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2015年2月27日 (金)

やり切れない気持ちになります。

数日前に起きてしまった川崎での悲しい事件。
断片的に伝えられるニュースなどの情報を見るにつけ、なんともやり切れない気持ちになります。

詳しい情報は伝わってきませんし、それを知ったからといって亡くなった少年が戻ってくるわけではありませんから、こういう話題には触れないほうがいいのかもしれません。

ただ、早い段階から、殺されるかもしれないとLINEで聞いていた友人の話が出たり、高校生たちに殴られてひどいあざができたり、顔がパンパンに腫れていたりというのを見ていた友人や知人が複数いたらしいという話が出たり、何より本人が暴力を振るわれていることや、命の危険を感じていることを周囲に発信もしていたというのに、こんなことになってしまったことがどうにもやりきれません。

子どもの世界は狭いですから、それに、複数の人間から暴力を振るわれると、自分の力ではどうにもならないと思ってしまって、逃げ出したり、大人に助けを求めたりということができないということもあるかもしれません。
それでも、顔がパンパンに腫れるほど殴られ、あざができて、すぐに元に戻るわけではありませんから、それを見た大人の人は絶対にいたはずです。

そして、捕まった少年のひとりは逮捕時点で弁護士同伴だったそうですから、それは間違いなくその子の保護者が動いたということでしょう。

どういう背景があるのかはわかりません。
そして、たとえどんな背景があろうとも、人の命を奪うことが許されるはずはありません。

今回の事件も加害者がみんな未成年であれば、少年法によって裁かれ、軽い罪で終わってしまうのかもしれませんし、もしかすると、そういうこともわかっていての犯行なのかもしれません。(全て推測でしかありませんが。)

それでも、子は勝手に育つわけではありませんから、そんな残忍な犯行を、恐らくさほどの罪悪感も感じずにしてしまったのではないかと思われるその子たちが、どんなふうに育ってきたのか、そのことも気になります。

そしてまた思い出すのが、脳がある程度出来上がるまでの子どもの頃に残忍な映像なりを見てしまうと、脳はそれを善とも悪とも判断できず、場合によっては、人を傷つけたり、命を奪ったりすることが悪いことだという意識もないままにそういう行動に及んでしまうことがあるという話です。

例えばですが、保護者の方たちが特に意識せず見ていたニュース映像で、戦争やその他の残虐な事件の映像が流れ、それを子どもが一緒に見ていたとしたら、多くの大人はそれが子どもに悪影響を与える可能性があるということを知らないのではないかと思うのです。

そして、最近ではかなりリアリティーのある映像を使ったゲームなども数多くあり、子どもの頃からそういうものにあまり制限なく触れている子たちも増えているのではないかとも思います。

今回の事件の背景はわかりませんが、例えば、保護者の方がお仕事などで忙しく、お子さんはひとり、または子ども達だけでお留守番をしているような場合、寂しい思いをさせているからなどの気持ちから、子どもがほしがるものをあれこれ与えてしまうこともあるかもしれません。その中に保護者は内容を把握していない暴力的なゲームなどがあったり、インターネット環境を自由に使えるのであれば、子ども自らそういうものを探して遊ぶこともできるかもしれません。
保護者の方が与えなかったとしても、そういうものを持っている自分より年上の子たちと一緒に遊ぶ機会などがあれば、やはり保護者の知らないうちに幼い子どもが残忍な映像などを目にしていることもあるかもしれません。

もちろん、そういうもの全てを管理し、制限することは難しいでしょう。
でも、やはり私たちは子どもに命の大切さを伝えなければなりませんし、人を傷つけたり命を奪ったりしてはいけないのだと教えなければなりません。

更に、ご自分のお子さんについてはきちんとそういうことにも心を配っておられるとしても、あるとき突然被害者になる可能性は誰にでもあるのですから、やはり、社会全体でもっともっと考えていかねばならないことがあるのではないかと思うのです…。

といっても、具体的に何ができるのかは自分でもまだよくわかりません。
私には子どもがいませんが、これからも考えていかなくてはと思います。

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