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2017年1月25日 (水)

安心した顔

子ども達とレッスンをしていて、塾講師の頃と大きく変わったことの一つに「わかった?」と聞かなくなったことがあります。
もちろん、ある程度の人数を一度に指導するスタイルの塾だと、全員の顔をじっくり見ることは難しいかもしれませんから、そういう塾や学校の先生方が、子どもに対してそういう問いかけをするのも仕方ないところはあるだろうと思います。
ただ、うちのように一度にごく限られた人数の子としかレッスンをしないスタイルだと、わかったかどうかを子どもに尋ねるまでもなく、子どもの表情や手の動きなどを見ていると、どの程度理解したかほぼわかります。
仮に口では分かったと言っても、表情や問題を考えているときの手の動きを見ると、これは本当にはわかっていないなと感じるようなこともありますから、仮に「わかった?」と尋ねても、注目すべきはその答えではなく、それを答えているときの表情なのではないかとも思っています。

今日のレッスンで、普段から真面目に一所懸命取り組んでくれる2年生さんと、割り算の筆算をすることになりました。学年からしても、過去の経験からも、割り算の筆算は、わり算の暗算がきちんとできる子であっても、最初からすんなり理解してくれる子は少ないので、「何問かやってみるから、見ておいてね。」と声をかけて、本人の表情の変化を見ながら進めることにしました。

すると、静かに私の話を聞きながら、解いている様子を見ていたその子が、私が3問目を解き始めたとき、問題をしようとしたので、表情の変化は見えなかったものの、手を動かそうとしたということはわかったのかな?と、とりあえずやってみてもらうことにしました。

しかし、いきなり悩んでいるようで、すぐに手が止まりました。「これ、どんなふうにしてたっけ?」と先ほど私が解いて見せた問題3問を指したところ、じっと見て、何か考えているようで、しばらくして少しだけ手が動いたものの、表情はやはりなんだか不安そうな、すっきりしていないままでした。

これは私が言ったことが通じていないなと思ったので、紙に10円玉と1円玉を問題に合うように書いて見せて、十の位の数を10円玉の数、一の位の数を1円玉と確認してから、「まず10円玉を分けたら、ひとり何個ずつになる?」というと、きちんと答えられたので、「うん、そう。その数をここに書いて、3人に2個ずつ配ったら6個使うから、その数をここに書いてるの。」というように、具体物でイメージできる説明に変えたところ、先ほどとは表情が変わり、ちょっと安心したような穏やかな表情になりました。

その後は止まるたび、何度か「10円玉何個になる?」とか「全部で何円残ってることになる?」というように尋ねるだけで、先に進むことができ、そのうちなにも助けなくても、落ち着いて問題を解いていくようになりました。
意味が分かってしまえば、割られる数が3桁になっても、余りが出ても、説明は必要なく、解いていってくれました。

その姿を見ながら、学校や一斉指導の塾などでは、先生が説明をして「わかりましたか?」と尋ね、返事が返ってきたらわかったものだと思って進んでいく、その中で、こういうもやっと感を抱いたまま、やり方だけ真似てなんとなく答えを出している子達が少なからずいるんだろうなと思いました。
それを繰り返すうち、とりあえず答えを書いて、大人の顔を見て、合っていそうかどうかを探る癖がついてしまう子も少なくないのだろうなと。本当に考えて解いているときには、その答えが合っているかどうかについて他人の表情をうかがう必要などないはずですから。

子ども達の安心した顔、納得した顔をきちんと見届けることを、これからも心にとめていきたいと思っています。

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