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2009年7月27日 (月)

関係ない話ですが…。

検索ワードで色々な書籍のタイトルを「読書感想」というようなワードが毎日のように目につく。
どういう方が探しているのかわからないし、最近だと、結構頻繁にあるのが「武士道」と「星の王子様」と「夜回り先生」、「ホームレス中学生」あたりなので、「ホームレス中学生」は何とも言えないけれど、武士道なんてのは高校生や大学生などに課題として与えられているのかな?と思ったりもする。

これだけインターネットが普及してしまったら、感想文を検索して、ちょこちょこっと手直しして提出なんてことはいくらでも可能なのだろうし、実際、そうやって済ませている生徒、学生もいるんだろう。

課題を課す先生の側が事前に検索でネット上にある色々な感想をリストアップしておくなんてことも大変そうだし、防止するにも限界があるような気がする。

ただ、例えば、「武士道」を課題に課した先生がおられたとして(まあ、実際はどうなのかわからないけれど)、その先生の第一の意図は「武士道」を読んで何かを感じさせること、少なくとも武士道をそれぞれに読ませることなのではないだろうか。
なにも素晴らしい感想文を書くことが第一の意図ではないはずだ。

とすれば、感想文という形での課題でなくとも、読ませる方法はほかにもあるような気がする。
例えば、「○ページから○ページに書かれている□□について、自分ならどうするか考えを述べなさい」とか、「○章の内容を原稿用紙1枚程度にまとめなさい」とか、ネット検索では対応しきれないような課題にすれば、ある程度は読まざるを得なくなるのではないだろうか。

私自身は子どもの頃から感想文を苦にしたことがなかった。
そのかわり、自分が本当に面白いと感じるもの、興味の持てるものでしか書かなかったので、小中学生の頃に課題図書で感想文を書いたことは一度もなかったかもしれない。

まあ、高校以降で課題として指定された書籍を読んで感想を書かねばならないようなもので、その内容に興味が持てなかったときは多少辛かったけれど、人の言葉を借りて、さも自分の言葉のようなふりをして書くのは私には耐えがたいことでもあったので、面白くないなりにどうにかこうにか書いたものだ。

感想文の課題を出す目的は、「感想文を書かせること」自体なのだろうか?
子どもが何かの本を読むことが目的なのであれば、原稿用紙の枚数を指定する必要もないような気がする。
学年が上がって、指定図書を読ませることが目的なのであれば尚更、「感想文」という形の課題の出し方はそろそろ見直されるべきなんじゃないかなと、ネットでそういう検索ワードを見るたび思ってしまう…。

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