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2016年9月10日 (土)

日々の暮らしを通して

子ども達とレッスンをしていると感じることの一つに、話し言葉と書き言葉の区別の難しさがあります。
私が子どもの頃は母がそういうことにこだわる人だったので、最後まできちんと言わないと聞いてもらえなかったり、言い間違いやくだけた言葉遣いなどにも結構注意を受けていた記憶があります。

自分の子どもに対して家の中でまでそんな…という意見もあるだろうと思いますし、私も子どもの頃は、何をしてほしいかわかっているのに意地悪だなとか、友達だって同じような言葉遣いしているのにいいじゃないとか思ったものですが、子どもの頃にそうしてもらったことで、少なくとも言葉に対する意識や正しい言葉遣いというものが、ある程度身に着いたようにも思います。

子ども達とレッスンをしていて難しいと感じるのは、小さいうちは周囲の大人やテレビなどから耳に入る言葉を吸収して、しゃべれるようになっていくというのが一般的なのだと思います。
となると、その会話の中で間違った言葉が使われていても、小さい子にとってはそれを判断することは困難です。

近年かなり気になっている「有効的」という表現なども、効果があることは「効果的」、もしくは「有効」で、「有効的」というのは正しくないはずにもかかわらず、スポーツ解説などで広がる一方です。
そのようなものはほかにもいくらでもあり、それを当たり前に耳にしていると、子ども達はそれが間違っているということに気付きづらいのも当然でしょう。

また、多くあるのは「ら抜き言葉」などの、話し言葉だとついつい省略しがちな言葉だと、大人でも判断に迷うものもあるでしょうから、小さい子たちが判断できないのは当然のことでしょう。

でも、そういうものを国語のレッスンで何度か言われたぐらいでは、なかなか身につくものではありません。
やはり、小さいうちは正しい言葉遣いをご家庭で意識させてもらうこと。家の中であまりに改まった言葉遣いだと大人も肩がこるというようなこともあるかもしれませんが、であれば、くだけた言い回しを使っても構わないけれど、正しくはこういう風に言うのよというように、正しい表現も合わせて教えるなど、日々の暮らしを通して、正しい表現を子ども達に教えてあげてもらえたらなと、そう思います。

小さい間は許されても、学年が上がるにつれ、作文や記述問題などで国語的に正しくない表現を使っていたら、減点されたりバツになったりするので、そうなってから意識させるとなるとお互い一層大変ですし、普段から少し心掛けてもらうといいのではないかと感じます。(もちろん、きちんとした言葉遣いをお子さんにも心掛けさせておられるご家庭もたくさんおありなのは感じています。あくまで一般的なお話として書かせて頂きました。)

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