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2015年2月12日 (木)

祝日でしたが。

今日は通常レッスンでした。
といっても、祝日だったのでいつもより早いスタートで、お休みのお子さんもおられたものの振替などもあって、そこそこしっかりばっちりのスケジュールでした。

学校がお休みだったので調子のよい子もいれば、このところいい感じだったのに今日はどうしたの?という子もいたりの1日でしたが、それぞれの子がその子なりにがんばってくれたと思います。

公立入試まであとひと月ほどになった中3さん達のレッスンもあったのですが、女の子で真面目な子達でも国語のこういう問題で間違うんだなぁとか感じる場面があり、数学が好きな子達が国語が好きではない場合が少なからずあるのも、今ひとつ理詰めで考えてもスッキリしないところや、問題に込められたメッセージなどを読みとらねばならないところなど、そういうのが原因だったりもするんだろうなと。

自分自身は小中学校の頃は国語は「漢字以外はほとんど勉強しなくてもいい教科」だったので大好きでしたが、結局は感覚的に何か掴んでいたということなのかもしれません。
学校で、先生によってはそういう指導もされるかもしれませんが、少なくとも自分は習った記憶がありませんし、国語の先生になっておられる方の多くは国語が得意だった方でしょうから、そこまで深く考えなくても小中学校の学習はクリアできていたため、意識したことがないなんてこともあるのかもしれません。

塾などではテクニックとして教えられることもあるようですが、例えば字数指定がある場合、「10字で」であれば10字ぴったりでなければなりませんが、「10字以内で」であれば10字ぴったりにならない場合が多く、ただ、5時で収まってしまうようなこともほぼありません。「10字前後で」となった場合には、今度は10を超えて11から13字ぐらいになる場合が多いはずです。

選択問題などでも「絶対」とか「必ず」とかそういう言葉が使われているものは不正解の場合が多いであるとか、抜き出し問題などに補足的に「記号も1文字とします」などの注意書きがある場合は、望まれる解答には記号が使われるはずだとか、そういう小さなコツのようなものが色々あります。

もちろん、全てに必ず当てはまるとは言えないものもありますし、問題の難易度が上がるほどその判断がつきづらくなっていったりもしますが、今書いたようなことでさえ知らない子は少なくありません。

国語を一緒にしている子達には折に触れそういうことも話していくのですが、テクニック的に扱われるこれらのことも、例えば出題者の側に立ってみれば想像できることも少なくありません。

本文からそっくり抜き出せるのであれば「抜き出しなさい」と出題する方が採点の際、正誤の判断が容易になります。5字で解答できるのであれば、わざわざマスを10個作って「10字以内で」とする場合はあまり多くはないでしょう。(なくはないので絶対ではありませんが。)

本文から適当な部分を抜き出すときに「初めと終わりの○文字を書きなさい」のような問題で、初めも終わりも切りの悪い半端な答えになることもあまりないので、初めか終わり少なくともどちらかは比較的きりがいい文字数を設定するために4文字だったり5文字だったり、抜き出す文字数が微妙に変わっているのだと思います。

そんなことを思えば、算数や数学が得意な子達でも、そういうところを理詰めで考えることはできるのではないかとも思えます。
なんだか国語の話になってしまいましたが、明日からもまたどうぞよろしくお願いいたします。

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