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2009年7月31日 (金)

偶然ヒントをくれる

なかなか進まないながら、それでもいつも頭の隅にはあることなので、何かの拍子に「あ!」とか「お?」とか思いつくことがある。

昨日も、ある子と掛け算のレッスンをしていたときのことだったのだが、その子は以前はとても大人しかったものの、あることがきっかけで今ではすっかりひょうきんでよくしゃべる子になっていて、本人はふざけているつもりで言ったひと言で、私はまたひとつ教材のヒントをもらえた。

10のドットを並べながら、「10×○」の形の掛け算を答えてもらっていたとき、「10×7」をうっかり言い間違えて、なんだか全然違うことを言ったあと、「えぇ~?ほんまか~?」とつっこんだ私に、その子はニヤッとしながら「70×1=70」と答えた。

ああ、確かにそうなんだよな。そうか、そうだよな。
内心、ひとりで目から鱗みたいな気分になりつつ、そのまま「10×10」まで進んだところ、そこでまたふざけて「100×1=100!」とその子が答えたので、「じゃあ、ほかの式。」と言ったら、「10×10=100。」と言うので、わざと「もっとほかの式。」と言うと、少し考えて「1×100=100!」と答えた。

この子はもともとかなりセンスのある子なので、一瞬にして掛け算の意味を理解してしまったということもあるのだろうけど、これまで、ふざけてでも、こんな風に答えた子はいないし、答えさせようと思ったこともなかった。

こうなったら、目の前にドットは100個並べてあるし、それを見て、20×5や50×2とかも思いついたらすごいけどな~と思って、「もっとほかは?」と尋ねたものの、さすがにそれ以上はパッとは思いつかなかったようで、あまりそこで時間をかけるのも、その日のレッスンの本筋と外れてしまうので、切り上げて次へ移った。

けど、そうなんだよな。10を7本並べて「10×7」と答えさせてはいるけど、それの向きを変えて「7×10」とも答えさせているわけで、本来並べてあるのが10の棒なのだから、縦向きだろうが横向きだろうが「10×7」と答えられても仕方ないのだ。
それを暗黙の了解みたいにして、横向きにすると「○×10」と答えてもらってきたわけで、7の棒は並んでいないのに「7×…」と答えさせるのであれば、「70×1」の式を間違いということはできないわけだ。

その子がふざけてそう言ってくれたお蔭で、掛け算の教材の幅がもっと広げられそうだ。
もちろん、まだぼんやりしてまとまっていない段階だけれど。

こちらが予定したことを素直にやってくれる子ばかりだと、こういう発見はなかなかないのかもしれない。
まあ、それでも子どもたちは、どんなに真面目な子でも大人の予想しないことをしてみたり、考えもつかないことを思いついたりするものだけれど。

教材を作りたいと思うけれど、私の場合、絶対子どもたちがいなければ作り上げることはできないだろうなと改めて思う。

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2009年7月30日 (木)

すみませんでした・・・。

昨日は結局、シャワーを浴びてホッとしたら、気づけば転寝していて、目覚めたら5時前…。
さすがにそこから改めてブログに向かう気になれず、そのまま寝直してしまいました。
覗きにいらしてくださった方がおられましたら、すみませんでした…。

しかし…それなりの時間眠ったはずなのですが、今日も既に眠いです…。
怖い夢を見たせいかもしれません…。
それは、夢にありがちな意味不明な、どうしてそういう設定の夢を見るんだか、全く思い当たらない夢だったのですが、そして、具体的内容をブログに書くにはあまりにも…な内容でもあるので控えますが、夢でありながら、普通なら経験することはまずないであろう(そして、決してあってほしくない)シチュエーションに身を置き、そのとき自分がどう考えるのかの疑似体験(?)ができました。

あまりに意味不明な上、決して楽しくもおめでたくもない内容ですので、極めて抽象的な表現に留めさせて頂きますが、自分の身内が、全く自分たちには関係がないある事故に遭遇し、それが自分たちの家で起きてしまったことだったため、どう対応していいか動転し、まあ、普通ならあり得ない行動を取ってしまうのです。

事故の時点でしかるべきところに連絡を取っていれば、きっと責任を問われることはなかったはずなのですが(事情は聞かれるのは間違いないですが)、動転しているので、言ってみれば「証拠」を隠してしまうのです。
その時点で、まあ、詳しくはわかりませんが、隠したのが見つかれば確実に罪に問われることになるはずのことです。

ただ、普段は冷静な私も、その状況でどうすることが正しいのか判断がつかず、隠し通せれば罪に問われることはないものの、いつかバレるのではないかと不安に思いつつ、そんな状況で何年も何十年もこの先過ごしていくなんて、生きていても楽しくないだろうなと思うものの、今ここで隠さず知らせたら、自分の身内が罪に問われてしまい、私も何らかの責を負うのかもしれない…と思うと、どうすべきなのかわからず、迷い、悩み、身内にどうして隠してしまったの?と問いながら、一緒に泣いたところで目が覚めました…。

あまりにもリアルな夢で、目が覚めても少しの間呆然としていて、落ち着いて考えると、出てきた家も全く知らない家で、そもそも、身内(二人なのですが)がそんなことを実際できるはずがない(物理的に)と、まだぼんやりした頭で考えて、ようやくホッとし、心から夢でよかったと思いました。

ただ…夢っていうのは大抵半日もすればすっかり忘れていたりするのですが、多少ぼやけてきてはいるものの、まだあの気持ち悪さや恐怖感、戸惑い、悩み…そんな感覚は残っています…。

ホント、なんだったんだろ…。
でも、もし万が一、ああいう状況に置かれたら、自分だったらどうするんだろうと(まあ、夢なので最初の設定からして不自然なところが色々あるのですが…)そんなことを思いました。

全くもって抽象的な話で申し訳ありません…。
私としてはこの気持ち悪さから抜け出すためにも、誰かに聞いてもらいたいのですが、さすがにブログ上では…。(汗)

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2009年7月29日 (水)

とりあえず・・・。

今日も遅くなり、先ほど帰宅。
ちょっとシャワーを浴びたいので、後ほど何か書きます。
時間が時間なので、大したことは書けないかもですが…。(え?時間に関係ないって?(汗))

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2009年7月28日 (火)

掛け算の筆算

他にも書きたいことがあると先日書いたまま、まだどれも手をつけられていないのですが、今日は同じ方なのか違う方々なのか、何件も「掛け算 筆算」などのキーワードでこちらに辿り着かれた方がおられたようです。

掛け算の筆算をどう教えるかをお知りになりたくて探しておられるのか、どういう意図なのかがはっきりしませんが、掛け算の筆算の導入で、きっとこうしたら説明はほとんどいらないんじゃ?と思うことがあるので、まだ自分の中でも思いつき段階ではありますが、ちょっと書かせて頂こうかと。

教室の子たちとはその前から順に積み上げてきていますので、筆算になっても、その前段階で暗算をやっているため、書き方が変わったということなどいくつかのことを確認すれば、あとは勝手にやってくれていることが多いのですが、九九を暗記で入ったような子たちが2桁×1桁や3桁×1桁の筆算をやるときに、説明をほとんどしなくて済むんじゃないかなというのがこんな方法。

例えば、「87×6」を筆算で計算させたいとき、まずはこんな風に書いた式を与えてみればいいのではと思うのです。

  87
  87
  87
  87
  87
+87

とりあえず何も言わずにこの式を計算してみるように促してみます。
算数があまり得意でない子などは、もしかすると、ひたすらに1つ1つ7を足していって42の答えを出すかもしれません。
同じように8も6回地道に足すかもしれません。
最初はそれでもいいと思います。
ただ、その様子を見ておいて頂いて、ひとつひとつ足していそうであれば、「もっと簡単に計算する方法ないかな?」と尋ねてみてもらったらと思います。

算数が得意な子であれば、そんなことを言わなくても、勝手に「7×6」と「8×6」の掛け算を使って答えを出すのではと思いますし、思いついていない子にもそこに気づかせれば、九九を覚えている子であれば、その計算はすぐにできるはずです。

そして、これは足し算の筆算ですから、一の位で7を6回集めて「42」になれば、繰り上がりの4を十の位に書くのも普通のことでしょう。
その上で、48と4を足して「52」と百の位と十の位に書けば、「522」という答えになるはずです。

そういう、何段重ねにもなった足し算の筆算を何問かさせて、たくさん段の重なった足し算の筆算は九九を使えば計算が簡単だなと感じられるぐらいになった段階で、「87×6」の筆算の式を子どもに見せます。

なんでしたら、先ほどの「87」6段重ねの筆算の横に書くとよりよいかなと思いますが。
そうすれば、6段重ねの足し算が2段だけの掛け算の筆算で表せるということに気づくかもしれませんし、気づかなくても少し言葉をかけるだけで多くの子が理解できるのではないかと思います。

その流れでくれば、掛け算の筆算の「やり方」を教える必要は恐らくないのではないかなと。
まあ、もちろん、そこに来るまでにどういう学習の仕方をしてきたかや、算数が得意か苦手かなどによっても、当然反応は違ってくるでしょうから、一概には言えませんが…。

ここは自分でも、これで導入したらもっとわかりやすそうだなと思ったので、忘れないように書きとめたわけですが、2桁×2桁などはこの方法ではすんなりとはいきそうにありませんので、もう少し考えてみようと思います。

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2009年7月27日 (月)

関係ない話ですが…。

検索ワードで色々な書籍のタイトルを「読書感想」というようなワードが毎日のように目につく。
どういう方が探しているのかわからないし、最近だと、結構頻繁にあるのが「武士道」と「星の王子様」と「夜回り先生」、「ホームレス中学生」あたりなので、「ホームレス中学生」は何とも言えないけれど、武士道なんてのは高校生や大学生などに課題として与えられているのかな?と思ったりもする。

これだけインターネットが普及してしまったら、感想文を検索して、ちょこちょこっと手直しして提出なんてことはいくらでも可能なのだろうし、実際、そうやって済ませている生徒、学生もいるんだろう。

課題を課す先生の側が事前に検索でネット上にある色々な感想をリストアップしておくなんてことも大変そうだし、防止するにも限界があるような気がする。

ただ、例えば、「武士道」を課題に課した先生がおられたとして(まあ、実際はどうなのかわからないけれど)、その先生の第一の意図は「武士道」を読んで何かを感じさせること、少なくとも武士道をそれぞれに読ませることなのではないだろうか。
なにも素晴らしい感想文を書くことが第一の意図ではないはずだ。

とすれば、感想文という形での課題でなくとも、読ませる方法はほかにもあるような気がする。
例えば、「○ページから○ページに書かれている□□について、自分ならどうするか考えを述べなさい」とか、「○章の内容を原稿用紙1枚程度にまとめなさい」とか、ネット検索では対応しきれないような課題にすれば、ある程度は読まざるを得なくなるのではないだろうか。

私自身は子どもの頃から感想文を苦にしたことがなかった。
そのかわり、自分が本当に面白いと感じるもの、興味の持てるものでしか書かなかったので、小中学生の頃に課題図書で感想文を書いたことは一度もなかったかもしれない。

まあ、高校以降で課題として指定された書籍を読んで感想を書かねばならないようなもので、その内容に興味が持てなかったときは多少辛かったけれど、人の言葉を借りて、さも自分の言葉のようなふりをして書くのは私には耐えがたいことでもあったので、面白くないなりにどうにかこうにか書いたものだ。

感想文の課題を出す目的は、「感想文を書かせること」自体なのだろうか?
子どもが何かの本を読むことが目的なのであれば、原稿用紙の枚数を指定する必要もないような気がする。
学年が上がって、指定図書を読ませることが目的なのであれば尚更、「感想文」という形の課題の出し方はそろそろ見直されるべきなんじゃないかなと、ネットでそういう検索ワードを見るたび思ってしまう…。

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2009年7月26日 (日)

意識していなかった癖

先週のとあるレッスンで、ある女の子が突然尋ねた。

「ねぇ、先生なんで間違ってるよっていうとき『ごめんね』って言うの?」

一瞬、へ?と思ったら、もう一度その子が言った。

「先生、丸付けするとき、間違ってたら『ごめんね』って言うでしょ?なんで?」

そんな質問をされたのは初めてで、そう言われてみれば確かに言っていそうな気はするのだけれど、どういうときに言っているかという意識はなくて、返事に困ってしまった。

多分、元気な子や何かと自慢したがる子、その問題を真剣に考えた様子のない子などには多分「ごめんね」という前置きはしていないんじゃないかと思う。(意識していることではないので、それもイマイチ確信はないけど…。)

どちらかというと、やや算数が苦手だったり、苦手な単元だけど一所懸命考えて答えを書いてくれたりしたときや、いつもおとなしい子などが間違えたときなどに、もう一度考えてもらうよう促すとき、もしかしたら「ごめんね、ここもう1回考えてみて」とか言っているような気がする。

しかし、ではなぜ「ごめんね」と言っているの?と聞かれると、自分でもよくわからない…。(汗)
質問には答えられなかったのだけれど、指摘を受けて、ホントなんでだろう?とあれこれ考えてみたのだけれど、どういうときに言っているかはっきりと意識しているわけではないので、理由もイマイチはっきりしない…。

考えられるとすれば、私自身、間違いを指摘されることは嬉しいことではないので、嫌なことを言わなくてはいけないから前置きが「ごめんね」なのかもしれないし、苦手な子がせっかく一所懸命考えてくれたのに間違えちゃって、もう一度考えてもらわなきゃいけないから、なんだか申し訳なくて「ごめんね」なのかもしれない。

けど、やっぱりイマイチ自分でもわからない…。(汗)

でも、最近急に意識して言い出したことではないので、多分ずっと前からなんだろうと思う。
だけど、質問されたのは今回が初めてだった。

きっとその子にとっては、私が悪いことをしたわけではないのに謝ることが不思議だったんだろうと思う。
でも、無意識なので、直そうにもすぐすぐは直らないような気もするし、直した方がいいのかどうかもわからない。

やっぱり変かな…。
どうなんだろ…。

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2009年7月25日 (土)

微妙だけど、多分ラッキーな日だったんだろう…。

今朝目覚めると、雨が上がった後らしき曇り空。
新聞の天気予報では曇り。
というわけで、普通のGパンを履いて出かける支度をし、そろそろ出ようかなと思ったとき、ものすごい雨音が…。

見ると土砂降り。
これは丈の短いGパンに履き替えた方がよさそうだととりあえず着替え。
タクシーを呼ぶべきか、もしかして警報でも出るのか、さて、どうしようと思っていると、ほどなく小降りに。

これならまあ傘差して駅に向かえそうだということで、予定より1本遅くなったけど家を出ました。
家から200メートルほど行ったところで再びの土砂降り。傘なんてほとんど意味なし…。
駅までは徒歩7分ほどなのですが、この雨だと1分も歩けば全身ずぶ濡れになりそうな…。

さて、困った…。戻るにも濡れるし、雨宿りに適当なところもないし、余り悠長にしていると遅刻してしまうかもしれないし…。
う~ん、どうする…。と思った瞬間、普段その道ではあまり通らない空車のタクシーがちょうどすぐ側まで。
反射的に手を挙げて、そのままタクシー出勤。

けど、これはやはり奇跡のようなタイミングで、ラッキーとしか言いようがないんだろうなと。

で、無事多少の余裕を持って出勤し、今日のレッスンが始まったのですが、レッスン開始後、ほどなくお休みの連絡が。
やむを得ないご事情だし、それはもちろん構わないことなのですが、お手伝いの先生の加減が微妙になったなぁ、どうしようかなぁと思っていました。

すると、2コマ目のレッスンの子がひとり時間を過ぎても現れません。おうちで電話するとお母さんと別の所に出かけているとのこと。。。う~ん…。
携帯にお電話するもつながらず…。
その子は普段お母さんもお姉ちゃんたちも色々お忙しく、振替の時間もなかなか取れないような状態になることが多いので、う~ん、困ったなぁと思っていたところ、しばらくして着信に気づかれたようで折り返しお電話が。

うっかりしておられたようで、でも、結局夕方来てくれることになり、お手伝いの先生の加減もこれで大丈夫ということに。
やはりこれもラッキーだったんだろうなと。

そして、1週間余りに渡り、にらめっこし続けた夏休みのスケジュールも今日の時点で95%ぐらい完成し、あとは細かいところのお返事待ちの方が数名おられるだけとなりました。
そしてそして、ハードだった1週間もどうにか無事乗り切れました。

多分今日はかなりラッキーな日だったのでは…と思うことにします。(笑)

既に疲れて眠いので、今日も内容のない更新でスミマセン…。

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2009年7月24日 (金)

書きたいことは色々あれど…。

夏休みに入ってから、まだペースができていないもので、書きたいことは色々あるのですが、どうもまとまりません…。

どれも、表現を選ばないと、そういう意図はなくても、誰かを批判しているように取られてしまうかもしれないことだったりもするため、頭がきちんと働いているときにしか書かない方がいいだろうなと思ったりしていまして…。

あとは、批判とまではいかなくても、考えをまとめる余裕と頭の余力がないといいますか…。

気になっているのは、この時期になると増えてくる「読書感想文」の検索ワード。
あとは、学校の夏休みの宿題のこと。
「教える=説明する」と思ってしまっていた自分に気づいたこと。
よくたとえに挙げられることですが、「魚を捕ってあげる」のではなく「魚の捕り方を教えてあげる」を目指すべきだと思っていましたが、私が本当に目指すべきところはもう少し違うところにあるんだなと思ったということ。
「単位」に慣れるために、おうちでゲームみたいにやってみて頂けたらいいなぁと思うこと。(予想してみるとか、計り取ってみるとか…。)

そんなこんな…とホントに色々。
自分が忘れてしまわないよう、ポイントだけ書き並べさせてもらいました。
覚えていて、少し落ち着いたら書いていけたらと思います。

さて、明日は土曜日。
今日の時点で9割ぐらいは調整とご確認をさせて頂けました。
あと数名の方へのご連絡、ご確認ができておらず、申し訳ありません。
明日にはひとまず決定させたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

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2009年7月23日 (木)

今日は(も?)更新サボります。

自分の段取りが悪いのが全ての原因なのですが、夏休みのアンケートをお配りするのが遅くなり、必然的に回収も夏休み直前になり(一部夏休みに入ってからのご回答もあり)、先週後半から調整しているのですが、まだ最終の完成まで至っておりません…。

そこに来て、今週からは既に振替やら時間変更のご希望やらなんやらで、普段よりレッスン時間が1、2コマ増えておりまして、その分、時間割調整その他の時間も思うようにとれず…。

しかし…困ったことに、既に疲れが…。(汗)
今週を乗り切れば、ほぼ夏休み中の時間割も決まると思いますので、来週からは今週よりは少しは余裕ができるかと…。

というわけで、今日は体力温存(?)のため、更新サボります。

子どもたちは今日もよくがんばっていました♪

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2009年7月22日 (水)

まさに神秘…。

今日は一部の地域では皆既日食、このあたりではかなりの部分日食が見られるという話で、ただ、日食の話は随分前から一応知っていたものの、「日食グラス」なるものがあるなんてことはつい最近まで意識したことがなく、知ったの自体、日食グラスが売り切れ続出で、定価の3倍とかの値段でオークションに出されているなんてのを読んだという有様…。

そうか…日食見られないかも…。けど、昔は理科の時間に下敷きとか、すすをつけたガラスとかで太陽の観察したような気がするんだけどなぁ…とか思っていました。

で、結局、今日は早朝は土砂降りの雨だったようですが、その後曇り。
これはどっちみち見られなそうだなぁ、けど、観測を楽しみにしている子どもたちは可哀想だなぁ…とか思っていました。

とりあえず、テレビやらインターネットやらで生中継があるようだったので、どっちもつけて見ていました。
すると、外が薄明るくなったように感じたので、空を見てみると、少し雲が薄くなって、真昼の月のように太陽がうっすら見えているではありませんか!

かすかに出てはまた隠れ…の繰り返しでしたが、曇っていたお蔭で、サングラスをかければ余裕で見られる状態でした。(サングラスなしでも大丈夫なときもありました。)

日食グラスが手に入らなかった人のために、なかなか粋な計らいだなぁと神様に感謝しつつ、しばし観賞。
本当にお昼に見える月のように、白い三日月のような太陽が見えていました。

でも、本当に考えれば考えるほど神秘ですよね。
偶然ではなく、きっと神のような存在が意図してそう設定したとしか思えない。
だって、太陽と月の大きさの関係と距離の関係が逆比になっているせいで、完全に太陽が隠れることがあるだなんて。
そして、軌道が楕円だからって言ってたでしょうか?微妙なズレで金環食になって、ダイヤモンドリングが見られたりもするんですよね。
もし、月の方が大きく見えるようになってしまえば、全部隠すことは比較的簡単になるかもしれませんが、金環食なんてのは見られなくなってしまうのかもしれませんし。
何より、完全な逆比になることがあるということがもう本当に神秘としか言いようがありません。

そして、もうひとつ改めて感じたのが、太陽光のすごさ。
このあたりでもかなりの部分が隠れたはずなのに、ただの曇りぐらいの暗さにしかなりませんでしたよね。

なのに、皆既日食になった地域では完全に夜の状態。本当に真っ暗になりましたよね。(中継などで)
太陽がほんの2、3割ほどしか見えていなくても、電気をつけずに活動できる明るさがあるってことなんですよね?
そりゃぁ、太陽エネルギーをうまく利用すれば、すごいエネルギーが得られるというのもうなずけます。

次の皆既日食のときは自分がどうなっているか全く予想もつきませんが、今日はとても神秘的なものを見られたんだなと、しみじみ感じました。

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2009年7月21日 (火)

調整終わらず…。

すみません。
今日である程度確定させるつもりだったのですが、なぜか今日になってまだ次々と変更が入ったりしておりまして、出勤前には保護者の方に予定確認にメールなどをお送りしたりして、出勤後はバタバタと5つレッスンをして、終わった後、明日の準備を済ませて、再度調整開始したのですが、力尽きました…。

先ほど帰宅し、食事を済ませたら…実は既に日付が変わっていますが、更新はちょっと反則で21日の日付で…。

明日も5つレッスンがありますので、どこまで詰められるかわかりませんが(まだお返事を頂いていない方もおられるものですから…)、今しばらくお待ちくださいませ。

今週のレッスンや来週早々のレッスンについての変更等は先に順次ご連絡差し上げています。
ご連絡がない場合は通常通りとお考えください。
どうぞよろしくお願いいたします。

明日は日食なんですね。
お天気だといいですが、さて、どうなりますやら。

でも、皆既日食は無理としても、明日かなりの部分日食を見られる子どもたちは、次の皆既日食もまだ十分見られる年齢ですよね。
子どもの頃見るのと大人になってみるのとでは、感じ方も違うんでしょうかね。(残念ながら、自分で体験するのはとっくに無理なので…。<子ども時代と大人になってから)

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2009年7月20日 (月)

ほぼどうにか…。

家だとどうも気合いが入らず、おまけに昨日今日は世の中的に休日、祝日でもあり、仕事がらみのお電話はさすがにためらわれることもあり、結局、予定よりかなり時間がかかってしまいましたが、ほぼどうにか9割がた夏休み期間中のレッスンの調整ができました。

まだ若干お返事待ちの方、最終確認が必要な方がおられますので、明日以降、それぞれご連絡させて頂く予定です。
お休みの日にも関わらず、メール差し上げた皆さま、申し訳ありませんでした。
早々にお返事頂きました皆さま、どうもありがとうございました。

しかし、かなりバランスの悪いところもちらほらとあり、お休みの方が集中して、その枠がおひとりになってしまうようなところにつきましては、曜日やお時間の変更をお願いするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

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2009年7月19日 (日)

丸6年。

普段はあまり思い出さないのですが、今日ふと思い出しました。
多分、自分の教室で初めてレッスンをしてから、丸6年が経ったんだと思います。
開業届の開業の日付は7月1日にしたのですが、実際に子どもたちとレッスンができるようになったのは夏休みでしたから、これで本当に6年経ったということなんだなと。

確かに、初めて1年生の夏休みに来てくれた子は立派に中1になっていますから、間違いないようです。
やっと小学校課程修了ってわけですね、私も。
それだけのことをちゃんと学べたかどうか不安もありますが…。

大学を出て、一般企業に勤めていたのが5年9か月でしたから、独立してからの方が長くなりました。
もう記憶が曖昧になりつつありますが、企業退職後、転職活動をしたものの、なかなかここに行きたい!というところにも巡り合えず、ふらふら(?)していた期間も多少あったりして、その後勤めていた個人塾も、確か6年足らずの勤務期間だったのではと。

ということは、とりあえず、社会に出てからの自分の人生で、独立してからのキャリアが一番長くなったということなんだなと思うと、ちょっと感慨深いものもあります。
正直なところ、独立なんて全く考えていなかった自分が予期せぬ展開が色々重なって独立するに至り、それでも何年やれるか全然自信なんてなくて、まずは1年と思って始めたことでした。

初めの半年ぐらいは1カ月定期すら買えず、その後もしばらくはどうしても半年定期を買う決心がつきませんでした。
半年定期を買おうと思えたとき、なんだか嬉しかったのを思い出します。

正直なところ、今もずっと不安はあります。
たとえ子どもたちがどれだけ気に入ってくれたとしても、うちに通ってもらえる期間はかなり限られていますから、そして、こんなにちっちゃな教室ですから、いつなんどき何が起こるか…。

それでもこうして6年過ごしてこられたのは、数え切れないほどある塾や教室の中からうちを見つけてくださり、大切なお子さんを通わせてくださった親御さん、そして、毎週元気に通ってきてくれる子どもたちのお蔭であり、また、仕事を通じてご縁を頂いた素晴らしい先生方のお蔭であると思っています。

7回目の夏休みをこうして迎えられたことを心から感謝致します。
本当にありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2009年7月18日 (土)

すみません・・・。

暑さと週末の疲れとがあいまってか、さっきから睡魔と戯れております…。

何か書こうと考えてはいるのですが、何も思い浮かばず…。

夏休みのアンケート、本日でほぼ回収完了致しました。
事前にご連絡を頂いている方などあと数名お返事待ちではありますが、明日明後日でなんとか予定を組んで、お休み明けにはお知らせできるようにしたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

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2009年7月17日 (金)

ああ!今日もまた…。

もう日付が変わってしまう!(汗)

毎日毎日、あっという間に過ぎていく気がします。
気づけば7月ももう半ばを過ぎていますし…。

ほとんどの子どもたちは今日が終業式。
ただ、今回はインフルエンザの休校措置の影響で、終業式後に数日授業があるところが多いようです。
というわけで、子どもたちも「あゆみ」はもらったものの、まだ夏休み気分ではないというところかと思います。

お配りするのが遅くなったアンケートも、明日のレッスンの皆さまがご提出くださればほぼ回収が完了します。
それからの調整、ご案内になりますので、今しばらくお待ちくださいませ。
とりあえず、来週早々などの振替ご希望の方にはご連絡を差し上げているはずなのですが、もし、うちには連絡がないよ?という方がおられましたら、お手数ですがお知らせください。

本日はこれにて…。

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2009年7月16日 (木)

素敵な話

今日、いつもお世話になっている方と仕事前にランチをした。
そのときに、とてもとても素敵な話を伺った。

その方の息子さんは高校生の頃、学校に行く気もあまりなくて、朝、お母さんが起こしてどうにか送り出しておられたという話は伺っていたし、大学受験の際も、本来なら一般にいうもっと偏差値の高い大学でも狙えたであろう力のある子だったのに(息子さんのことも一応知っているので)、なんとなく推薦でそこそこの私立大に進学を決めてしまわれたとも伺っていた。

その彼。最近はどうしているのかなと思ってお尋ねすると、予想もしない答えが返ってきた。

もともとは物理を専攻していたようなのだけれど、数学の講義も色々取っていたそうで、その中のある講義が彼にとっては面白くてたまらなく感じられ、専攻外の分野にも関わらず、その講義の先生に質問に行き、院でその勉強をしたいと相談したそうだ。

その結果、色々な縁と運が彼に訪れ、このままいけば、恐らく世の中の多くの人が名前を知っているであろう国立大の院に進むことができそうなのだそうだ。

プライバシーに関わることでもあるので、かなり端折ってぼやかして書いているので、あまり私の気持ちが伝わらないかもしれないが、その話を聞きながら、実は私はちょっと泣きそうになった。

その彼は、進みたい道が決まったときから、それまではずっとのらりくらりでやる気もなかった英語も、英語の文献を色々読まなくてはいけなくなるからということで、真剣に、英語がお得意なお母さんが「見違えるように」、学び始めたそうだ。

ああ、それが本当の学びなんだよなぁ。
見つけたんだなぁ。

そう思ったら、うるうるしてきて、けど、そんなことで泣いたらびっくりされてしまうと思って、どうにか必死で堪えた。

なんとなく高校に行き、なんとなく大学に進んだ彼が大学の4年目にして、心から学びたいと思うことに出会ったんだなと思ったら、やはり涙が出そうになる。
ああ、なんて素敵なんだろう。

その方のお話では、それを学びたいと決めてから、今通っている大学のその講義担当の先生にも本当によくしてもらっているし、進むことになるであろう院でも、そちらの教授や院生にとてもよくしてもらったのだとか。
「運がいいだけなんですよ」とおっしゃっていたけれど、その運は間違いなく彼が引き寄せたんだと思う。
本当にしたいことが見つかった彼に神様が力を貸してくださったか、目に見えないパワーを得たんだろう。
多分、そういうことってあるんだと思うんだ。

今日は出勤前にそんな素敵な話を伺えて、とても幸せな気持ちになった。

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2009年7月15日 (水)

うらやましいなぁ

今日、ある1年生の女の子とレッスンをしていたときのこと。
まあ、うちに来てくれている子たちは、小さい時から積み木やら色板やらをしていることなどもあってか、全般的に図形に強い印象はある。

それでもやはり「男脳・女脳」で言われていた、空間認知は一般的に男の子の方が得意な子が多いし、女の子の中にはサイコロの展開図などでかなり苦労する子もいるにはいる。

で、今日、幼稚園の頃から通ってくれていて、上にお姉ちゃんが2人いる女の子とサイコロの展開図の問題をしたときのこと。

問題の意味を理解してもらうために、最初の1問は実際に展開図を組み立てながら答えを書き込んでもらうようにしているのだけれど、2問目からは「まず、わかるところを書いてみて。わからんとこはあとでこれ(展開図)使うから。」と声をかけて、まず考えてみてもらうようにしている。

すると、得意な子の場合は大抵、見ていて驚くぐらい確実に面の位置関係を把握して、次々と正解していく。
で、今日の彼女は2問目をまずやってみてと言ったとき、第一声は「えぇ~っ!むずかしい。こんなんわからん。」だった。

とりあえず、2問目でも絶対わかりそうな面をまず1つ指し、「ここはわかるよねぇ?」と尋ねると、ほんの少し考えて正解した。
もうひとつわかりそうな面を尋ねると、やはりきちんと正解した。そこからだ。

「やってみる。」

そう言ったかと思うと、私の大好きな「美しい表情」をしながら、ひとつひとつ正解していく。
2問目は展開図なしでクリア。
3問目は私が何も言わなくてもクリア。
ほんの少し勘違いしたところもあったけれど、「ここホント?」と尋ねたら「あ!」と気づいて、その次もクリア。
結局、最初の1問以外、展開図なしでプリント1枚をクリアしてしまった。

「すごいなぁ~!」というと、「結構簡単かも。」との答え。

確かに結構簡単そうにやってるもんね。(笑)

子どもってホントにすごいなぁ。
見ていてホントにうらやましくなる。

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2009年7月14日 (火)

すみません。。。

さっきから、何を書こうかあれこれ考えていたのですが、どうもこれというのが思いつかず、今日のレッスンは暑さなどで疲れている子はいたものの、みんな結構いい感じで頑張ってくれていたし、私自身も暑さでちょっと疲れが…って感じで…。(汗)

ホームページも更新せねばと思いながらも、いっこうに手をつけていないのですが、教室の皆さまには現在夏休み中のレッスンのご希望を伺うアンケートをお配りしています。(早々にご回答頂いた皆さま、ありがとうございます。)

で、もう夏休みは目前なのに、今頃こんな呑気なことでいいのかどうかわかりませんが、夏休み中はいつもよりは時間の融通がききますし、夏期講習というものがありませんので、もしブログをご覧くださっている方で、お子さんが2年生で、夏休み明けに掛け算に入るんだけど…という方がおられましたら、夏休みに単発(できれば2時間か3時間取って頂けるとよりきちんとレッスンさせて頂けるかと思いますが)で掛け算のレッスンをさせて頂くことも可能です。

また、現在1年生で、既に足し算、引き算でつまずきかけているようなお子さんがおられましたら、それも2~4時間程度の単発のレッスンをさせて頂くこともできるかと思います。

もしもご興味がおありの方がおられましたら、お気軽にお問い合わせくださいませ。

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2009年7月13日 (月)

教えないでいい方法を考える

教室を始めるまでは、子どもたちに「いかにわかりやすく教えるか」ということをいつも考えていた。
教室を始めてから、「教えない」ということを肝に銘じ、日々、それを意識してやってきたけれど、一緒に学ぶ子どもたちが増え、子どもたちの性格や能力もバラエティーに富むようになり、ただ同じように「教えない」ということでは対応できないことも感じている。

そんな中、今いつも考えるのは「いかに気付かせるか」ということ。

先日来、「小数の割り算 余り 小数点の位置」などの検索ワードでこのブログに辿り着いてしまわれた方が何方かおられたようだけれど(お役に立たなかったのではと恐縮だが…)、ちょうど先日、ある高学年の子と小数の余りのある割り算をやった。
その子は算数のセンスはかなりいいと感じる子で、特に説明しなくてもそれなりに計算してしまえるだけの力はある子なのだけれど、まずやってみてもらったところ、4問中3問、余りの小数点の位置を間違えていた。

ここで、点の打ち方を説明するのは簡単だ。ただ、なぜそこに打つのかを理解しなければ、同じ間違いを繰り返す可能性は少なくない。
だから、そういうときも、何らかのアプローチをして、本人に気づいてもらう方法を考える。

まずは、うっかり間違いの可能性があるので(1問は合っていたので)、余りが違うことを伝えたが、もう一度解き直しても、なぜ違うのかぴんと来ていない様子。(余りがない場合、両方の数を10倍なり、100倍なりして、割る数が整数になるようにして考えるということは既に学習済みだったので、そうやって解いていた。)

そこで、「じゃあ、これとこれかけてみて。」と、割る数と商をかけてみてもらった。
すると、自分が書いている余りだと、計算が合わないことに気づいた。
「あれ~?なんでや?」と言いながら、少し考えている。もう1問、同じように確かめてもらうと、やはり余りがおかしいということはわかり、元の式をじっと見ている。

そして、ほどなく、「あ~、そうか!」と言って、計算の際、小数点をもともとの位置から動かしたことに気づいたようだった。
その後、一応の確認で「ここ10倍したら、余りも10倍になってるもんなぁ。」というと、「ほんまや、そうか!」と納得した様子。

なぜ違うのか、どう違うのか、そういうことも、できる限り本人に気づいてもらえるよう、どう言葉かけをするか、それを考えるのが今の自分の大切な役割なんだろうと思うので、もっともっと引き出しを増やしたい。

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2009年7月12日 (日)

なんだったんだろう・・・(汗)

自宅のPCの調子がイマイチになってから数ヶ月が経ち、もしもに備えて慌てて外付けHDにバックアップを取ってからも何ヶ月も持ちこたえてはくれているのですが、相変わらずネットは重いし、使い勝手はイマイチ…。

でも、壊れていないのに買い替える決心もつかず、そのまま使っているわけですが、今日の日中、世にも不思議な現象が…。

ネットを立ち上げ、いくつかのタブを開くようにすると、ときどき恐ろしく反応が遅くなるので、今日もクリックしてページが立ち上がるまでに洗濯機も止まったし、とりあえず洗濯物を…としばしPCのもとを離れて戻ってくると、なんだかモニターがおかしな状態に。

ちらっと目に入ったのが、ウインドウがほんの少しずつズレて10個ぐらい重なっていそうな姿だったのですが、その後画面が真っ暗に。
時間が経ったからかな?とマウスをいじると、なんとも不自然な状態で部分的に画面が見え、そのとき目に入ったのはアンダーバーにあるIEのウインドウが40個立ち上がっているという表示。

は?40個??

当然何もいじった覚えはなく、訳わからん…と思いながらPCを触ると異様に熱い…。
熱暴走??わからないなりにウインドウを閉じようとしたのですが、制御不能。一時61個まで表示が増え、その間、モニターはウインドウが忙しく動いているのか、なんだかわけのわからない動きを見せつつ、コントロールきかず…。

とりあえずメールソフトは終了がきいたので終了させ、IEはそのままの状態でシャットダウン。
しばらくそっとしておく方がよさそうだなと、そのまま外出…。
晩に実家で兄に尋ねると、熱暴走でそうなるのはあまり考えにくい。ウイルスにやられたのでは?との答え。が、が~~ん…。ノ○トン入れてるのに…。

帰ったら、とりあえずまずウイルスソフトをアップデートしてウイルススキャンするよう言われ、恐る恐る帰宅。
言う通りにしたのですが、結局何も出ず。
そして、今は何事もなかったかのように動いています…。

う~ん…なんだったんだろう……。(悩)
まあ、ウイルスじゃなかったんだから喜ぶべきかしら…。

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2009年7月11日 (土)

お知らせ

今週のレッスンで夏休みのレッスンについてのアンケートをお配りしています。(遅くなって申し訳ありません。)
既にメール、FAXでお返事を頂きました方、早々にありがとうございます。

もしお子さんから受け取っておられないようでしたら、一度ご確認頂けましたら幸いです。

夏休み中の振替のご希望や帰省やご旅行などのお休みのご予定、レッスン追加のご希望などをお伺いするアンケートですので、どうぞ宜しくお願い致します。

(お知らせブログにも転載しています。)

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2009年7月10日 (金)

子どもってすごいなと思う。

きっと、似たようなタイトルのブログはこれまで数えられないぐらい書いたんじゃないかと思うけれど、やっぱり、どれだけ子どもたちと過ごしても、何度も何度も感心させられるし、感動させてくれる。

これまで多分特に誰かにそれを話したことはないと思うけれど、私は丸付けをするとき、なるべく「ぐるぐるまる」をつけるようにしている。
ただ、そのまるも、私が勝手にちゃんと使い分けていて、その子にとってちょっと難しいであろう問題を一発で正解したときには気持ちよくぐるぐるぐる~っとまるをするし、引っ掛かりそうな問題にも引っかからずに1枚全部クリアしたときなどにはプリントいっぱいにぐるぐるまるをする。「すごいな~」とか「やるな~」とか言葉にするときもあるし、しないときでも「まる」にそんな気持ちを込めている。

そして、たとえば、その子にとって大して難しくはないような問題だと、一応ぐるぐるのまるにはするけれど、勢いが違ったり、ぐるぐるの数がちょっと少なめだったりするし、間違って直した問題だと敢えて一重まるにしたりもする。

ただ、それは全部私が勝手にしていることで、こんなときはこんなまるにするよという説明を子どもにしたことはない。
子どもにとって「まる」は「まる」なんだろうなとぐらいに思っていた。

もちろん、時々、「花まるにして!」とか「おっきくぐるぐる~ってまるして!」とかリクエストしてくる子がいるので、それに関しては言えばいつでも花まるになるのでは「花まる」の価値も下がってしまいそうだし、その都度何らかの条件をつけて(例えば、そのプリント1回で全部あったら花まるね」とかいうような…)できる範囲でリクエストに応じている。

しかし、何も説明していないのに、子どもたちは気づいているのかもと思うことがある。

ついこの前も、それまで丸つけに関して一度も何も尋ねたことのなかった子が、私がまるをつけた後に「なんで(この問題だけ)一重まるなん?」と尋ねてきた。

「え?だって、一発で合わへんかったやん?だから。」と答えると、あっさりと「ふ~ん、そうなん。」と納得した様子。

納得したことよりも、普段はぐるぐるまるなのに、今は一重まるだったということに一瞬にして気づいて尋ねてきたことに驚いた。
この子はひとつひとつのまるをちゃんと見ていたんだなと。

子どもたちに尋ねたことはないけれど、簡単な問題でさらっとまるをつけられたとしても、それは別にそう気にならないんじゃないかと思ったりもする。
ただ、その子にとって一所懸命がんばって解いた問題は、がんばったね!という気持ちをまる付けにあらわしてもらえたら(ついでに褒めてもらえたりなんかしたら)、すごく嬉しいんじゃないかなと。

そんな思いで日々まる付けをしているのだけれど、案外子どもたちには伝わってるのかもしれないなと思う。

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2009年7月 9日 (木)

自分に甘い。

今日、そうコメントでご指摘を頂きました。
自分に甘くて人に厳しいのは人としてどうだか…と。

コメントをくださった方がどなたなのか全く見当がつかないもので、どのあたりで「人に厳しい」と判断されたのかはわかりませんが、確かに、自分には甘いなぁと思います…。

教材についてのご指摘は正直なところちょっとわからないところもあるのですが、もし、過去私がブログに書いていたことを、いつかいつかと待ち続けてくださっている方がおられるのだとしたら、申し訳なく思います。

ただ、基本的に、教室の子たちとのレッスンが私のすべき最優先のことで、その子たちにとってよいと思えるものを使いたいという考えに変わりはありません。
今の教材にはほぼ満足しているのですが、私ではうまく使いこなせない部分(内容が薄く感じる部分や飛躍し過ぎているように感じる部分)などは必要に応じて、今も教材を追加したり、教具を使いながら考えてもらったり、ケースバイケースで対応させて頂いています。

教材を作って売りますと宣言した覚えはありませんし、どのようなものをいつまでの期限を目標に…というようなこともブログ上に書いた記憶がありません。(もし忘れているのでしたら申し訳ありません。どうぞご指摘ください。)

ですので、どうももやもやするのですが、それでも、実際、自分で決めたノルマは全くクリアできていないのは事実ですし、途中まで進んでいたところで新たな気づきがあって、本を読んだり考え直したりして、それまで手をつけていたところも手直ししたりして、更に作業がずれているのも事実です。

貴重なご指摘を頂いたと思っています。

もし、教室に通ってくださっている方や私が直接存じ上げている方で、言ったことを守らずご迷惑をおかけしている方がおられましたら、どうぞご遠慮なくお申し越しください。

何かを写して書くだけであればただ単にサボっているとしか言いようがないのですが、自分なりに十分考えて、今考えられる中でベストと思えるものを書いていきたいと思っているため、気持ちはあっても思うように進んでいないというのも本当です。
でも、言い訳ばかりしていてもはじまりませんので、貴重なご指摘を頂いたことですし、再度気持ちを入れ直して、やっていきたいと思います。

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2009年7月 8日 (水)

長さを測る

子どもたちとレッスンをしている中で、長さの単元を学習するとき、単位換算が苦手な子の中に、長さの感覚が身についていない子が少なからずいる。

教室で初めて長さの学習をした子などは比較的スムーズに行くことが多いけれど、学校などで先に長さの学習をしたことのある子や、数量感覚が身につきづらい子などで、単位換算をごちゃごちゃにしてしまうような子に「1センチってどのぐらい?」と尋ねると、いきなり両手を出してその幅で表そうとする子がいたり、どう見てもそりゃ10センチはあるでしょ?とか、近いとはいえ3センチはゆうにあるよね?とか、そんな感じの子がほとんどだ。
1ミリを尋ねてもやはり1センチ近くあるような子もいる。

換算が苦手な子の場合、尋ねる直前に定規などを見て、長さを計った後だったりしても、平気で全然違う長さを示す子も珍しくはない。

結局、興味・関心があるかないかの違いなのかもしれないけれど、実際の感覚がないのであれば、仮に3センチ5ミリと5センチ8ミリを合わせて9センチ3ミリと答えられたとしても、それは「1センチ=10ミリ」ということを覚えて使っているだけということも大いに考えられる。
覚えて使っているだけなので、ここにメートルやキロメートルまで混ざってくると、たちまち大混乱。どれが10倍でどれが100倍でどれが1000倍だったか、あやふやで、巷では珍しくない「単位換算の苦手な子」になっていく可能性は高い。

教室ではわかっていない子には定規や巻き尺を実際に見せて考えてもらったりもするのだけれど、例えば、学校で長さの学習をするのに合わせて、ご家庭で色々なものを計ってみてはいかがだろう。

ということは以前にも書いたことがあるが、より実感するのには、自分の体の色々なところを計ってみるというのもいいのかもしれないなとふと思った。

例えば、自分の体の中でぴったり1ミリ、1センチのところを探すとか、1メートルだと自分の手を広げたどこからどこまでの長さだとか、足のサイズ、てのひらのサイズ、爪のサイズなど、色々な部分を計ってみれば、自分の体なのだから、少しは印象に残りやすくなるのではと思ったりする。

特に、ぴったり1ミリや1センチの場所を探すのは結構大変かもしれないので、その分印象にも残りやすいのではないだろうか。
(1ミリだと、今思いつく、目につきやすく測りやすい場所で可能性のあるのは、指の間接のしわとしわの幅とかだろうか…。)

長さの換算があやしそうだなとお感じであれば、ためしにやってみられては?

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2009年7月 7日 (火)

ちなみに。

昨日の件、結果報告。(?)

丸1日以上経過しましたが、今までのところ・・・。

まず、横になるとキーンとするような痛みがあった腰はほとんど痛みを感じず。

朝、シャワーの後体重計に乗ると、まっすぐ立っているつもりなのに、自分の骨盤が右が前に左が後ろにずれて見えていたのですが、それがほぼ左右が揃っているように見えました。

鼻は完全に治ったとまではいかないようですが、昨日からほとんど気にならない状態が続いています。

脚の組みやすさも左右変わっていません。

「病は気から」という言葉や「プラシーボ効果」というものがあったりするので、気の持ちようで変わるものももちろんあるとは思うのですが、骨盤の位置やら脚の組みやすさやら、鼻の通り具合まで、単純な私の気の持ちようで変わるんだったら、胡散臭かろうが、アヤシかろうが、なんだってアリな気がします。(笑)

ダイエットとかストレス解消とかにも効果があるそうですよ。
気になる方はお気軽にお尋ねください。(笑)

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2009年7月 6日 (月)

びっくり!

すみません。今日は全く仕事に関係ない話です。(って、しょっちゅうそうですけど…(汗))

実は、ここ1、2ヶ月ほど、横になると腰の右のあたりに痛みを感じ、朝起き上がるときには一旦寝返りを打ってうつぶせになってからじゃないと痛くて・・・という日すら出てきてしまいました。

歳なのは仕方ないとして、筋力の衰えかなぁ?と腹筋、背筋を鍛えるか?と思ったりもしたのですが、いかんせん、無精者・・・。
それに、以前から体の歪みも気になっていたので、まずは一度整体に行ってみようと思いながらも、なかなか重い腰が上がらずに過ごしていました。

そもそも、遡ること十数年。その頃の同僚の子に右と左の膝の位置のずれを指摘され、言われてみれば確かにそうだなぁ、一度整体に行ってみようかなぁと思ったまま、どこがいいのかもわからず、初めてのところに行くには勇気も必要で、結局ずるずる今日まで・・・。
教室の割と近くの整体院のことが気になってからも5年余り・・・。
我ながらどれだけ腰が重いねん・・・と思いますが、今日はレッスンが2つだけだったので、終わった後、意を決して(大袈裟・・・)電話してみました。

すると、今日の19時に見てもらえることになったので、早速行ってきました。

フリーペーパーやホームページなどで普通の整体ではなく、氣功を使ったりもされるようだということはわかっていたのですが、なんと!実際は全く「整体」ではありませんでした!
基本、体にはほとんど全く触れず。

Oリングテストというのをしながら、体の悪いところを治していくと・・・。
正直、かなりアヤシゲで、半信半疑。まあ、面白いなとも思いましたし、「氣」の存在は信じてはいますから、全面否定するつもりもありませんでしたが、そんな、言葉だけで簡単に治ったらさすがに変だよね・・・という気持ちは否定できません。

あれこれ悪いところを尋ねられ、大半のところに氣を送ってくださったようで、先生曰く、もう腰痛も治っているらしいのですが、正直それは半信半疑のまま。

ただ・・・鼻も治せるよといわれ、Oリングテストで花粉症ではなく、ちくのうのようだとのことで、ちくのうを治す言葉をかけてもらったところ・・・もう何ヶ月もすっきりしなかった左の鼻の症状が明らかにかなり改善されているんですよね・・・。

おまけに、更にびっくりしたのが、これまで脚を組むときは右足を上にして組まないと組みづらかったのですが、教室に戻ってきて仕事しながら、何気なく組んだ脚を見て、自分でびっくり!
普段なら組まない方の脚を組んでいて、反対に組みなおしてみたのですが、組みやすさがほとんど変わらない、むしろ、これまで組みにくかった左を組む方が若干組みやすいかなってぐらい・・・。

不思議な力のことは私にはよくわかりませんが、先生は骨(体)を直接触ったりされませんでしたし、そこに行くまでは確実に左を上にして脚を組むと違和感があったのも事実なのです。
けど・・・変わってるんですよね、今・・・。

う~ん、不思議・・・。

腰のことと、骨盤の位置が左右でずれていたのとは、家に帰って寝て起きて、朝体重計に乗って・・・で確認できると思いますが、それが一度で治らなかったとしても、鼻の症状が改善されたのは事実ですし、それだけでもすごいなぁと。

なかなかびっくりな体験でした。

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2009年7月 5日 (日)

どうも違和感が…。(最近タイトルに「違和感」がつくことが多いような…(汗))

先日来感じていて、今日、普段お世話になっている先生にもついぼやいて(?)しまったのですが、ここ1年ぐらいでしょうか、子どもたちとレッスンをしていて、へ?と思ったことがあります。

幼稚園や1年生の時から一緒にレッスンをしている子たちは、ほとんどの場合学校の進度より教室の進度の方が先になるので、1年前ぐらいまではたまたま出くわさなかっただけなのか、ここ1年ぐらいの間に何か指導方法に変更があったのか、その辺はわからないのですが、へ?と思ったのは子どもたちに「直線を引く」ということをしてもらっていたときです。

中学以降は直線といえば両端がなくどこまでもまっすぐに延びる線を指す言葉になるので、そういう意味では「直線」を描くことはできないわけですが、小学校の場合は「まっすぐな線」のことを「直線」ということになっているので、「5センチの直線」などという表現も使われます。

その点は小学校ではそうなっていることなので、まあいいとして、最初に違和感を感じたのは多分1年前だったかと思います。
直線を描く問題が並んだプリントを渡したとき、既に学校で長さの勉強が済んでいたひとりの子が、指定された長さの両端をぐいぐい縦に5ミリはありそうな印をつけ、その後でその印と印の間に直線を引いたのです。

?と思いながらちょっと見ていると、次の問題も、その次の問題も、やはりそうやって描いています。
言ってみれば、線分図を描きなさいと言われた時に最初に描くようなものをプリントに描いているわけです。( |―――――|  ←やや極端ですが、こんな感じ。)

不思議に思って、その子に「先生がそうやって描きなさいって言ったの?」と尋ねると、「うん」との答え。
へんなの~と思っていたのですが、まあ、変わった先生もいるんだろうぐらいに思っていました。

しかし、異変が起こりました…。
今年、2年生の子たちの中に新たに3人、学校も全然バラバラの子たちなのに、やはりそうやって描く子たちが登場しました。
そして、全ての子がそうやって描くように言われたというのです…。

詳しいことはわからないのですが、仮に子どもたちが小さいからわかりやすいようにということだとしても、せいぜい両端に点を打って、その点と点をつなぐぐらいでいいのではないのでしょうか?
少なくとも「直線を描きなさい」という指示なのに、両端にしっかりくっきりと縦棒がくっついているのはさすがにおかしくないでしょうか?そんなことないのですかね??

直線をそうやって描くんだとしっかりインプットされた子たちは、中学校に行って、線分を描きなさいと言われた時、何も言わなければ、同じように両端にぐいぐい印をつけちゃったりはしないんでしょうか?

もちろん、その時点で中学校の先生が線分はそんな風に描いたらダメという指導をされたら、もしかしたら子どもたちは、小学校での直線と中学校での線分は違うものなんだなという認識でインプットし直すのかもしれませんが…。

どうやら何人もの先生がそうやって指導しておられるようだということに、妙な違和感を感じるのですが、私が時代に遅れてるんでしょうか?(汗)

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2009年7月 4日 (土)

また悲しい事件が…。

気持ちが暗くなる話題は本当はあまり書きたくないのですが、今日また、悲しい事件が起きてしまったようですね。
高校生が同級生を包丁で…。

先日も書いたばかりですが、もちろん、ニュースになるということはこれが特異なことだということには違いないのでしょうけれど、それでも、どうして短絡的に命を奪うというところまで考えが及んでしまうのか、それがどうしてもわかりません。

腹の立つことがあれば、短絡的に殴る蹴るなどの暴力に訴えてしまうということは、まだなんとか想像がつかなくもありません。
一般に「血の気の多い人」と形容されてしまうような人は、カッとなってつい手が…みたいなことになってしまっても、理解できなくはないのですが、先日の事件の高校生も今日の事件の高校生も、カッとなって短絡的に手を出したということではないようですよね…。

何か腹の立つことがあって、そのことを解決するには相手の命を奪うしかないという考えに行きついてしまう。
そして、事前に準備をして犯行に及んでしまう…。

なんなんだろうと思います。
その子たちは殴られた痛みや刃物で手などを切った痛みを知らないのでしょうか?
相手の命を奪ったら、そのあとどんなことになるか少しでも考えたりするのでしょうか?
命を奪っても、しばらくしたらまた生き返るとか思ったりしているんでしょうか??

こんなことを書いても何の解決にもならないことはわかっているのですが、何ともやりきれない気持ちになってしまいます…。

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2009年7月 3日 (金)

「25×25」

ちょうど昨日、2桁×2桁のことについてブログに書いたのですが、偶然、懇意にしてくださっている先生のブログにも、授業で「25×25」をやったと書かれていました。

それを見た瞬間、ふと、100×100の4分の1…の4分の1か…(つまり、16分の1ですが…)と頭に浮かびました。

インド式だったら2桁×2桁も暗記しているのかもしれませんし、計算が得意な子だったら、パッと見て暗算してしまうのかもしれません。
それに、数が「25」なので、4倍で100になるということもあって、計算自体もそんなに難しいものではないとは思うのですが、何か工夫しようと思ったわけではなく、ただ単にその式を見た瞬間にふと思いついたのです。

ここ最近ずっと、頭の中でぼんやり、掛け算って面積とリンクさせて指導すれば、もっともっとわかりやすくなるし、工夫もしやすくなるんじゃないのかな?と考えていて、きっとそのせいなんだろうと思うのですが。

もちろん、10000÷16をするより、25×25を素直に考える方が簡単という話もあるかもしれませんが、そして、私は子どもの頃にはあまり「やわらか頭」ではなかったので、この歳になって、頭の中で面積図をイメージして操作すること自体、そう容易くはないわけですが、小さい頃から面積図をイメージしながら考えていれば、もっとパッと、理屈じゃなくって、答えが頭の中に見えたりするんじゃないかなと思ったりもします。

例えば、25×25を考えるために、まず100×100をイメージしたとして、片方を25に変えたら、その時点で100が25列分の面積に狭まるわけで、その面積の4分の1が答えになるわけです。
とすれば、2500÷4ですから、面積図をイメージできる子にとっては簡単な計算になるのではないかと思うのです。

よくある例で、99×99だと、分配法則で式を変形して(100-1)×(100-1)で、10000-200+1とか考えるのだと思いますが、これも、やはり面積図が頭に浮かんでいれば、まず100を1列取り除けば、99×100で9900。
次に、もう一方の列を1列取り除けば、面積図としては99×99になるわけですが、そのとき取り除く数は99。つまり、9900-99=9801。

この考え方でいけば、98×98だったら9800から98を2回引けばいいわけですし、101×101なら10100に101を足せばいいわけで、分配法則だのなんだのを覚えなくても、実際の面積としてそれが当たり前のものとして考えられるだろうと思うのです。

掛け算に面積図。
絶対いいと思うんだけどなぁ。

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2009年7月 2日 (木)

先回りしない。

育児書や教育書などを読んでいると、ときどき、最近は子どもが失敗する前に失敗の可能性を先回りして回避させてしまう親が少なからずいるというようなことを目にすることがある。

恐らく、昔の親が放任だったとか、過保護な親が増えたとか、そういうことではなくて、昔は大人が見ていなくても子どもたちだけで自由に遊びまわれる場所があったし、子どもの数も今より多かったということもあるだろう。それに比べて最近は、子どもたちだけで自由に遊べる場所も限られてきているし、子どもの数も減って、ひとりひとりの子を見ていられる時間も増えたというようなことも関係しているんだろうと思う。

親は我が子が可愛いものだと思うので、目の前で転びそうだったら、転ばないよう手を貸すなり声をかけるなりしてしまうだろう。
何もせず黙って転ぶのを見ていられる親はまずいないと思うし、仮に我が子じゃなくても、子どもが怪我をしそうだったら、やはり怪我をする前に声をかけてしまう大人は多いだろう。

もちろん、命のかかわるような危険なことを黙って見ている必要はないわけだけれど、小さな怪我、小さな失敗は、可能な範囲で経験させるのがいいのではないかと思う。

で、前置きが長くなったが、同じようなことが勉強でも言えるのではないかなと思うことがある。
例えば、今日のレッスンでひとりの子が、2桁同士の掛け算に取り組んでいた。2桁同士の掛け算の筆算はまだやっていない段階で、その子が今知っていることは2桁×1桁、3桁×1桁の筆算まで。
その状態でいきなり2桁同士の掛け算をやらせるのはもちろん少しハードルが高い。

というわけで、まずは2桁×1桁(これはおさらいの内容)と2桁×何十の掛け算を考えてもらった。

2桁×1桁は割とすらすら解いていく。でも、89×8の計算のとき、ふと見ると、89を縦に8つ並べて足し算の筆算をしている。
その子の力からすると、80が8個と9が8個に分けて考えれば、筆算を書かなくても答えは出せるのだけれど、自分で考えてそうしているので、そのまま様子を見ていた。

次に2桁×何十の計算になったとき、その子ならわかるかな?と思ったのだけれど、どうも全然ぴんと来ていない様子だった。
そこで、まず2桁×10を考えてもらうことにした。×10はぱっとわかりそうな気がしたのだけれど、どうも今日はイマイチ調子が出ていないらしくて、数を10個書いて筆算をしている。
それでも黙って見ていた。
最初は77×10だったので、「770」と答えを出したその子に、「じゃあ×40だったら?」と尋ねると、ほんの少し考えて、770を4回足し算した。

次の問題もまず×10を尋ねたのだけれど、どうもまだピンと来ていないようで、また10個書き並べている。
それでも黙って見ていた。
当然のことながら、それも2桁の数に0が1つついた答えになった。それをもとに今度はその×20の答えを出した。

そのあたりで、「77×10=770」「86×10=860」と2つ式を書き並べて見せた。
すると、「あ!」と言って、そのあとは数を10個書き並べなくても答えが出せるようになった。

そしてまた次の段階。

今やった2桁×1桁のプリントと2桁×何十のプリントを2枚並べて、次のプリントを出した。

それぞれのプリントの1問目は「77×2=154」「77×20=1540」「77×22=  」となるようにしてある。
それを並べて見せて、「これ、77が20個やんね?で、ここに77が2個。じゃあ、77×22は?」と尋ねてみた。

少し考えていたけれど、初めは全くわけのわからない答えが出された。あまりに違い過ぎて、どう考えたのかも思いつかないような数字だったのだけれど、こりゃわかってないなと思い、プリントの裏に「ここに77、22個書いて。」と言った。

書き終わったところで、まずそのうち20個を○で囲み、「これでいくつ?」と尋ねた。
すると、きちんと「1540」と答えたので、○の横にその数を書いてもらった。

で、そのあとに22が2個残っていることに気づいたその子は「あ!」と言って、「1540+22+22」として答えを出した。
この時点ではまださっき計算した77×2=154の式には思いが及んでいないようだった。

次の問題もまだピンと来ていないようだったので、もう1問同じように考えてもらうと、そのあとは数何十個を書き並べなくても答えを出せるようになった。
それでも、3問目ぐらいまでは×1桁の方は相変わらず、数を3個だの5個だの書いて足し算をしている。

しばらく黙って見ていたあとで、×9をする問題になった。黙っていたらその子は恐らく9個書いて足していたかもしれないが、そこで「ねえ、9個ってこれよね?」とさっき解いた「×9」の式を指差した。

するとまた「あ!!」と言って、その後はもうたくさんたくさん数を書いて足すこともなく、答えを出せるようになった。

もちろん、このやりとりも、その子その子の能力やその日のコンディションによっても反応が違ってくるので、みんなに使えるとは考えていないけれど、まずは子ども自らが考えた方法で答えを出してもらうことはとても大切なのではないかと思っている。

それが大人から見たらどれだけまどろっこしい方法でも、まず自分がこうだと思ったやり方でやってみてもらって、それが面倒だと感じているようだったり、なかなか答えが出せずに困っているようだったり、子どもが何か困難や不便を感じているなと思えば、そこで最低限の手助けをする。

苦労した後なら、「ああ、この方が簡単だ」とか「この方がわかりやすい」とか、子ども自身比較することもできるし、便利だなと感じれば、しっかり印象に残るだろう。

最初からやり方を教えられてその通りにやれば、その方法の便利さ、楽さを実感することはないままに過ぎてしまうだろうし、印象に残らなければ忘れるのだって早いだろう。

回り道のように思えても、小さい子には多分結果的に近道になるんじゃないかなと思う。

特に、九九を習った後の子であれば、例えば37×8を計算するのに、37を縦に8個並べて足し算の筆算を書いたとしても、答えを出す時には恐らく、7(一の位)×8と3(十の位)×8を使って計算するだろう。もし、それに気づかず1つ1つ足している子がいれば、タイミングを見て「足していくんじゃないやり方ないかな?」などと声をかけてみれば、きっとほとんどの子が気付くのではないだろうか。

とすれば、見た目は足し算8段重ねの筆算でも、答えの出し方は掛け算の筆算と同じになっている。
それを何問かやった後に掛け算の筆算(2桁×1桁)をやらせれば、子どもたちはより深く意味を理解できるのではないかと思う。

こうしたら楽だよという方法は先に言うのは極力控えて、子どもの先回りをせずに(でも、必要な時には必要なフォローができるように)見守るのが、子どもの学びに大きなプラスになるのではないかと思う。

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2009年7月 1日 (水)

もう7月!

恐ろしいことにもう7月。
今年も半分が終わってしまいましたね。。。

昨年は年明けから次々に予期せぬトラブルが発生し、次はなんだ?と戦々恐々としながら過ごしていたような気がします。

幸い、今年はそんなこともなく、おまけに小学校の授業時間数が増えたことで、レッスンのコマ数も減り、もっと色々仕事ができると思っていたのに、ろくに何もせぬまま、明日こそは、明日こそは…と思っているうちに半年過ぎてしまいました…。

今日からまた気持ちを新たに!と思っていたのですが、昨日はお布団に入っても全く寝付けず、もともと、寝ようと思わなくても寝てしまうことがあるぐらいで、寝付けなくて困ることは年に何回もないヤツなので、かなり珍しいことでした…。

普段だと、お布団の中で本を読んでいると、そのうちふっと意識が遠のきそうになるので、そのタイミングで枕もとの照明を消し、寝るのですが、昨日はいつまで経っても眠くならず、結局文庫本1冊半ぐらい読んでしまい、外がうっすらと白んでくる始末…。

仕方ないので無理やり目を閉じてみたのですが、それでもなかなか寝付けず…。
7月初日は睡眠不足での出勤と相成りました…。(汗)

メールのお返事を差し上げねば!ということも、ホームページを更新しなきゃということも、教材考えなきゃってことも、夏休みのアンケートもそろそろ作らなきゃってことも…しなきゃなことはいっぱいなのですが、今日は早目に休ませて頂くことにしようと思います。

1年の後半。
ちゃんとがんばらなくちゃですね。(反省)

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