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2016年9月 1日 (木)

指示待ち

今日、ちょっと気になったこと。
最近の若者たちは「指示待ち」の子が多いというような話を耳にすることがあります。社会に出てさえも、上司などからの指示がなければ自ら動かない、マニュアルがなければ何もできない、そういう若者が増えているというようなことのようです。

もちろん、そうではない若い方もたくさんおられるでしょうし、最近ではなく昔から、指示がないと動けないという人はいるのだろうとも思いますが、傾向としてはそういうこともあるのではないかという気がしていました。
そういうためにも、自ら考える力が大事なのだとも思っていました。

そんな中、小学生の頃何年間か通ってくれた後、中学時代はおうちに近い集団塾に通って、高校入学が決まってから戻ってきてくれた子とレッスンをしていると、小学生の頃はそんなことは感じなかったのですが、やり方を覚えようとする傾向がかなり出てきており、また、覚える際にどうしてそうなるかということにはあまり興味がなさそうだなという印象も受けました。

もともとこの子は英語が好きで、高校もそういう方を目指して努力し、志望の学科に合格したという子なので、算数・数学にはそれほど興味はなかったのだとは思います。
ですが、今日、明日実力テストがあるということで、1学期の内容を確認しようとしたところ、高校で新たに習う因数分解の代表的公式のようなものさえ忘れています。

1学期に一緒に学習し、もちろん学校でも授業があり、定期テストもあり、更には夏休みの課題もちゃんと解いているのを見たのにこの状態であることに少し驚きつつ、さすがにそれだとどれだけ時間があっても足りないから、明日の試験に向けては、覚えるべき公式などを見直すことに時間を割く方がいいと思うという話をしました。

これは性格的なものなのかもしれませんが、本当にびっくりするほど忘れている状態なのに、「ああ、やばい」と笑って言えるのはなかなかすごいなと思いつつ、心配して、こうしたほうがいいと思うよ、ああしたらどうかなとアドバイスすることが、長い目で見てこの子のためになるのかどうか、ちょっとわからなくなりました。

で、この子の話ではないのですが、「指示待ち」ということについて、最近はお子さんの数も減り、小さいうちから色々な習い事をしている子も珍しくないので、子どもの中には、物心つくかどうかの頃から、大人から教わってその通りにやるということが習慣のようになってしまう子がいるのかもしれないなと思いました。

子ども達同士で集まって、自分たちでルールを決めて遊ぶのではなく、あらかじめ決められたルールでうまくできるように練習する。新しい何かを学ぶ際に、ああかな、こうかなと試行錯誤するまでもなく、大人からやり方を教えられ、それを真似して解決する。そういう機会が増えれば増えるほど、どうしたらいいかわからないことを、自分であれこれ試行錯誤して解決するという力は削がれていくような気がします。

もちろん、これはあくまでも一般論ですから、どんなことにも例外がありますし、大人が教えてもその通りにやらない子、大人が影響しなくても自らはなかなか何もしようとしない子などもいるとは思いますが、これだけ世の中が便利になり、単純労働はどんどん機械や人件費の安い国に任されるようになっていく中で、大事になってくるのは指示通りに動けることよりも、自ら考えて動けることなのではないかと思います。

であれば、勉強の習い事に限らず、そのほかの習い事も含め、それが本当にその子にとってプラスなのかどうかを考えることも大事なのかもしれません。また、習い事を減らす分、子ども自らが考えてやり遂げる機会、もしくは、「暇な時間」(それはゲームをしたりテレビを見たりなどすることもできない、何をするか自ら考えるところから始まるような・・・)を与えることが大事になってくるのかもしれませんね。

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