や教室に行く方がいいかもしれません。
そこでまだ2年生になったばかりの子に、そういう話を、どこまで伝わるかわからないものの、真剣に話をしてみました。できるだけ穏やかに、本当にどちらを選んでもいいし、やり方を教わって、それを覚えてやるのでいいのなら無理してここに来る必要もないのだということや、本当に勉強したくないのなら無理にしなくてもいいのだというようなことをゆっくり話して、その子の希望を聞きました。

すると、少し考えてから「自分で考えてわかるほうがいい」と言ったので、改めてさっきの問題に戻り、46は4と6ではなく40と6だから「よんじゅうろく」なのだということ。「4と6なら10になってしまうよ」というようなことも言って、数を再度きちんと意識してもらってから、先ほどの説明をもう一度正しくしてもらうことにしました。

「えっと、4、じゃなくて40たす10で50になって、6たす7は13になるから」とそこまで言ったところで、小さく「あっ」と言って、答えを「63」と正しく書き直しました。
その後も1問1問、何十たす何十で何十、何たす何で何だから…と言って、納得して答えを書き直していきました。

間違いを連発していた間も、4と1で…と説明していた間も目が泳いだり、焦ったり、自分の頭で考えて本当の意味で理解しているときの表情ではなかったその子が、きちんと説明して「あっ」と言った後は、全然違う穏やかな表情になりました。

好き嫌いは理屈ではないので、問題が解けても算数が嫌いという子ももちろんいますが、小さい子達で自分で考えて本当に意味がわかっているのに、とにかく勉強が大嫌いで絶対やりたくない!とまでなってしまうことはまずないのではないかと思います。
意味がわかれば不安やモヤモヤはなくなりますから、少なくとも心は穏やかに安定します。
小さい子達にはまず何よりそれが大事なのではないかなと思います。

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2017年4月10日 (月)

衣替え

今日はレッスンはお休みだったので、家のことなどぼちぼちと。
温かくなってはまた寒くなってを繰り返して、なかなかできずにいた衣替えをようやくある程度したのですが、ここに来て雨続きで、冬物の洗濯は一気にできず…。
そして、気づけば今日明日はまたちょっと寒くなるとかなんとか…。

そうは言いつつ、子ども達はみんな始業式、入学式を終えて、本格的に新年度がスタートしたようです。
先週は春休みボケっぽい子も何人もいましたが、今週からまた頭も働き出すかなぁ。
明日からまたどうぞよろしくお願いいたします。

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2017年4月 9日 (日)

オフでした。

今日は更新お休みします。

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2017年4月 8日 (土)

黙って見せる

自分で教室を始めるまでは知らなかったことですが、そして、これもあくまでも一般的にということで例外はあるのだろうと思いますが、主に男の子は説明しながらやってみせると、見るだけか聞くだけのどちらかにしか集中できない、もしくは、両方しようとしてどちらも中途半端になってしまうことがあるようです。
これは脳の特性によるもののようなので、男の子でも当てはまらないことも、女の子でも当てはまることもあるようですが、とにかく、特にまだ小さい子達には説明しながらやってみせるのではなく、見せるときは見せるだけにした方がいいということを知って、へぇ~、そうなのかと思いました。

それ以来、できる範囲でそれを意識していますが、今日のレッスンでは新年長さんに新しいペーパーのパズルのルールを説明する必要がありました。
でも、相手はまだ年長になったばかりの小さな男の子。年齢を考えるとしっかりしていて賢いものの、以前別のパズルをやってみせて、その後説明をしたときには、難しそうに抵抗を示したので、今回のものはどうか少し心配でした。

試しにやってみせて、抵抗を示したら先延ばししたらいいかなと思いながら「今からやってみるからちょっと見ててね」と言って、ルール説明用の簡単な問題を1問、2問、3問と数を数えながらやってみせた後で「ちょっとやってみてくれる?」と問題を渡したところ、すんなり問題に取り組み始め、もちろんパズル問題なのですんなり1回で正解にはならなかったものの、ルールは伝わったようでした。

仮にこれを説明として文章でプリントに書いて、それを読んで聞かせたとしても、こうすんなりはいかないのではないかなと思います。
あれこれ、わかりやすくかみ砕いて言葉で伝えようとする前に、まずは黙って見本を見せてみて、反応を見る方が大人の側も子どもの側もあまりストレスを感じずに済む場合が少なからずあるのではないかと思いますので、小さいお子さん、特に男の子さんに何か教えたいときには機会があれば試してみてください。

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2017年4月 7日 (金)

子どものパワー

こういう仕事をするようになってから、独立前もあわせると20年ほどになるのかと思いますが、以前からたとえ体調が悪くても、子ども達と授業やレッスンをすると治ってしまうなんて言うこともあったり、とにかく、私が元気でいられるのはかなりの部分、子ども達からパワーをもらえるお蔭なんだろうなと思っています。
子ども達の溢れんばかりのパワーを知らず知らずのうちに受け取っているんだろうなと。

しかし、今日気づいたのですが、子どもが元気がないと私もパワーダウンするのかもしれないということ。
今日はレッスンに来た子の人数は決して多くありませんでしたし、睡眠不足でもなかったのですが、レッスンが終わった時点でいつになく疲労感を感じました。
なんでだろうなと思ったのですが、もしかして…と思い当たったことが。
今日はレッスンでひとりの子がかなりすごい状態で泣いたのです。
元々、教室を始めてから、数えきれないほどの子に泣かれたことはあるので、小さい子達が突然泣き出しても驚きはしないのですが(疲れていて泣き出す、眠くてどうしようもなくなって泣き出す、問題を見て難しそうに感じたら泣き出すなど、全く怒られたとかではない理由で泣き出す子に数えきれないほど出会ってきましたので。)、今日の子はいつまで経っても泣き止まず、結局レッスン時間を過ぎても収まらなかったので、もしかすると30分以上泣いていたのではないかと…。
怒って泣いたとかではない場合、声をかけるとより泣き出すことも少なくないため、しばらくは黙って様子を見ることが多いのですが、その子も泣き出したときはなんとなく状況も想像できたのでティッシュを置いて、ほかの子達と普通にレッスンをしていました。しかし、収まるどころか何かをきっかけに一層激しくなったり、少し落ち着いたりで延々と…。

多分、うまく言葉にできないモヤモヤがたくさんたまっていたのではないかと思いますし、泣くことはストレス解消にもなるそうなので、少しはスッキリしてくれたかなと思いますが、子どもがパワーダウンしていると、私のパワーもダウンするのかもと感じました。

もらうばっかりではなく、私からも子ども達にパワーをあげられるようになれたらいいのですが、こればっかりは方法もわからず、なかなか悩ましいところです。

今日大泣きした子が、また以前のように元気な笑顔を見せてくれますように。

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2017年4月 6日 (木)

なんだか嬉しいなぁ

今日は、算数が苦手、算数で苦戦という過去を持つ子達とのレッスンがありました。
算数に関してはまだすいすいスラスラとは行かないものの、当初のことを思えば本当に変わったなぁ、よく考えられるようになったなぁと思うことがたくさんあって、見ていて嬉しくなりました。

中でも特に嬉しいことは、問題を解くときにかなり自然に手が動くようになったことです。
1人は今春中学入学で今日が最後のレッスンだったのですが、当初は難しいと何か考えてはいるものの、頭の中だけでぐるぐる堂々巡りをしているように感じられることもあったり、過去に習った方法を思い出そうとしているように感じられることもあったりで、その子自身が本当に考えて理解しているかというと、ちょっと疑問符がつく感じがありました。
でも、今のその子は分数の割合に関する問題などでも、自然と図を描いたり、数直線を描いたり、それを区切ってどこが何を表しているのか、見てわかるように表し、それを見ながら考えることができるようになりました。
公式を思い出そうとする様子はほぼ見ることはなくなり、え、なんだったっけな?と思ったときには図を描いてみる、わからないところを□にして式を書いてみるなどのことが自然とできるようになりました。
この子と一緒にレッスンさせてもらうようになったのは高学年になってからで、1年半もなかったので、それを思えば本当に変わったなぁと感じます。
この調子で中学校でもしっかりがんばってほしいと思います。

もう1人はまだ低学年ですが、当初は一体何をどう勘違いしているのかの見当さえつかないような答えが出てくることがあったり、問題の意味を理解してもらうだけでもなかなか大変なことも少なくなかったのですが、この子も本当によくがんばって、かなりできることが増えました。
今では計算に関しては学校より先のこともしているのですが、100までの数のたすひくも、わからないときには図を描いて、それを見ながらならかなりきちんと答えが出せるようになりました。
その図も、なるべく簡略化していってもらうようにしているのですが(学校などで毎回時間をかけて図を描いて考えるのはなかなか難しいのではと思いますので。)、こんな風にしてみてというと、一度言ったらすぐ対応できるようになってきて、それもまたびっくりしましたし、更に、その方法でもきちんと答えが出せるようになってきました。
何より大きな変化は、以前に比べて楽しそうにしていることが増えたことではないかと思います。

私は誰にでも合う勉強法というのはないと思っていますが、一人ひとりの子に合わせてよりよいと思う方法を提案させてもらうことで、その子が算数が好きになったり、勉強が楽しくなったりしてくれたら、何より嬉しく思います。
今年度もその気持ちを忘れずに、しっかり子ども達と向き合っていきたいと思います。

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2017年4月 5日 (水)

理解した瞬間

子ども達とレッスンをしながら、ふと思うことがあります。
今日のレッスンでも、本来のその子ならできるはずなんだけどなという問題で苦戦していた子が、何度か声掛けをしていると、ある瞬間ぱっと表情が変わり、動き出すということが何度か続きました。

春休みは学校の宿題がない子がほとんどのようで、うちのレッスンも先週が5週目でお休みだった子も多いので、そのせいか、お休みボケしている感じの子もちらほら見受けられます。
今日のその子もなんとなくそんな感じかなぁという様子でしたが、問題に向き合っているとき、声を掛けながらもその子の表情を見ていると、まだぴんと来ていないなというときと、ああ、どうやらわかったみたいだなというときとでは、明らかな表情の変化があるのです。
そして、どうやらわかったみたいだなとなったときには、もう何も言わず、ただ待つだけです。

家庭教師のアルバイトをしていた頃や塾講師をしていた頃など、恐らく私も何度となく「わかった?」とか「わかりましたか?」とか子どもに尋ねていたような気がします。
ですが、子ども達の表情を見ながら、小出しに手助けをするようになって以来、その質問をする必要がなくなりました。
むしろ、子どもが「わかった」と口にしても、これはまだちゃんとわかっていない気がするなと感じることもあります。

まあ、稀に表情を見ていてもわかったのかわかってないのかはっきりしない子もいるのですが、そんな子もある程度付き合いが長くなってくると、不機嫌そうだったのがほんの少し和らぐとか、表情は変わらないけどゆっくり動き出すとか、何らかの変化があるものです。

学校や一斉指導の塾などのように、一度に指導する子どもの人数が多いと、ひとりひとりの表情を見ながらというのはなかなか難しいだろうとは思いますが、おうちでお子さんが宿題などに取り組んでいるときであれば、おうちの方がお子さんの表情を見て、どんな顔のときにはわかっていなくて、どんな顔になったらわかっているのかを見分けられるようになることはできるのではないかと思います。
理解した瞬間の表情は見ていて感動することもありますし、こちらも嬉しくなったりもします。
もしそんな表情、あまり見たことがないなとお感じの方がおられたら、それはもしかするとお子さんがじっくり考える時間をまだ十分待っておられないのかもしれません。
素敵な表情ですから、是非保護者の皆さんにも見て頂けたらなと思います。

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2017年4月 4日 (火)

嬉しい訪問者

今日、レッスン中にインターホンが鳴りました。
次のレッスンの子が来るには早い時間で、でも今日は荷物などが届く予定もなく、何かな?と思いながら出ると、見覚えのあるお顔の女性がにこやかにドアの向こうに立っておられました。その向こうには男性も。
えっと、このお顔は…と、最近物忘れが激しくなった頭でぐるぐる考え、お子さんは小学生の頃市外からわざわざ通ってくれていて、確かとってもお習字が上手だったはず!とそこは思い出したものの、お名前がちょっと自信がなく、おまけに小さい子達のレッスン中だったのでゆっくりお話もできずでした。

ですが、わざわざいらしてくださったのは、今日お子さんが大学の入学式ですぐ近くまでいらしたので帰りに報告に寄ってくださったとのこと。少なくとも中高6年間ご無沙汰していたのに、こんな風に寄って頂けるなんて本当に本当に嬉しくて、レッスン中でなければもっとゆっくりお話したかったのにと、そのことが心残りです。

おまけに、昔通ってくださっていた方達の名簿は、(私は詳しくないのでこんなことではいけないのですが)個人情報保護法とやらができてから、お辞めになった方の名簿をいつまでも残しているのはよくないというようなことを耳にしたことがあり、探したものの残っていないようで、お礼のメールを差し上げることもできず…。(泣)


Sさんへ。
ここをご覧になる可能性もかなり低いとは思いますが、今日いらしてくださって本当にありがとうございました。とっても嬉しかったです。
晶さん、大学ご入学おめでとうございます。充実した学生生活を送られますように。

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2017年4月 3日 (月)

中途半端は気持ち悪い

今日はスポットの高1くんとのレッスンで出勤していました。
高校数学は何度かやっているところはある程度パッと解けるようになってきましたが、物覚えも悪くなり、物忘れもひどくなったこの頃は、覚えることが多い単元などは相変わらず毎回事前の予習で確認が必要だったりします。
そんな中、時々、覚えようとしたわけではないものの公式は覚えていて、でも、どうしてその公式で解けるのだったかを忘れてしまっているような場合があります。

問題を解くだけであれば、公式を覚えているのですから、その記憶に自信があれば答えを出すことはできますし、正解である可能性も高いはずです。
でも、それで答えだけが出ても、私は問題を理解していないわけですから、全く何も意味がないですし、楽しくもなければ気持ちよくもないわけです。

ほかにもしなくてはいけないことが色々あると、とりあえずまあいいことにしようかなという気持ちもよぎったりするのですが、その曖昧な理解の部分を子どもが分からなかった場合、やり方を教えることはできても、どうしてそれで解けるのかを説明することはできないので、時間がかかってもまた考え直すことになります。

でも、日頃からきちんと考えて意味を理解し、納得して進んでいくようにしていると、それをしないとなんともモヤモヤ気持ち悪さが残るようになってから、小さい頃から通ってくれた子達の中に、大きくなってもちゃんと理解できないと気持ち悪いと感じ、一般的な塾などでの指導を嫌い、自分で考えて理解しようと努める子がいるわけが分かった気がします。

考えることが当たり前になると、考えてわかると嬉しかったり気持ちよかったりするので、また次も頑張ろうと思えますし、意味がわからないけどただ解けるということに何の喜びも感じられない、もしくは考えて解けたときの快感とは比べ物にならない、その違いを経験しているからこそ、うわべだけ取り繕うようなことはしないのだろうと思います。
考えられることがえらいのではなく、考えてわかると気持ちがいいので、考えたいというのが正しいのかもしれません。

まだ小学生や中学生の段階でその気持ち悪さがわからないとしたら、それは既に「考えない勉強」をしてきているということかもしれません。
もしそう感じるお子さんがおられたら、是非早いうちにじっくり考える学びを経験させてあげてほしいと思います。

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2017年4月 2日 (日)

オフでした。

今日は更新お休みします。

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2017年4月 1日 (土)

新年度スタート

今日から新年度のレッスンが始まりました。
とはいっても、春休みでレッスンを別の日に変更された方や先日欠席された方の振替やで、イレギュラーでしたが。

今日嬉しかったのは、まだ1年生なのに算数が楽しくなさそうでということで昨年末頃に来てくれ始めた子とのレッスン。おさらいをしていた頃は本当にイヤなんだなと感じることも何度もあったのですが、私と一緒に初めて学ぶ内容に入ってから笑顔が多くみられるようになってきていました。
それでも算数は好きではないと言っていたので、まあ、好き嫌いは理屈じゃないからなと思っていたのです。しかし、今日は算数がすきではないというその子だとちょっと難しいかもしれないなと思う問題をいくつも、ぱっと答えて正解ということが続きました。
びっくりして、すごいねと何度も何度も言ったのですが、ちょっと嬉しそうにしていて、レッスンの終わりに何がすごかったのかをお母さまにお伝えしたところ、お母さまが「そうなの?すごいね!」と笑顔でおっしゃって、それに対してその子が自分は賢いんだというようなことを言ったのが何とも嬉しく感じました。

だって、算数キライだって言っていた子が、算数で褒められて自分は賢いと言えるのってすごくないですか?ものすごい変化ですよね?
というわけで、新年度初日はとても幸せな気持ちにさせてもらいました。

来週もどうぞよろしくお願いいたします。

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