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2017年2月 8日 (水)

覚えようとする前に考える

自分が子どもだった頃、算数や数学は習ったことを覚えて、それを真似てやれば解けるというような位置づけだったのですが、あの頃にそれは間違っているということに気づけていたら、今頃もっと違っていたのかもしれないなと思うことが、教室の子どもたちを見ていると、しばしばあります。

今は、何かわからない問題にぶつかっても、とりあえずやり方を覚えて答えだけを出すのでは役に立ちませんので、難しい中学入試問題や自分が高校時代にやったかどうかというような高校の数学も、何とかしてきちんと理解しようと努めています。

そして、今になって改めて感じるのは、ほんの少し意識を変えるだけで、学び方は簡単に変えられるのかもしれないということです。
つい先日、高校数学の予習をしていて、相加平均・相乗平均というものが出てきました。簡単に言えば、正の数であれば、相加平均は相乗平均以上になるというものですが、そもそも「相加平均・相乗平均ってなんだ?」というところで疑問を持ちました。

それは恐らく高校時代にもしたことだと思うのですが、その頃はただ覚えて使っていただけで、何も考えていなかったのだと思います。
相加平均の式を見ると、2数を足して2で割っているので、これは普通の「平均」の計算だなと。じゃあ相乗平均ってのはかけ算での平均ってことだろうけど、どういうことだ?と思って式を見ると、2数を掛けたものにルートがついていたので、ああ、なるほど、そういう意味か!と。
ここで一度確認し、納得したので、恐らく相乗平均と相加平均が何かは当分は思い出せると思います。
もしここで、よく考えず、とりあえず式の形だけを見て、こっちは足して2で割ってるな、こっちは掛けてルートをかぶせてるなとしか捉えなければ、思い出せる可能性はきっとかなり下がるだろうと思います。

また、中学生の頃「定義」と「定理」の違いの説明が、読んでもよくわからずにモヤモヤしていたのですが、そのまま大きくなり、大人になってこんな仕事をするようになってから、改めてよく考えてみたところ、証明できるものが定理で、証明するとかではなく誰かがこうだと決めたようなものが定義なんだなと理解でき、な~んだ、そんなことだったのかと。

私は大人になるまで、少なくとも算数・数学に関しては、あまりよい勉強の仕方をしてきませんでした。でも、小さい頃に気づいて、考えられるものは考える、覚える場合も意味を理解するよう努めるということを意識していけば、成長するにつれ、それはどんどんと大きな力になっていくように思います。

先日、某難関女子中の過去のある入試問題を見て、きちんと考えることができる子にはいい問題だなぁと感じたものがありました。それは、普段から、なんでだろう?どういうことかな?と意識している子で、問題の意味をしっかり読める子なら、ほとんど難しい計算は必要なく、スッキリ解くことができる問題でした。
でも、いくらテクニックを大量に身に着けても、気づかない子にとっては難問なのかもしれないなという。

今後、本当に大学入試改革が行われるのであれば、学びはどんどん変わっていくだろうと思います。
ますます、本当に考える力が問われるようになっていくだろうと思いますし、そうなっていくことで、知識偏重で詰め込みの中学入試の勉強法などが変わっていくとしたら、それは子ども達にとっても喜ばしいことだと思います。

私は仕事柄算数や数学のことでしか見ていない面もありますが、ただ覚えるのではなく、意味を考えるということは、どんな教科の勉強にも大事なことだと思いますし、そもそも、教科の勉強に限らず、日々暮らしていく中でも大事なことなのではないかなと思います。

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