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2016年8月 1日 (月)

細切れにしない

教室を始めるきっかけになった教材と出合ったとき、それを作られた先生がおっしゃったことがありました。
学校の勉強では、10までの足し算や引き算をして、できるようになったと思ったら、今度は100までの足し算、引き算が出てきて、それもできるようになったと思ったらまた次は1000までのというように、いくらやっても達成感が感じられないので、それがよくないのだと。だから、やるならある程度一気にやってしまうのがよいのだと。

そのときはなるほどと思ってお話を伺いましたし、確かにそういう一面もあるように思います。
ただ、子ども達とレッスンをしていると、まだ1年生や2年生の子どもにとって、100を超えるような数は日常生活の中で出合うことのない数で、お金に置き換えるにしても、やはり1000円を超えるような金額になると、そのぐらいの年齢の子にとってはほとんどが今ひとつ実感のないものなのだろうと感じるようになりました。
そのため、教材の順を入れ替えたりしながら使うようになったのですが、「細切れ」の弊害というのは、それとはちょっと違うところにあるのではないかなとも思うようになりました。

例えば、足し算というのはどういう計算をすることかを理解した子たちの中で、算数が好きだったり、数への興味が強かったりして、大きな数でも感覚的に理解しているような子であれば、レッスンをしなくても大きな数の足し算ができるということも珍しくないように思います。
同じように、掛け算というのはどういう計算をすることか理解した子たちであれば、九九を覚えていなくても、2ケタ×1ケタの掛け算や、場合によっては、時間や手間はかかったとしても2ケタ×2ケタなどの掛け算でも、答えを出すことはできるわけです。(同じ数を何度も足していくなどすれば答えは出ますので。)

つまり、数に関して一気に大きな数まで学習させることを重視するより、その学習が何につながっていくのかを意識した教材作り、レッスンでの提示の仕方が大事になってくるのではないかなと思っています。

例えば、これまでずっと数の教具として球やドットがかかれた教具などを使ってきましたが、最初の段階からタイルを敷き詰めるような教具を使っていたとしたら、掛け算の学習からそのまま面積の学習につなげていくことができます。(というより、面積についてほとんど何も言わなくても解けるかもしれません。)

また、1をあらわすタイルを10等分したものが0.1、100等分したものが0.01というようなことを量として実感させることができれば、小数の掛け算についても、ほとんど説明が必要なくなるかもしれません。

そんな風に、できるだけ後の学習に繋がるような提示の仕方ができたら、より記憶に残りやすくなり、また記憶から引き出しやすくなるのではないだろうかと思います。

そういう理想の教材を形にするのはなかなか難しく、できたと思ってもきっと何度も手直しせねばならないのだろうと思いますが、がんばって作り続けたいと思います。

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