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2016年11月25日 (金)

考える・わかる

子ども達とのレッスンでは、基本的に解き方を教えるということはありません。
そのため、意味も分からず、とりあえず答えを出す方法だけを知っているという状態になることは、少なくとも教室でのレッスンではあり得ません。

こちらで一緒に学ぶより先に学校などで習ってしまったとか、苦労をしている様子を見て、おうちの方が「簡単に計算できる方法」を教えられたとかいうような場合や、こちらでやったときにはきちんと考えていたのに、学校などで筆算を習った結果、考えるという意識が薄れ、機械的に計算をしてしまうというような場合に、何をどう考えたらそんな答えになるの?というような答えを書いて、ケロッとしていることがあります。

過去にきちんと考えて答えを出したことがあれば、答えがおかしいことを指摘すると気づいてくれることもありますが、初めから習って覚えて処理をしていたような場合は、また習ったことをし直すだけで、違う答えが出たら、それが答えなのかなとまた書いてみる。それでも違うと言われたら、また計算をし直す…と、その子にとって何の意味があるんだろうという無駄な作業を繰り返す子もいます。

教室で子ども達とレッスンをしているとき、例えばかけ算を学習するときには、教具を使いながら、数を足したり引いたりして、かけ算の答えを考えていきます。
九九を教えないままに1桁の掛け算を全て学習したら、その流れで2桁×1桁のかけ算に進むのですが、かけ算の意味を理解しているので、やり方がわからないという反応が返ってくることはありません。

ただ、子ども達の多くは、地道にたし算を繰り返すことが多いのです。
例えば54×6のようなものであっても、54+54=108として、子どもによっては1回ずつ6回足す子もいますし、2回で108だから4回は108+108で216、そこに108を足したら6回で…というような工夫をする子もいますが、50と4を分けて、それぞれ6回ずつという考え方をする子はなかなかいません。

教具を見せて考えてもらっているときには、答えを出してもらった後で一応「50も4も6回ずつやね」とか、「50が6回、4が6回やね」とかいうように、そういう風に考えた方が簡単だと気づいてもらえるよう声掛けをし、ほとんどの子が、ああ、その方が簡単だなと感じているような顔をするのですが、実際に問題を解いてもらうと、その考え方を使う子はごく少数です。

何度か声かけをすることで、十の位と一の位を分けて考える子も現れますが、どうやら子ども達にとっては、面倒かどうかより、自分が考えやすいかどうかのほうが大事ということなのかなと感じます。

それが自然なのであれば、自分でじっくり考えることなしに筆算を教えた場合、位の数の位置がずれて全く違う答えになっても、気づかないのも不思議ではないなと思います。
また、たし算を繰り返すことで答えを出す方法は、確かに面倒で時間もかかりますが、その過程を経ることで、筆算をする際に、自分がしている計算はたし算を繰り返していた、あの計算なんだと気づくことができるかもしれませんし、自ら気づけなかったとしても、こちらが何か声掛けをすることで、「ああ、筆算のここに書いている数は十がいくつかを表しているのか!」など、計算の意味に気づきやすくなるようにも思います。

小さい子達が、大人から見たらめんどくさい方法、まどろっこしい方法で答えを出していると、大変そうだな、時間がかかり過ぎているななどと思って、親切のつもりでテクニックを教えてしまうということは少なくないのではないかと思いますが、子ども達にとっては、そのめんどくささ、まどろっこしさが、本当の力につながっていくのではないかと思っています。

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