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2017年2月28日 (火)

なんでかなと思うことの大事さ

1月から来てくれている子とのレッスンがありました。
その子は学校でも宿題が結構あるらしく、こちらに来てくれるようになるまでも学校の宿題をするのにもなかなかエンジンがかからず苦労しておられるように伺っていました。
体験などで様子を見せて頂いたところ、かなり、教わった通りに早くしなくては!というのが染み付いている印象で、そこから抜け出してもらうには宿題の量は求めないほうがいいなと、自分が困らないのであれば、やりたくなければやらなくてもいいと伝えておきました。

その後、宿題を持ってこなかったり、一部だけやってきたりということがありましたが、怒ってやらせるのは今の時点でその子には効果がないように思えたので、特に何も言わずにいました。
しかし、今日のレッスンでひもを使う教具での課題に取り組んでもらったところ、体験レッスンでしたときや、その後一度一緒にしたときに苦労していたのとほぼ同じ状態で、同じ穴から入れて出して抜けるということを何度も繰り返し、また、たまたまひもが絡んで抜けなかったところも何か所もありました。

黙って様子を見ていたところ、入れて出して抜けた後、また全く同じことをして抜けるということも何度もあり、少なくともその子はその課題に対して何も興味がなく、ただやれと言われたからやっている状態なんだろうなと思いました。

やりたくなければやらなくていいと言ってあったので、もちろん怒りはしませんでしたが、おうちでその課題が宿題に出てもやっていないのではないかということの確認と、きちんとしていたら、あなたならもっと早くできるようになっているはずだということ、算数に関係ないように思えるかもしれないけれど、算数のためにも大事な課題であること、おうちで取り組んでいなかったためにものすごく時間がかかったということを、ひとつひとつ穏やかに話してから、その子が30分近くかかった課題を、私は大人だからもちろん早くできるけど、もし私が5分でできたら、あなたも10分ぐらいあれば十分できるはずだと言った後、時間を測って私が作ってみせました。

その子に別の課題の教具を見せたり、マル付けをしたりしながらでも、5分かからず作り上げて見せたところ、何度も時計を見て、少し驚いたような表情をしていました。

もちろん、本人がやりたくなければ本当に無理にやらなくていいとは思っています。ただ、それを終えるためにレッスン時間の半分近くを使ってしまうということはやはりもったいないことですし、少しでも「何で抜けるんだろう?」「どうしたら早くできるかな?」と意識するだけでも、きっと違ってくるはずです。

与えられたものを何も考えずに機械的に処理することに慣れることは本当にもったいないことですし、また、とても怖いことでもあると思います。
与えられたこと、教えられたことでなければ、「こうかな?」「こうしたらいいかな?」と自分であれこれ試行錯誤するほかないわけですから、やるやらないの自由はあるにしても、与えられて処理するより遥かに創造的活動なのは間違いないでしょう。

勉強に限らず、「なんでかな?」「どうしたらいいかな?」と子ども自身が感じることは本当に本当に大事なことだと思います。

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