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2009年9月21日 (月)

好奇心(2)

随分以前に、経営コンサルタントの方が書かれた教育書のようなものを読みました。
どの本も、その時どれだけ感動しようと共感しようと、何度も繰り返し読まないので、しばらくすると内容はごくごく断片的にしか思い出せなくなってしまうのですが、その本の中で、子どもに必要なのは「暇と貧乏」と書いておられた、その言葉が最近何度も頭に浮かびます。

もちろん、貧乏暮しを進めておられるのではなくて、一種のたとえのようなものなのですが、最近何かにつけ、ホントにそうなんだろうなと思うのです。

最近の子ども達は何かと忙しい。
学校ではもちろん時間割が決まっていて、その通りに過ごすことを求められるわけですが、放課後も、たくさんの習い事をして、何曜日の何時からは何…みたいな、放課後まで時間割びっちりなんて子も珍しくはなくなっているのではないでしょうか。

おまけに、不況だと言っても、生活全体が昔と比べれば明らかに豊かになり、使い捨ての生活がすっかり浸透し、その上子どもの数も減っている。
おもちゃだって何だって、全てを使い切れないぐらい持っている子はいくらでもいそうですし、文房具だろうとなんだろうと、なくなったら新しいのを買えばいいという感覚の子どもも少なくなくなっているのではないでしょうか。(実際、教室で鉛筆などの落し物があっても、子どもの方から「忘れてなかった?」とか尋ねてくることはほぼ皆無ですし…。)

少し話は逸れますが、私は丸付けを意識的に赤鉛筆でしているのですが、お金がもったいないというよりは、使えるものを無駄にするのはもったいないという意識から、短くなっても補助軸をつけて、削れなくなるまで使ってから新しいものをおろすようにしています。
ですが、そのすっかり短くなった赤鉛筆を見て、「そんな短くなったら(使わずに)捨てなさいって言われる」なんていう子も一人や二人ではありません。

テレビがあり、ビデオやDVDがあり、ゲームがあり、その上、出来合いのおもちゃがあり…。
放課後の時間は決まった曜日に決まった習い事で、大人の指示に従った時間を過ごし…。

そりゃあ、そんな環境の中で好奇心や創意工夫の気持ちを萎えさせず持ち続けられる子どもはそう多くはないだろうなと思えてなりません。

時間はあるけどすることないなぁ~。

そんな時間があるからこそ、じゃあ本でも読もうかな…とか、何か作ってみようかな…とか、自分で何かしようかなという気持ちが出てくるのではないでしょうか。

しかし、せっかくそんな「暇な時間」があっても、そこにいくらでも自由に見られるテレビやら、自由に使えるゲームやらがあれば、その時間の大半がそれに費やされてしまうとしても不思議はありません。

衣食住についてまで無理に「貧乏」をさせる必要はないでしょうけれど、子どものうちはそれ以外の部分では意図的に「貧乏」をさせるのも大切なのではと、最近しみじみ思ってしまうのです。

「貧乏」というのは表現がよくないかもしれませんが、なんというのでしょう…。子どもに物などに対する適度な「欠乏感」、「飢餓感」のようなものが必要なのではと…。
このあたりはまた書けたら書きたいと思っているところなのですが、「学び」にも、そういう感覚って重要なんじゃないのかなぁと思うのです。
子ども自身が「なんとしてもこれがほしい!」とか「どうしてもこれをしたい!」とか、そういう気持ちを持つことで遊びや学びの「濃さ」が変わってくるのではないかなぁと。

まだ考え中なので、曖昧な感じで申し訳ありません…。
まあ、世の中連休中ってことでご容赦を。(苦笑)

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