« やっと解決しました。 | トップページ | 眠そうな子多発 »

2016年11月15日 (火)

記憶に残っている言葉

教室を始めるきっかけになった教材と、その教材を作られた先生。
先方のご都合で、直接お世話になることはできなくなりましたが、初めの頃に伺ったお話の中でずっと印象に残っていることがあります。

それは、本当にできる子は、それができても当たり前だと思うので自慢しない、自慢するのは能力が低い子がすることだということです。

簡単な例で言えば、仮にほかの子より早く歩けるようになった子がいたとして、まだ歩くことができない子に対して「僕もう歩けるねん、すごいやろ」なんてことを言ったとしたら、それを聞いた大人は思わず笑ってしまうか呆れるかするのではないかと思います。

人より早くかけ算を覚えた子が掛け算ができることを自慢するというような類のことは、恐らくしばしば目にするのではないかと思いますが、それにしたって、結局のところ、ほかの子より先に覚えたというだけで、やれば殆どみんなできるようになるのですから、先んじたことをわざわざ自慢するのは賢い子のすることではないと言われれば、納得がいくのではないでしょうか。

ここでお断りしておきたいのは、例えばその子なりに一所懸命努力をして、何かできるようになったときに、そのことを「○○ができるようになったよ!」と喜ぶことと、それができない他者に向かって自分はこんなことができるのだと自慢することとは別物だということです。

ここでいう自慢は、他者を低く見るようなニュアンスを含むものということなので、本当の自信がある子はわざわざ他者を低く見る必要がありませんから、当然自慢をする必要もないのだろうと思います。
また、簡単なことができても、それをわざわざ自慢はしないでしょうから、そういう意味でも、さほどすごいことでもないのにそれを自慢するということは、自分の能力だとそれはすごいことなのだと思っているということでもあるわけで、そういう意味でもやはりその子の能力は高いとは言えないのかもしれません。

初めてそのお話を伺ったとき、そういうことを意識したことがなかったなと思いながら、本当かなぁ?と思ったものですが、その後教室を始め、色々な子と接する中で、先生が言っておられたことは概ね正しいのではないかと感じるようになりました。

本当の意味で賢い子、本当に理解している子達は、何か周りの子より先にできるようになったことがあっても、「俺はもうこれできるねん。(お前はまだできないのに。)」というような言動をできない子に対してする姿を見たことがありません。
もちろん、本人にとって難しい問題が解けたときなどには喜ぶことはありますが、こちらがすごいな、よくできたなと思うようなものでも、「え?何が?」ぐらいにしれっとしているような子も珍しくありません。

例えば、人から褒められるときに、自分にとって簡単なことをして褒められても大して嬉しくないですし、場合によってはバカにされているような気にさえなるのではないかと思います。
つまり自分にとって簡単なことは当然自慢などしようという気にはなりません。また、自分にとって難しいものができたときには嬉しいと感じることはあっても、それを自慢しようとするかどうかはまた別物です。自分が嬉しくて、満たされていれば、わざわざ他者を低く見る必要はありませんから。

幼い子が何かを自慢するのは見ていて微笑ましい場合もあると思いますし、全ての自慢がよくないとは思いません。
ただ、学校や塾などでの教科学習の内容などで、人より先にできるようになったことをできない子に対して自慢するという行為は、自分の能力は低いのだと認めているに等しい場合があるということ。もしくは、そうして他者を低く見なくてはやってられないような満たされなさやストレスを感じている場合があるということ。これは事実なのではないかと思います。

|

« やっと解決しました。 | トップページ | 眠そうな子多発 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 記憶に残っている言葉:

« やっと解決しました。 | トップページ | 眠そうな子多発 »