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2016年12月 3日 (土)

書かせることで気づくこと

子どもに作文を書かせることについて、大いに書かせるべきだという立場の先生と、書くのはある程度成長してからでいいという立場の先生がおられ、そもそも子どももみんなそれぞれ違っている上に、教育に絶対はないわけですから、どちらの立場の意見でも、その意見に合う子、合わない子がいるということなのかもしれません。

私自身は子どもの頃から日記や手紙を書くのは好きでしたし、作文を苦にしたことはありませんので、小さいうちに先生とやりとりしたあのね帳などで、先生がちょっとした質問を返してくださり、それに対してお返事を書いたり、もっとわかりやすく書こう、もっと面白く書こうと、色々工夫していったような気もします。

でも、やはりその頃にも書くことがキライな子、作文の時間にはなかなか手が動かない子もいたように思いますので、そういう子達に小さいうちからとにかく書かせることがお勧めかといえば、もっと何か別のことを先にする方がいいのかもしれないとも思います。

ただ、子ども達を見ていると、実際に書いてもらわなければ気づかないこと、理解が深まらないことというのもあるのだろうなという気もします。

国語も一緒にさせてもらっている子の中に、言語に関しての力が弱いという子がいて、おうちの方も力をつけさせるために作文教室のようなところに行かせたこともあったようです。
でも、そこではあまり成果が感じられなかったようで、縁あってうちに来てくださり、算数と国語を一緒にさせてもらうようになりました。
この子には文を書かせるのはまだ早いかもなと思ったのですが、おうちの方のご希望もあり、それならと、短い分を書いたり、短文の一部分だけを考えたり、前半が書かれた短い文に、接続詞に合う後半の文を書かせたりというような教材を一緒にしていくことにしました。

しばらく続けていると、その子なりに変わってきたように感じるところもちらほら出てき始めて、嬉しく感じていますが、実際に書いてもらうことで、その表現ではどういう部分が足りないかや、どうすればもっと面白くなるかなど、その子に必要なアドバイスをすることができます。

今週のレッスンでは、前半が書かれた短い文につながる後半を書く問題があったのですが、

「ぼくはよくこわい夢を見る。今日も(                  )。」

こんな感じの文に(こわい夢を見た)とその子は書きました。
もちろん、これは国語的には間違いではありません。ただ、回答欄の括弧はもっと長めに書けるスペースがあり、できることなら、怖い夢の例を挙げるなどをしてほしいわけです。

でも、それは今の時点のその子には自ら気づいて工夫するところまでは恐らく思い至らなかったのでしょう。
そこで、その子が書いた答えは合っているのでマルだけど、どんな夢を見たのか書いてみてと言いました。

このほかにもいくつも、文のつながりとしては間違いではないもののつまらないものは、できる範囲で考え直してもらったりしましたが、そのほかにも書いてもらうことで、その子が言葉の意味をきちんと理解しているのかどうかに気付けることもありました。

「口うるさい」や「気が合う」など、意味を勘違いしているようなものがあったりしたのですが、それも普段読んでもらっているだけではなかなか気づけないところかもしれません。

そういう意味では、文を書くのが苦手な子にはフリーの作文を書かせるとか、日記を書かせるとかより、このように、一部が与えられているものに付け加えるとか、文の意味が繋がるように並び替えさせるとか、そういうことは大いに役に立つのではないかなと感じています。
特に、書くのがあまり好きではない男の子などには、日記などより、架空の話を書かせるなどの方が楽しく書けるかもしれません。

書くことの効果は確かにあると思いますが、やはりこれも、それぞれの子に合った方法というものがあるのかもしれませんね。

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