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2014年9月30日 (火)

9月最終日。

イレギュラーもあったり、やや不調な子がいたりはしたものの、今日のレッスンはおおむね平穏に終了しました。
今日でもう9月がおしまいだなんて、本当に早いですね。

ほとんどの子ども達とは算数を一緒にさせてもらっていますが、一部国語も取っている子達の中に時々いるのですが、本文や問題文などに出てくる言葉の意味や読みが全くわかっていない状態で宿題をしてきたりします。

答え合わせをしているときに、間違い方があまりにも「???」というような場合に、確認の意味で「これはどういう意味なん?」とか「これどう読むの?」とか尋ねると、その時点で「わかりません」とか「さあ…」とかいう子がいるのです。

読み方や言葉の意味がわからないのに問題が解けるはずがないと思うのですが、そういう子は一度言って聞かせても何度もそれを繰り返したりします。
そして、そういう子達はほとんどが国語が苦手です。まあ、当然といえば当然なのですが…。

これは性格的なものもあるのでしょうけど、小さい頃からわからないことがあったら誰かに尋ねたり、辞書や図鑑などで調べたりということを習慣づけているかどうかということにも関わっているのではとも思います。
何かわからないことがあると、親が進んで辞書などを出してきて調べるようなご家庭であれば、子どもはわからないことは調べるのが当たり前と思うようになるかもしれません。(もちろん、これも一概には言えませんが。)

また、何か尋ねてきたときに、その場で何となく答えてしまうのではなく、子どもと一緒に調べるということを小さい頃からしているような場合も、子ども自身が調べられる年齢になれば、やはり自然と調べようと思うようになるのではないかと。

とにかく、読み方が全くわからないであるとか、意味が全くわからないであるとかいう状態で国語の問題を解くというのは、特に小中学生のうちは極力しないよう促すべきではないかと。
小中学生の間に積極的にわからないことを調べたり、意識して語彙や知識を増やしておいたりすることは、その先ずっと役に立つと思うのです。

特に国語が苦手な子にはご家庭でも意識して働きかけてもらうとよいのではないかと思います。

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2014年9月29日 (月)

9月も明日でおしまい。

今日はレッスンはお休みでしたが、今月末までに仕上げる予定の教材がまだ仕上がっていないこともあり、出勤していました。
あとひと息で今月の目標分は完成というところまではやったのですが、あとほんの数枚分の集中が続かず、今日のところは帰宅。
明日にはなんとしても完成させたいと思います。(といっても、作ってすぐに教室の子ども達に使うわけではないので、締切があるわけではないのですが…。)

一昨日ツイッターである本のことを知り、これは読んでみたいと思って昨日書店に行って購入。
文庫本で180ページ強、対談形式ということもあって、最近読書ペースが落ち気味な私にしては昨日の晩から今日にかけてで読み終えました。
早速に読書ブログでも紹介させて頂きましたが、個人的には読んでよかったと思う内容でしたし、ひとりでも多くの方に読んでみてもらいたいなと思う内容でもありました。

書店に行ったついでにほかにも2冊ほど購入しましたし、読みかけの本もありますので、がんばって読まねば!

早いもので9月も明日でおしまいです。
今週もまた明日からどうぞよろしくお願いいたします。

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2014年9月28日 (日)

オフでした。

アジア大会ではサッカーU-21代表が韓国に準々決勝で、終了間際のPKで負けてしまい、応援しているインテルは最下位チームに大量失点で負けてしまい…。
でも、錦織選手はマレーシアでの大会で優勝し、次に発表になるランキングでは世界7位になるようですね。
というわけで、またもスポーツ観戦三昧の休日でした。

しかし、普段あまり地上波を見ないのと、昨日は仕事だったのとで、仕事が終わって帰るときにネットのニュースで御嶽山が噴火したというのは見たものの、登山者の方が撮影した動画などもあがっていて、それを見たせいでなんとなく、突然の噴火だったけど危機一髪でとりあえず皆さん大丈夫だったのねと思いこんでしまっていて、今日の午後までそんな大変なことになっているということを全く知りませんでした…。

身近なところに火山がないので考えたことがありませんでしたが、活火山はもちろん、休火山も火山は火山で、いつ今回のようなことが起こるかわからないということなのですね…。
一瞬のうちに命を落とされた方もおられたのだろうと思います。亡くなられた方のご冥福と、まだ行方の分かっておられない方がおひとりでも多くご無事で見つかりますことをお祈りしたいと思います。

今日は夜、実家に行っていたので、兄が六甲山は元は火山だったのか?と尋ねてきたため調べたところ、六甲山は隆起山で火山ではないと。
この辺りは海も山も近いのに、瀬戸内で台風などの被害もあまり受けませんし、冬の寒さが厳しいわけでも夏の暑さが厳しいわけでもありませんし、本当に恵まれた環境なんだろうなと改めて思います。

本日はこれにて。

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2014年9月27日 (土)

アイディアが浮かぶとなんだか嬉しい。

4月からのろのろ、コツコツと教材を作っていますが、わからないなりに僅かながらWordの技は進歩しており、それも少し嬉しい今日この頃。
あれこれずっと何年も教材のことを考えていて、多少はラフで書きためていたものもあるのですが、作りながら、もっと何かいい方法はないかな、子どもが気づきやすい表現はないかなと、断続的に考え続けています。

先日はあるアイディアを友人が私が思った以上に「すごい!」と感激してくれて、それはとても嬉しかったですし、まだ誰かに見せたわけではなくても、何か「あ!これは使えるんじゃない?」と思うようなアイディアが浮かぶと、ひとりでちょっとウキウキしてしまいます。

ただ、プリントならある程度なんとか形にすることはできても、簡単なものであっても実際に手で動かしたりするような教具になると、大がかりなものが作れませんし、自分の出来る範囲でどう形にするかという部分では悩みます。
今も、あるアイディアをどう形にすればいいのか、かれこれ1週間ほど悩んでいる途中です。

でも、今月もあと数日しかありませんから、ちょっと集中して考えを詰めなければ。

というわけで、今週も無事終了しました。
今日は運動会の子が多かったのですが、暑いぐらいの晴天でしたね。いい運動会になったでしょうか。
それでは皆さまよい週末を。

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2014年9月26日 (金)

何がわからないのかを理解したい

子ども達とレッスンをしていると、多くの子が頭を悩ませる問題や勘違いしがちなポイントなどはだんだんとわかってくるのですが、時々、何をどう考えたらその答えになったのか全く推測できないことや、その子にとっては簡単なはずのことがどうしても理解できない様子で、何をどう間違えて捉えているのか想像がつかないことなどがあります。

今日のあるレッスンでは、普段比較的よくできる子が、それもたった今、円周は直径のおよそ3倍、半径のおよそ6倍と答え、直径、半径、円周の全ての言葉を正しく理解していたというのに、半径2センチの円の円周がどうしても8センチとしか答えが出てきませんでした。
再度何が半径で何が円周かを確かめるときちんとわかっており、簡単に図を描いて確認すると半径が5センチなら直径は10センチ、そのときの円周は30センチと、少し考えて答えられたのに、半径2センチの問題に戻るとまたおかしな答えを書くのです。

何度か色々な方向から理解してもらえるよう努め、恐らく8割がたは納得したのではという感じにはなりましたし、その子はそういう状態になっても次の回にはしっかり理解が進んでいる場合も少なくないので、きっと大丈夫なのだろうと思いますが、定規を見せたり絵を見せたりして確かめるときちんと理解していることがわかるのに、なぜその問題だけ答えがなかなか出なかったのかは謎のままでした。
更に別の問題では絵が描かれているのに、なぜか直径より円周が短くなっていたりするのに、違う問題はすんなり解いたりもして、一体頭の中で何がどう混乱しているのか全く推測できませんでした。

この子に限らず、子ども達が予想外の答えを出してきたときや、本来その子にとっては簡単なはずのことが理解できない様子のときに、何がどうわかっていないのかもっとよく理解したいといつも思います。
子どもたち一人ひとりがみんな違うだけに、なかなか思うようにはいきませんが、今後も努力していきたいと思います。

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2014年9月25日 (木)

描かせることの意味

小さい頃から来てくれていても、やはり子ども達はそれぞれに好き嫌いがあり、能力差があり、得手不得手があり、誰一人として同じ子はいませんから、ある子がいともたやすく解く問題を別の子はうんうん必死で考えてもなかなかわからなかったりもします。

教室を始めた頃は頭でイメージできるようになることが大事だと教えられ、1つ1つ数えさせては能力が低いところにとどまってしまうからダメだとも教えられ、色々「ああしなくちゃダメだ」「こうしたらダメだ」と私自身そのアドバイスに縛られていた時期がありました。

でも、多くの子達を見ていると、算数があまり得意ではない子達は「数えなければならない段階」というようなものがあるように感じ始めました。
また、いくら頭で思い浮かべるよう働きかけても、その力が弱い子というのもいて、そういう子は目に見える形にしなければなかなか考えることができません。

問題を読んだだけで答えが浮かんでしまうような子はともかく、そうではない子は具体物を使って、それを見せながらということももちろん大事なのですが、もうひとつ、自分で絵や図を描けることがとてもとても大事なことなのではないかと思うのです。

最近一緒にレッスンをさせてもらうようになった子が、学校で既に習っているはずの問題で答えに迷うと、不安そうに答えを書いては私の方をちらっと見るという、まだ私とのレッスンに慣れていない子には時々いる仕草をしました。
それをしてしまう段階というのは、自分の答えに自信がない、本当にはわかっていない、そういう場合ですから、当然顔には出しません。(たとえ答えが合っていてもです。)
その代わり、紙を渡して絵を描くように促します。どう描いたらいいかわからないような子には最初だけこちらが描いて見せる場合もありますが、とにかく自分で考えるための絵や図を描けるようになることは、算数が苦手な子にはとてもとても大事なことなのは間違いないと思いますので、自分から進んで描くくせをつけてもらおうと思います。

描くことで自信を持って答えを出す経験を重ねることで、わかるということがどういうことなのか実感できるようになりますし、そうなれば、自信のない答えをとりあえず書いてこちらの様子をうかがうなどということはしなくなっていくものです。

個人的にはどの子も一律に必ずどんなときも描かせるべきだとは思っていませんが、小さいうちから描くことを当たり前と思うようになっておくことは、先々大いに役立つのは間違いないと思います。


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2014年9月24日 (水)

ふと疑問に思ったので。

今日、ある子と角度の学習をしたのですが、普段よく出来る子の上、今日のレッスンの途中までも順調に問題を解いていたのに、突然どこかにはまりこんでしまいました。
ほんのさっき、直角は90度で直角2個分だから180度、1回転だと360度になるとちゃんと答えてもくれていたというのに、なぜか1回転が「100」のイメージに切り替わってしまっているようでした。

まあ、それは色々働きかけてどうにか抜け出してもらえたのですが、ふと、そういえばなんで1回転は360度なんだろう?と。その子がはまりこんだように、1回転は100度とかでもいいのでは?その方がすっきりわかりやすいのでは?と思いました。

最近はなんでも忘れっぽいので、もしかしたら昔そういうことを習ったりしたのかもしれないのですが、覚えておらず、気になったので調べてみました。
すると、昔のある暦では1年が360日で、1年で地球が1周することから、1周を360度(1日1度)と定めたのだと。
時計の60進法も同様に天文観測から生まれたものなのだと。(もっときちんとした解説が必要であれば検索してみてくださいませ。)

確かに1年が360日なら1日で1度動くというのはなるほどという感じがします。
私達は生まれたときからというか、生まれるずっと遥か昔から1年が365日になっていたので、暦と1回転とが結びつかなくなっているだけなんですね。
ひとつ賢くなりました。(笑)

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2014年9月23日 (火)

今日は少し暑かったですね。

私にとっては3連休最終日。
秋分の日だったのと、父親に頼まれたようがあったのとで、日中自転車漕いで実家まで行っただけでかなり汗をかきました。

その後出勤して少し仕事もしていましたが、今日はまたひとつ、Wordを使っていて本当に偶然、私にとってはかなり嬉しい画期的とさえ思える機能を発見しました。
これに気付いたことである作業がまた時短できるなと、なかなか感動。

でも、これってきっと、ちゃんとWordの勉強した方とか、そうでなくても多少マニュアルとか読んだことのある方とかにとっては当たり前のことなんだろうなと思いつつ…。

そして、これまた皆さんには「は?一体何言ってるの?」と思われるような気もしますが、今頃になって、漢数字(もしくはひらがな表記でも)って十進法のしくみをちゃんと表してるんだなと、ちょっと感心してしまいました。

何を言っているかというと、例えば「235」はローマ数字だと「2」と「3」と「5」を並べて書くだけなので、位の意味がわからないといくつなのかわからないというか、数字を書く位置で十がいくつ、百がいくつ…という意味だということを判断するというか、そんな感じなのだと思うのですが、これを漢数字もしくはひらがなで書くと「二百三十五」となります。
ここまでは当たり前なので特にこれまで「ああ!」と思ったことはなかったのですが、たまたま今回それをひらがなで書き表してみたところ「さん じゅう ご」とか「なな じゅう はち」とか書いているときに、「ああ、これって正に、十がいくつ、一がいくつってのを書き表してるんだなぁ」と感じました。

だからどうしたの?って話なんですが、子ども達とレッスンをしていると、小さい子だとまだ100を知らなくて「じゅっじゅう(ななじゅう、はちじゅう、きゅうじゅうの次なので「じゅうじゅう」)」とか言ったりする子がいて、もちろんそれはその時限りのことなのですが、漢字もしくはひらがな表記をすれば、最初の段階でもっと意味がわかるというか、十進法に感覚的に気づくというか、そういう子が出てくるかもしれないなと、なんかそんなことを思ったのです。

さて、今週は明日から4日間のレッスンになりますが、今週もどうぞよろしくお願いいたします。

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2014年9月22日 (月)

今ひとつ捗らず。

今日は日中少し出勤して、教材作りなどをしていたのですが、どうもお尻に火がついていないというか(いや、本当はついているのに気づいていないだけかもしれないのですが)、今ひとつ集中できず、そのため思うように捗らず、これはもうやめた方がよさそうだなと、予定より早めに切り上げて帰宅しました。

ただ、4月からわからないなりにコツコツ作業を続けていると、よくわからないながらも、あ!こうしたらもっと簡単に作れるんじゃないん?とか、素人なりに考えついたりもして、これまでは手書きしていたものや、別々に印刷して切り貼りしていたものなどのうちいくつかは、主にパソコンでの作業で作れるようになりました。
継続は力なりっていうやつでしょうか?(笑)

明日は秋分の日。
でも、今日思うように捗らなかったので、少し出勤する予定です。

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2014年9月21日 (日)

オフでした。

というわけで、例によってサッカー観戦三昧、パズル三昧、ほんのちょこっとだけ出勤したものの、結局仕事はほぼせぬままダラダラしてしまって帰宅という、極めて非生産的1日でした。

そんなダラダラな1日でしたが、今日ネットで出合ったある記事をご紹介させて頂きます。

少女の瞳に映る世界とは…自閉症の女の子・アイリスちゃんの描く幻想的な絵画

こちらがリンク元のサイトのようです。
http://irisgracepainting.com/

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ふと

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2014年9月20日 (土)

ふと気になって。

今週のレッスンも無事終了しました。

最近はブログのネタ切れという感じで、どうでもいいことを書いている日がほとんどですが、そういえばいつから書き始めたんだっけ?とちょっと確かめてみたところ、ブログ記事の件数が3400件を超えていました。

まあ、オフでダラダラしてましたみたいな記事や今日は更新できませんみたいな記事も含めてなので多少なりとも内容があるものは6~7割かそれ以下かもしれませんが、書き始めたのが2005年の12月のようなので、あと少しで丸10年になるようです。

何か書きたいことがあるときだけしっかり書けばいいのかもしれませんが、基本的にかなり無精者でめんどくさがりなため、書かない日があってもいいってことにしてしまうと、たちまちサボってやめてしまうだろうと、とにかくなんでもいいから毎日書くと決めて続けてきました。
10年近く書いていれば、多少は内容のある、読んで頂いて何か感じて頂ける記事もあったのではないかと、そうであってほしいなと思います。

ブログのブームなんてもう遥か昔に過ぎ去ってしまった感はありますが、続けられるところまで続けていこうと思います。

皆さまよい週末を。

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2014年9月19日 (金)

今日はちょっと凹み気味…。

今日のレッスンは調子のいい子、いつも通りの子もいたものの、ラストのレッスンの子達のうち2人が、どこかにはまり込んだまま、そこから抜け出してもらうために声かけしても反応してくれず、覚えているか忘れたか尋ねても答えてくれず、手掛かりになるような質問をしているのに無視して違うことをして…と、ひとりならともかく2人にそれをされて、自分の力不足が悲しくなりました…。

その2人は、想定外の答えを出してきたり、考えているのかわかっていないのか眠いのか…みたいなことも少なからずある子達なので、よくあることと思えばいいのかもしれませんが、2人一気にその状態になられて、全く戻ってきてもらえない時間が長く続くと、やはり自分の力不足を思い知らされます。

もちろん、どの子にでもばっちり合う方法なんていうものはそうそうないでしょうし、そもそも教育に正解というものがあるのかどうかさえわからないのですから、全ての子にいつでもうまく対応できるなんてことは私にはあまりにも高い目標なのかもしれませんが、ひとりでも多くの子に少しでもうまく対応できるよう、努力したいと思います。

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2014年9月18日 (木)

どうしてなんだろうな。

それぞれの子に能力差や興味の差があることはわかってはいるのですが、ある子を見ていると、どうしてなんだろう…と思ってしまうことがあります。
その子は少し問題が難しいだけで泣きそうになったり、実際に泣いてしまったりする一方、やり方を知っている問題だと安心して楽しそうに解くという、まあ恐らく世間一般には決して珍しくはないタイプなのだろうとは思うのですが、うちの教室に小さい頃から来てくれているのに、その傾向が全く変わらないという、そういう意味で珍しいタイプです。

その子は学校の算数の進度も速いようですし、昨年から塾にも行き始めたということなども影響しているのかもしれませんが、学年が上がっても「初見の問題を自分の頭で考える」ということがなかなか難しいままなのです。

今週のレッスンでは以前やったおさらいで概数の問題があったのですが、うちの教室でやるより先に塾で四捨五入については習ってしまっていて、でも、概数(およその数)がどういうものなのかはよくわかっていないという、あまり役に立たない勉強をした状態でした。

そこで、再度概数について確認をし、問題もやってもらったのですが、少し間が空いただけでまた完全に概数がどういうものかわからなくなっていました。
実際おさらいの問題をやり始めてもとんでもない答え、全くルールにのっとっていない答えを書いたりします。
思い出してもらおう、考えてもらおうと、あれこれ遠まわしに声かけをしても、反応がないばかりでなく、また泣きそうな顔になっています。

学年やキャリアを考えても自ら手を動かして絵や図を描いてもらいたいので、声かけしてもダメ。
そこで私が数直線のようなものだけを描いて一切説明はせず渡すと、それを見たら詰まっていた問題が解けました。でも、次詰まっても自分ではやはり描けないのです。もう一度だけ違う数直線を描いて渡すと、またその問題も解けたので、次に詰まったとき、自分で考えて描くように言ったところ、ようやくどうにか描いたものの、今度は答えが、え?なんでそれを描いているのにそうなるの??という答えに…。

十数年教室をしてきて、過去にもごく僅かながらいつまで経ってもやり方を教えてほしがり、少しでも難しいと考えることを避けようとする子がいるにはいましたが、これはやはり性格的なものなのでしょうか。それとも、ほかの習い事や学校での指導のされ方などの影響なのでしょうか。

子どもはひとりひとりみんな違うので、どういう学び方がその子にとってよいのか、少なくとも自分の頭で考えて解ける喜びというのはあまり感じていなさそうなだけに、悩むところです。
でも、別の子で、以前はじっくり考えて分かっても特に嬉しくないし、やり方を教わってマルになればそれでいいと言っていた子が高学年になったある時期を境にかなり考えられるように突然変わったということもありましたから、なかなか判断が難しいです。

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2014年9月17日 (水)

僅かな変化だけど。

高学年になって、既に算数がかなり苦手な状態になってから来てくれた子。
真面目でいい子なだけに、こうなる前に会えていたらよかったのにと思ってしまいます。
その子を見ていると、これまでは習ったことを使って答えを出すということが算数だと思ってきたんだろうなという感じで、出た答えが正しいとか間違っているとかそういう感覚はほぼ全くない印象です。
単純計算は計算の仕方を覚えていればできますから、それに関してはある程度できているのですが、量が伴うものに関してはほとんど壊滅状態。本来なら、日常の中でいくらでも意識できたであろうことを思うと、本当にもったいないことをしたなと思えます。

そんな状態のその子が今回のレッスンで出合った問題の1つが、2分で140メートル歩く子が6分でどれだけ歩けるか、7分ならどれだけかというものでした。
この問題は算数がある程度得意な子でも、うっかり「140×6」としてしまうことがあり、また、「考えて解く」子であれば、2分で140メートルなら1分で70メートルだから…というような考え方で解く場合が多いように思います。
更に進んで、数量感覚がある子であれば、問題を見ただけで6分が2分の3倍だと気付き、「140×3」で答えを出してしまうという感じです。

さて、今回のその子はやはり最初は「140×6」をして、「2分で140メートルなのに、そんなに歩ける?」と尋ねると、今度はまさかの「140+6」とか、あり得ない計算を2度ばかり。
その子の頭の中では全く距離のイメージ、歩いているイメージがないのはほぼ間違いなさそうだったので、図に表してみるように言って待っていました。

すると、最初は2分の長さに対して、え?なんでそんな長さ?というような長い線を引き、「なんでその長さにしたの?」と尋ねると、「6分は2分より長いから。」という答え。この時点ではまだ全く6分が2分の3倍ということに気づいていません。

そこでもう少し声かけをして待っていると、およそ3倍ぐらいの長さの線になったので、なぜその長さにしたのか尋ねると、初めはうまく説明できなかったのですが、ようやく「6分は2分の3回分だから」と答えられました。
ならもう解けるだろうと思っていたのですが、ここからまたおかしなことをし始め、なかなか140メートルの3倍というところに辿り着きません。

更に何度かやりとりをし、どうにか6分の距離は求められたものの、7分は140×4をしたので、そこでまたやりとり。
先ほどと違い、7分の長さは6分より1分長いぐらいの線がちゃんとかけたのですが、まだぴんとこない様子。
そこで、1分だったらどれだけ歩けるかを図にしてもらったところ、ちゃんと2分の半分の長さになっているのに、また理由が説明できず、「1分は2分より短いから。」との答え。

何度も何度もやりとりを重ね、ようやく答えに辿り着くことはできましたが、少なくともこれまでの数年間、その子はこういうことを意識する機会、詰めて考える機会がなかったということなんだろうなと思うと、少し切なくなりました。

まだ僅かな変化でしかありませんが、一所懸命であるのは伝わってきますので、大きく変わり始めるまで、どうにか諦めずにがんばり続けてほしいと願っています。

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2014年9月16日 (火)

今日は穏やかな1日だった気がします。

連休明け。涼しくなったことや月曜がお休みだったことなどもあるのかもしれませんが、今日は子ども達みんな概ね順調で、途中でどこかにはまり込みかけても比較的早く戻ってきてくれたり、普段より反応が速かったり、質問にきちんと答えてくれたりと、なんだか穏やかでいい1日だった気がします。

比較的新人さん達で、え??なんでそれを選ぶの??と思うような答えを選んだり、え??なんでそれがその位置に来るの?というような答えを描いたりというようなことはありましたが、それはその子たちのこれまでの様子からするとまあ一応は想定の範囲というか。

ただ、子ども達とレッスンをしていて時々感じることなのですが、私達が子どもの頃は今のようにいつでも見たいテレビやビデオが見られるなんてことはありませんでしたし、テレビゲームなどもありませんでしたから、小さいうちは親と一緒に折り紙を折ったり、切ったりというのは当たり前のようにしていた遊びのひとつだったのではないかと思います。

折り紙を2つに折って切ると左右対称に、4つに折って切ると4方向に対称になるというのは、そういう遊びを通じて経験的に知っていることだったのではないかと思います。
本などを見ればもう少し複雑に紙を折ってから切ると、広げたらなかなかに美しいもようになったりもしたもので、学びのためというよりは純粋に「楽しみ」として気軽にしていたことだったかと。

ですが、子ども達とレッスンをしていると、きっとこの子はそういうことをしたことがないんだな…と思うような子が時々います。
「え?何をどうしたらそれを選ぶことになるの?」と思ってしまうような答えを選ぶ子達には言葉で説明するより、とにかく実際に紙を折って切るなどの経験をしてもらうことが重要なのではないかと。
塾などでは、仮にそういう問題ができない子がいた場合、そこをテクニックとしてこういうふうに考えなさいとか、こういうものを選びなさいとかいうような指導をすることも可能なのだろうと思いますし、実際そうしているような塾もあるのかもしれませんが、教えられたテクニックより、実際に自分で体験したことの方が遥かによくわかり、しっかり身につくと思うからです。

イメージできない子にはまずは具体物を。具体物を提示できない場合は絵を描いてもらうなどして目に見える形に。
それはこれからもしっかり心がけていきたいと思います。

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2014年9月15日 (月)

連休の実感もないまま。

結局、連休といっても特に何をするでもなく、今日は、少しの家事と仕事らしきことといえば予習と多少読書はしたものの、気づけば過ぎてしまったという感じでした。
まあ、土曜が仕事なので、連休といっても日月で、それだと通常と変わらないわけですが、街に出ると家族連れが多かったり、なんとなく「ああ、3連休なんだなぁ」と感じることが多く、なんとなくさびしいような気持ちになりました…。(苦笑)

ただ、本当に偶然先日から読んでいた本は、一度読んだだけでは理解が十分ではないものの、何か自分にとって大事なことが書かれているような気がしたのと、それを読み終えたので書店にお風呂に持ちこめるような本を探しに行ったところ、気になる本が2冊ばかり見つかったのと。
ようやく緩やかながら読書ペースがあがりそうです。

早いもので9月ももう折り返し。
今年は涼しくなるのが早かった分、運動会の練習がある子たちも消耗は多少マシなのではと思います。
今週もどうぞよろしくお願いいたします。

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2014年9月14日 (日)

オフでした。

土曜の晩はドルトムントに復帰した香川選手が1ゴールを含む大活躍を見せて快勝したのを見届けて寝落ちており、今日は午後から久しぶりに美容院へ。
その後街に少し買い物に出たものの、人の多さにぐったり…。最低限の目的だけ果たして早々に帰宅しました。

その後実家に行き、帰宅後は大好きなインテルも大勝してくれて、なかなか気分のよい日曜になりました。
美容院では読書もボチボチ捗りましたし、涼しくなったのでお風呂読書も再開できていて、僅かながら読書も進み始めました。

明日もまだお休みですが、明日は少しは仕事しようと思います。
3連休の皆さまはよい連休最終日になりますように。

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2014年9月13日 (土)

今週も無事終了しました。

レッスンは概ね平穏で、少し久しぶりだった子はブランクを感じない順調さ。ただ、一所懸命考えているらしいのに、ずっぽりどこかにはまりこんでしまって抜けられなかった子もいたり…。
それでもなんとか今週も無事終了しました。

レッスン後、ある保護者の方から進路についてお話を伺ったのですが、これがまた、できることなら全力で応援したいものの、あまりに高いハードルで、思うところはお話させて頂きました。
でも、その子自身が選んだ行きたい学校の選び方が至極真っ当で、本来そういう風に選ぶのが正しいんだよねと(詳しくかけないので、よくわからないかと思いますが、申し訳ありません…。)感じました。

その子がどういう決断をするかわかりませんが、何らかの決断をしたら、それに向かって精一杯がんばってほしいなと思います。

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2014年9月12日 (金)

なんだか新鮮でした。

プライバシーにかかわることなのであまり詳しくは書けないのですが、ある発達上の困難を抱えている子とレッスンさせてもらうようになってしばらく経ちました。

当初は緊張していたようでしたが、随分慣れてはくれて、それでも性格的なものなのか、それも発達上の困難の影響があるのか、話すときはとても控え目な声で最低限のことを、少し自信なげにという感じで、その子が元気な声を出すところやニコニコ笑うところにはこれまで出会ったことがありませんでした。

それが、今回のレッスンで初めてコンパスを使ったというその子は、見た感じ器用そうなのですが、やはり初めてだと難しいらしく、何度も何度も失敗して(それでも、初めてとしてはうまい方ではあったのですが、本人の要求レベルが高いというのもあったのではないかと。)そのたび、初めは小さな声で「あっ」というのが聞えていたのですが、コンパスで円を描く問題が続いたため、何度も何度も「あっ」が続き、だんだん「あっ、また…」という声が大きくなり始め、しまいには笑い声をあげて「ああ、また!」と。
その表情は初めて見る明るい笑顔で、ああ、この子もこんな笑顔をするんだなぁと新鮮な気持ちになりました。

素敵な笑顔だったので、見られてとても嬉しかったのですが、反面、やはり普段のレッスンではまだまだ緊張しているということなのだろうなとも気付かされました。(でも、この子はとにかく本当に真面目に取り組んでくれるので「コワイ私」のことは多分知らないはずなのですが…。(苦笑))
また何かの場面で、あんな風に笑ってもらえるような機会ができたらいいなと思います。

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2014年9月11日 (木)

今ないたカラスが…。

レッスンをしていて子ども達に泣かれることは少なからず経験しているので、目の前の子が泣き出してもさほど慌てないものの、怒って泣かれることはほぼなくて、子ども自身が何かいっぱいいっぱいになってぽろぽろ涙がこぼれてくるという感じのことが多いだけに、戸惑いはします。

幼い子がぱっと見た瞬間に問題を難しいと感じ、途端に泣き出してしまうということは珍しくはないようなので、そういうパターンだと成長と共に泣かなくなるというのも経験上学んだのですが、単純にそうではなく、もう少し複雑に要素が絡み合って、思いがけないタイミングで大泣きしだされることが稀にあり、そういうときはどうしたものか内心少し焦ります。

ただ、小さい子達は面白いもので、突然大泣きしたかと思えば、ほんの数分後に「いったいあれはなんだったの?」というぐらいけろっとして大笑いしているようなこともあって、「今ないたカラスがもう笑う」というのは正にその通りだなぁと感じます。

そういうことわざがあるということは、子どもというのはそういうものなんだなぁと。
泣いた理由がはっきりしていて、フォローが必要な場合はもちろんせねばならないと思いますが、なんで泣いてるの??と全く思い当たらないようなときには、子どもの気持ちが落ち着くまで、ただ泣かせてあげたらいいのかもしれませんね。

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2014年9月10日 (水)

こちらはまだもう少し時間がかかりそう。

もう高学年に差し掛かっていて、恐らく何年もかけて苦手意識を積み重ねてきたのであろう子とレッスンをさせてもらうようになって2ヶ月ほどになりました。
これまでの既習内容を夏の間にひと通りおさらいをしたところ、単位が絡んだものなどはほぼ全滅状態。計算はそろばんをしていたようで、単純に計算するだけであれば方法は知っているという感じでした。

そういう子は学校などではそう珍しくもないのだと思いますが、機械的に問題をこなすようなことはさせないうちの教室には滅多にいないというか、最初そういう状態でもそのままの状態でい続けることができないというかで、決して「よくいる子」ではないため、少しでも早くこの子にも変化が訪れるといいなと思いながらレッスンをさせてもらっています。

ですが、苦手意識を積み重ねてきた時間や機械的に問題をこなすことを続けてきた期間が長ければ長いほど、変化までの時間も長くかかりがちです。

学年を考えると全て既習内容であるはずのミリメートル、センチメートル、メートル、キロメートルの換算もかなりあやふやでめちゃくちゃだったので、問題を解く際に定規や巻き尺を渡して長さを確かめさせ、間違うたびどんな長さなのか考えさせ、それをここ何週か続けているのですが、今回のレッスンでもまだ1メートルが100センチ、1キロメートルが1000メートルというのが問題によってぶれています。
おまけに、5メートル数センチから引き算をした答えが1460メートルなどと書かれていたりします。
筆算をする際も単位換算がめちゃくちゃで、センチからミリを引こうとしているのになぜかそのままの数字(単位が揃っていない状態のまま)で計算をします。

そのたび声をかけ、定規や巻き尺で実際に確かめてもらいを繰り返しているのですが、まだその子の中ですとんと落ちていない様子です。
そして、何より悲しくなるのが、まだ全く表情が晴れないままだということです。つまり、昇華できていない顔ということなのだと思うのですが…。

真面目な子だけに、できることならここまでになってしまう前に会いたかったと、そうできていれば変化までの時間ももっと短くて済んだかもしれないのにと、つい考えても仕方ないことを考えてしまったりもします。

多分今はレッスンがつらいんだろうなと、その子の表情を見ていてこちらもつらく申し訳ない気持ちになりますが、だからといってここでやり方を教えたり、必要以上に手助けをしてしまっては、壁を越えられないとも思うのです。

最初は全く手も足も出ず、ただただ適当に足したり引いたりかけたり…そんな感じだった子が、絵を描いたり、決してよい方法ではないにしろ、1つずつ数えて地道に答えを出そうとしたり、小さいながらも変化は見えています。
きっと傍から見ていたら高学年にもなってそんなことしていてはダメでしょ?と思われるかもしれないのですが、量の感覚が全く伴っていない状態でこの先中学、高校と進んでいくのは、ただただ苦行になってしまうように思うので、今が踏ん張りどころだろうと。
学年を考えると私もつい気が急いてしまいそうになりますが、もう少し今の状態を続けて様子を見てみようと思います。

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2014年9月 9日 (火)

いい顔になってきた。

この感覚を分かって頂けるかどうかは分かりませんが、子ども達とレッスンをしていると、初めは頼りなげだったり、どこか斜に構えていたり、しきりにこちらの様子を伺っていたりと、表情に今ひとついい意味での子どもらしさや力強さが感じられないというような子がいます。

そういう子達は例外なく、算数が苦手、もしくは答えを出す方法を教えてもらえばできるけど…という感じで、自らの頭で考えるということが身についていない印象を受けます。

ですが、そういう子達としばらく一緒にレッスンをしていると、考えるということ、本当の意味で「わかる」ということはこういうことなのかと感覚的に実感するようになってくる頃に、これまたほぼ例外なく顔つきが変わり始めます。
目に力が宿り、自信が感じられるようになったり、自然な笑顔が出るようになったり、私がよくいう「美しい顔」になっていくのです。

夏の初め頃来てくれた子で、初めは目がふらふら泳いでいたり、集中して考えることが難しかったり、答えは当てずっぽうで言ってみたりという、算数が既にしんどい状態の子がいるのですが、夏休みの間にすこ~し変わり始めたかなぁと感じていたところ、今回のレッスンでその子の表情を見ていると、なんだかすっかり落ち着いて、いい意味で可愛らしくなり、明らかに考えているのがわかるようになりました。

まだ幼い子なので、これまでと何か違う感覚がないかなと、「なんか賢くなった気がせ~へん?」と尋ねてみたところ、返ってきた答えは

「いや、まだあんまり。」

だったものの、「まだあんまり」と答えている時点で、以前と少し変わってきていることは感じていそうでした。
最初はこのおどおどした感じ、尋ねても話がなかなか通じない感じが変わるのにどのぐらい時間がかかるだろうと思っていましたが、素直な子だったのもよかったのでしょう。思ったより随分早く変わり始めてくれました。

こうなれば、ここからは少しずつ加速してくれるはず。早く学校でしていることにキャッチアップできるよう(もちろん無理はさせませんが)、私もしっかりがんばろうと思います。

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2014年9月 8日 (月)

ちょっと嬉しいことが。

4月から、途中で挫折しないために、友人とそのお嬢さんに教材のモニターになってもらっているのですが、8月に送った教材に、教具ともいえないような引き算に使う極めて簡単なあるものをセットしていました。

自分で思いついたにしては、アイディアとしては悪くないとは思っていましたが、それは実際に子ども達とレッスンをしている中でこういうのだと子どもでも扱いやすいかな、わかりやすいかなと思って作ったものであって、他の人が見たらなんてことないんだろうなと。

ですが、それを友人が「あれ、すごい!意味がよくわかるね!」と褒めてくれたのです。
むしろ、自分が思っていた以上に褒めてもらったような…。
思いがけない反応でしたが、本当に嬉しく思いました。
今月もしっかりがんばらなくては!

明日からまた1週間、レッスンもがんばります!
どうぞよろしくお願いいたします。

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2014年9月 7日 (日)

感動しました。

今日はオフだったので仕事とは全く関係ないお話。
でも、皆さんもご存知ではないかと思われる、今朝の錦織さんの快挙。

以前から松岡修造さんが「圭は天才だ」と言っておられ、少なくとも日本を代表するプレーヤーだった松岡さんが見て「天才」といわれる人はさぞすごいのだろうと思いながらも、もちろん、日本人としては間違いなく素晴らしい活躍をしておられたとはいえ、怪我がちで、せっかくのチャンスを失うこともあったり、どうも「天才」と言われるほどのすごさは…と思ったこともありました。

ですが、今年、マイケル・チャンさんをコーチに迎えてから、これまであった技術にメンタルの強さが伴ったような印象を受けていました。
そして迎えた全米。準決勝進出を決めたときに錦織さんが勝利直後のインタビューで「もう勝てない相手はいないと思うんで…」と気負う様子もなく、かといって驕る様子もなく、さらりと言ったのを聞いて、やっぱり何かが明らかに変わったんだろうなと。

そして今朝、現在ランキングNO.1のジョコビッチを見事に破り、アジア人男子初だそうですが、グランドスラム決勝に進出を決めました。
さすがに鳥肌ものでした。

しかし、確かに背が高い人が多いよなとは思っていましたが、現在トップ10入りしている選手の中で錦織さんは178センチもあるのに一番背が低いのだそうですね。
トップ10プレーヤーの平均身長は187センチだそうで、決勝で戦うことになったチリッチ選手はほぼ2メートル近いようです。

背の低さはテニスでは大きなハンデになるそうで、だからアジア人はなかなか活躍できなかったそうです。
確かに女子選手などを見ていても、土居さんも奈良さんも小柄で、サーブを打つときかなり苦労しているのは素人の私が見てもわかりますし、身長が低いと当然その分リーチも短くなりますから、確かにそれだけでかなりのハンデなのだろうなと。

個人的には決勝はフェデラーとの試合が見たかったという思いもありますが、今大会好調同士、きっといい試合になるだろうと思います。
火曜早朝が楽しみです。

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2014年9月 6日 (土)

また少し考えた。

今朝、東京で小学生の女の子2人が受験勉強がつらいと一緒に飛び降りて命を絶ったというニュースを目にしました。
私が見たのはフェイスブックに上がっていたニュース記事だったので、記事を読んでコメントをしている方たちがいたのですが、親は気付かなかったのかとか、そうまでしていい学校に入れることの何の意味があるのかとか、勉強ぐらいで命を絶つなんてとか、まあ、そういう意見はあるだろうなというようなコメントが並んでいました。

私自身は小学校受験も中学校受験も未経験ですし、塾や予備校にすら行ったことのないまま、普通に高校受験と大学受験をした身なので、少なくない中学受験塾での異常なまでの拘束、量とスピードの要求は、伝え聞くことでしか判断できないものの、私が子どもだったら絶対無理だと真剣に思っています。

そもそも、本当にあそこまで、色んなものを犠牲にして詰め込み勉強をしなければ受験に合格できないんだろうかと(もちろん、そういう学校もいくつかはあると思いますが、それでもいわゆる「ああいう方法」が正しいのかどうかは疑問の残るところです。)ずっとなんだかひっかかっています。

そして、勉強ぐらいで死ぬことないじゃないという意見は大人だから言えることで、まだ世界が狭い、特に早い時期から塾での勉強を強いられてきた子であれば尚更狭いであろう世界で、勉強をしない、塾を辞めるということは、これまでの自分の全てを失うような気持ちになることだって考えられなくはありません。
そうでなくとも、勉強漬けで自ら考える力、冷静な判断力が育っていなければ、この苦痛から逃げるにはこれしかないと、命を絶つ子がいてもそれは子どもがおかしいのではないはずです。

かといって、その子達の親御さんが悪いのかといえば、そうとも言いきれず、きっと子どものことを思えばこそ、将来のために…と塾にやり、実際少なくない数の子ども達が同じような生活を強いられているわけですから、自分の子だけそれをさせなければ不幸になってしまうのでは…と親御さん自身も思い詰めておられる場合だってあるだろうと思うのです。
教室に来てくれる子のおうちの方で、高学年になって受験塾に転塾していかれた方などのお話を伺っていても、こんな思いをさせていいんだろうかという葛藤を抱いている方は少なくないからです。

もっと違った方法があるんじゃないかしらと思っても、そういう方法を提示してくれる塾や先生に運よく巡り会えることはきっと稀なことなのではないかと思います。
どこの塾がいいのか判断がつかなければ、結局は大勢が行っているところ、多くの子どもがやっている方法、それを選ぶしかないということもあるでしょう。

私は塾やそういう塾にお子さんを通わせている保護者の方を批判したいわけではなく、ただ、大切な子ども達の未来に関わる私達みんなが、もっと真剣に、何が大切なのかを考えなければならないのではないかとは思っています。

なんだかモヤモヤして、書きたいことは色々ありますが、愚痴めいたことばかりになりそうですので、このあたりで・・・。
亡くなったお嬢さんたちのご冥福を心よりお祈りします。

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2014年9月 5日 (金)

すごい!かっこいい!

今日、ある保護者の方に聞いたお話です。

小さい頃から通ってくれていて、びっくりなことに「本人の強い希望」である小学校を受験した、もう高学年になる子がいます。
その子の小学校は小中学校だけでなく、高校、大学もある名の知られた共学校ですから、もうそのまま大学までほぼ安泰なのかなぁと思っていました。

ただ、夏の間、時間もあるのでということで、中学受験をするというわけではないものの、いわゆる大手の受験塾に夏期講習を受けに行っていたとのお話は伺っていました。
で、おうちの方は夏の間だけのおつもりだったようなのですが、本人が受験するかどうかに関わらず、そのまま塾に行きたいと言い出したそうで。

そのときのその子がおうちの方に言ったという言葉がもうホントすごいのです!!

「受験してもしなくても、勉強することはムダにはならないでしょ?」

と、そんなことを言ったそうで。

何それ、カッコよすぎるでしょ?!

まだ小学生のうちに、私は絶対そんな発想できなかったなぁ、多分。
それも、ワイワイ楽しい塾とかならまだしも、大手の受験塾に自分から通いたいだなんて、絶対思わなかっただろうなぁ…。
なかなか感動させて頂きました。

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2014年9月 4日 (木)

ほんとに変わったなぁ。

今日のレッスンのある子を見ていて、改めて本当に変わったなぁと、少ししみじみしてしまいました。

通ってくれるようになった頃は、自分ができることであれば得意げにそれをひけらかし、できないことになると途端に卑屈になったり、考える以前にやり方を知りたがったり、こちらの表情を探ってきたり、挙句、記憶力が必要な問題をカンニングしようとしたりなどということもあって、注意をし、話して聞かせたものの、この子は性格的にこういうタイプの子なのかも…と少し弱気になったこともありました。

それが随分時間はかかったものの、あるときなんだか雰囲気が変わり出したなと感じるようになり、それがだんだんと確信に変わり、自分より学年が下の子が何かの問題で苦労していると、自慢するどころか「俺もそれ全然わからんかった」なんてことも行ったりするようになり、信じてもらえないかもしれませんが、性格まで変わったと感じるぐらいの変化が見られました。

その子は今ではもう本当にあの頃とは別人になったなぁと思うほど、どんな問題もしっかり読み、問題の意味をしっかり考え、自慢するでも卑屈になるでもなく、穏やかに、時には笑ったりして楽しそうに問題に取り組んでくれています。
時折、算数が得意な子達でも悩むようなものもひょいっと解いてしまうことがあったりして、その変わりっぷりは感動的です。

そういう変化をみると、教室を始めた頃お世話になっていた先生が「本当にできる子達はそれが何も特別なことだと思わないから自慢したりしません」と言っておられたのを思い出します。
小さい子であっても、例えばお友達より早く九九を覚えて掛け算ができるようになったら「俺、掛け算できるねん。」だとか「お前、まだ掛け算知らんの?」だとか、そういうようなことをいう子は珍しくありません。
ただ、そういう「つまらない自慢」をする子達はしばしば、単にテクニックとして答えは出るものの、自分でしっかり考えたわけではないというような学びをしている場合が少なくないのです。
そういうことをその先生は言っておられたのだと思うのですが、それは本当だなと思うことがこれまで何度もありました。

単に算数ができる、テストで点が取れるというような勉強ではなく、子ども達にとって本当の意味での学びを、これからもサポートしていけたらいいなと思います。

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2014年9月 3日 (水)

ふと不思議に思ったこと

子ども達と算数をしていると、算数が得意な子はもちろんですが、算数が苦手な子でも大抵は足し算はそれなりにできるのです。足し算の出来と引き算の出来を比べると、ほぼ例外なく引き算の方が苦手な子が多く、スピードも足し算の方が速いのが普通ではないかと。

もちろん、引き算でも数が多くなったり、繰り下がりが出てきたりすると、難しいから遅くなるというのはわからないではないのですが、でも、繰り上がりがある足し算と繰り下がりがない引き算とで比べても、もしかするといい勝負?というような印象がないではありません。

で、もう長年そんな光景を見ていながら、今日突然ふと、なんでなんだろう?と思ったのです。
私は海外にはほとんど行ったことがありませんので、国によっての違いなどもあるのかもしれませんが、行った先の海外で引き算ができない店員さん達はお釣りを返すときに引き算をするわけではなく、続きを数えていく姿に出会ったことがあります。(日本円でいえば、例えば1600円の買い物をして千円札2枚出したら、100円玉を「1700、1800、1900、2000」と2000円になるまで数えてお釣りを返してくれるような感じでしょうか。)

とすると、多くの人間が足し算より引き算の方が明らかに難しいということなのかもしれません。
増やすのは簡単なのに減らすのは難しいというのは、よく考えたらなんとなく不思議ではありませんか?
さすがに我ながらあまりにも突拍子もない思いつきなのですが、人間の遺伝子とかそういうレベルでモノが減るのは嬉しくないとか、命の危険に繋がるとか、そういう記憶が脈々と受け継がれていたりなんてことはないかしら?と、そんなことを思ってしまいました。

いえ、だからどうなんだ?って話で全くオチはないんですけどね…。(汗)
でも、ほんと、なぜなんでしょうね。

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2014年9月 2日 (火)

悲しくなるけど…。

算数が苦手な状態でうちに来てくれるようになってまだ2ヶ月ほどの子とのレッスンでのこと。
体験レッスンのときに、数量感覚がほとんど身についていない印象だったので、何がわかっていないのか確かめるために、来てくれてしばらくは学年を遡って、これまでの全ての単元をざっとおさらいし、夏休みの途中で当該学年の1年下の学年までの範囲はひと通り終え、何が苦手か、何がわかっていないかを把握しました。

ただ、その子に限らず、そういう子は決して少なくないのですが、「計算の仕方」のようなものはなんとなくわかっているところもあり、出てきた数字をとりあえず足してみたり引いてみたりかけてみたり…とそんなことをしていることがあります。

で、これも恐らく学校や一般的な塾では珍しくないのでしょうけれど、単位が関係している単元は大半が曖昧な理解だということがわかりました。

例えば、1メートルは10センチだか100センチだか、1キロメートルは10メートルか100メートルか、それとも1000メートルか…と、そのあたりが曖昧で計算するたび規則が違ったり、あり得ない単位換算になっていたりというようなことが起こります。

2メートル数センチと4メートル数センチを足し算しているのに答えが72メートル数センチ(筆算した答えの10の位からをメートルに繰り上げているという感じです。)というように、ほんの少し考えれば絶対におかしいでしょ?と思うような答えをいくつも書いて、それでも全く気付く様子がないのです。

教室を始めてそこそこ長くなってきたので、そういうとんでもない答えを書いても平気な子に出会う機会がかなり減っていて、なんで気付かないの?と思ってしまうのですが、そういえば塾に勤めていた頃とかにはそういう子ちょくちょくいたなぁと思い出しました。

実感がないのに計算の仕方、解き方を教わって、とりあえずその通りにやったらマルをもらえた。「なんかよくわかtらないけど、これでいいんだ。」そんな積み重ねをし続けると、どんどん考えなくなりますし、教えられなければ解けなくなっていきます。
もちろん、自分の頭で考えていませんから、おかしな答えを書いても言われるまで気づきません。

これってものすごく恐ろしいことだと思いませんか?
もちろん、算数では考えないけど、普段の生活で何かを真剣に考えているというような場合はいいのかもしれません。
ただ、教科学習の中で本来「考える」、「試行錯誤する」練習になる一番の教科は算数なのではないかとも思います。その大事な教科を考えずに何となくやり過ごすのは本当にもったいないし、場合によってはとても危険なことでもあるかもしれません。

久しぶりにとんでもない答えを書いても気づかない子とレッスンをする機会をもらいましたから、昔を思い出すきっかけにもなり、また、それがどれだけ怖いことなのかも改めて考えるきっかけにもなりました。
そのことに感謝しつつ、1日でも早く、その子がきちんと自分の頭で考えられるように、とんでもない答えに「あれ?」と気づけるように、できるサポートを精一杯していこうと思います。

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2014年9月 1日 (月)

9月スタート

j始まる前は長いなぁ、最後まで持つかなぁと少し不安にもなった夏休みも、どうにか無事終了しました。
お盆の頃にお休みがあったこともあり、4月から始めた教材作りは今月の最低ノルマを20日頃に完了したというのに、その後、更にこの調子で先に進めようと思っていたというのに、ほとんど進まぬままに9月になってしまいました。

まあ、夏休み中を思えばレッスンも通常ペースに戻りますし、涼しくもなってきたようですので、気持ちを入れ直してがんばりたいと思います。
何をするにもよい季節になりますから、読書もしなくてはと。

ところで、今日は夕方出勤して少し事務仕事などをしていたのですが、相変わらずあまりよくわからぬままにどうにか使っているワードで今日はまた新たな不思議現象が…。
5センチとか10センチとかの直線を描きたくて、ワードの図形でサイズ指定をして印刷してみたところ、最初3センチの線を引きたくて(ここもよくわかっていないのですが、29.99か30.99みたいに、なぜかぴったりにならないので…。)29.99mmに設定して印刷し、長さを測るとほぼ29ミリ。そこで30.99mmに設定し直して印刷して測るとほぼ30ミリ。

なんでかわからないけど1ミリぐらい長い設定にすればほぼ実寸になるんだなと、あと数本、2センチ、5センチ、7センチ、12センチなどの線を引いて1枚の紙に印刷してみたところ、それでほぼ実寸になるものと1ミリほど長くなるものの2種類に分かれ、長くなったものはまた1ミリ短く設定し直して、どうにか全部ほぼ実寸に。
でも、短いものがとか偶数センチのものがとか、そういう決まりが発見できず、何が長くなって何が短くなるのか印刷してみないとわからないという…。

こういうのもワードを使いこなせる方には簡単なことなんでしょうか…。
どうやらまだまだ道は険しいようです。(苦笑)

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