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2016年8月19日 (金)

九九を知らなくても、九九を知らないから

教室の子達とはかけ算の学習も暗記からは入りませんし、わり算もかけ算を使って考えるのよというような指導もしません。
普通は、教室でかけ算の学習をした後、学校で九九の暗唱などをし、その後でわり算へと進む流れになるのですが、早くからレッスンに来てくれた子などは、学校で九九をするよりずいぶん先にかけ算の学習をしてしまうことになるので、その流れでわり算も学習することになります。

九九を覚えていない子のわり算というのはなかなか新鮮な気持ちで見せてもらうのですが、学校などで最初に割り算を習う場合は、あまりがなく、割られる数も100までで、九九の範囲で答えが出せるものであることが一般的なのだと思います。
しかし、教室でわり算の学習をする際、例えば、全部で33個のものを3個ずつ分けたら何人分あるかというような、九九の範囲を超えた(この場合は3×11と考えることになると思います。)問題も出てきます。
でも、九九を覚えていない子にとっては、単に3が何回で33になるかを考えるだけなので、黙って見ていれば「11」という答えを出すことができます。

しかし、教室に通ってくれている子でも、学校などで先に割り算を学習してしまったような子に「33÷3」のような問題を出すと、「9あまり6」や「10あまり3」というような答えを書いてしまう子がいるのです。

大人からしたら、え?そんなことある?とお思いかもしれませんが、これは決して珍しいことではなく、何も言わずに考えてもらうと、九九を超える計算になるものは、あまりが割る数を超えていても気づかない子はいるのです。
つまり、そういう子たちはわり算というものを本当には理解していない状態なのだろうと思います。

「わり算は分ける計算で、掛け算の逆の計算だから、九九を使って考えられる」というように習い、その通り「九九を使って」考えて答えを出してしまうのだと思うのです。
ですが、九九を使って考えるのよと教わっていない(もしくはまだ九九自体を覚えていない)子達にとっては、わけられなくなるまでわけるのがわり算なので、10回を超えてもわけられなくなるまで考えていくのでしょう。

何も教えるなとはもちろん言いませんが、先にやり方を教えることで、子どもがあれこれ考えるための色々なチャンスを奪っている面があることは否定できないのではないかと思っています。

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