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2010年6月16日 (水)

いい先生ってなんだろう。

今日も、レッスンが終わったの自体も遅かったのですが、終わってからだらだらしてしまって、あっという間に日付が…。
何を書こうかなぁと考えていたのですが、どうもまとまらず、まとまらぬままに書いてしまうので、どうなるやらわかりませんが、お許しを…。

私は学生時代に「恩師」と思っている先生が少なくともお二人います。
正確にはお一人はもうお空に帰ってしまわれて、直接お目にかかることは叶わないのですが…。

で、そのお二人のうち高校時代の恩師は、あの先生が高1のときに担任をしてくださっていなければ、私の人生はかなり違ったものになっていた可能性が高い(少なくとも志望大学には進めなかっただろうと…)と思います。
ただ、その方は数学の先生だったのですが、授業が分かりやすかったという記憶はほとんどなく、それどころか、入学して数学で徹底的に落ちこぼれたわけですから、少なくとも入学時の私には先生の授業は理解できないレベルだったわけです。

ただ、どれだけ落ちこぼれてもあたたかく見守り、励ましてくださったとことで、この先生の授業だけでもわかるようになりたい!と必死で勉強した結果、幸いその数学は理解できるようになり、なぜかそれにつれて他教科も全体的に成績が向上したのでした。

今思えば、きっと先生の授業は進学校の数学の授業としてはわかりやすかったのではないかと思います。(残念ながら授業は全然覚えていないのですが…。)ただ、私はそのレベルに全く届いていなかったということなんだろうと。(まあ、私一人だけが全くついていけていなかったというわけではありませんが…。)

40人以上いるクラスで全員にわかりやすく、全員が満足する授業をすることは恐らく不可能であり、進学校である限りは落ちこぼれている子に合わせた授業をするわけにはいかないというのももっともなことでしょうから、先生に対する不満は何もありません。(というか、本当にありがたい恩師ですし。)

で、何が言いたいかというと、少なくとも私にとっては授業はわからなかったものの、先生のお人柄のお蔭で自力で必死で努力した結果、なんとか数学ができるようになったというのは、「数学の指導者」という面だけで見れば、私には授業がわからなかったわけですから、「いい先生」とは言えないのかもしれません。
ただ、あの先生だったからこそ、やる気を出したのは紛れもない事実で、そういう意味ではやはり素晴らしい先生だったのだと思うのです。

まあ、学校というところは人数も多いですから、塾などのようにお月謝を頂いて指導する場合、「授業がわかりにくい」というのはやはり大問題になるとは思うのですが、もし仮に、授業が分かりにくくても、その先生のことが大好きだとか、なんとか先生の期待にこたえたいとか、そういう動機で子どもがやる気を出し、その結果成績が上がるのであれば、それは「よい先生」ということになるのかしら?と。

わかりやすい授業というのはもちろん望ましいと思うのですが、わかりやすく説明すればするほど子ども達はわかった気になって、時間が経つときれいさっぱり忘れてしまったりということも珍しくありません。
もちろん、「わかりやすい」の定義も難しいところだとは思いますが…。

ああ…やはりどうまとめたらいいのやら状態になってきましたが、少なくとも子どもに嫌われたら、その子はその先生の教科に前向きに取り組む気持ちをどこかそがれてしまうという可能性は否めないような気がします。
まあ、好き嫌いは個人の感情ですから、全ての子どもに好かれるとか、嫌われるとかいうことはなかなかないだろうと思いますが、子ども達に賢くなってほしい、成績が向上してほしいと思うのであれば、もしかすると何より一番に信頼関係とか子どもに好きと思ってもらえるとか、そういうところが大事だったりするのかもと、そんなことを思ったりしています。(「かも」って話なので、まだ自分でもぼんやりとしてまとまってないわけですが…。)

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