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2007年9月12日 (水)

なんでだろう?

自分が子どもだった頃のことはもう覚えていないことの方が多いから、もしかしたら自分もそうだったのかもしれないけど、最近立て続けに、なんで?と思ったことがある。

私が通っていた小学校は神戸の比較的開けたところにある公立の小学校にしては珍しく、運動場には200メートルのトラックを取ってもまだ十二分に余裕があって、遊具も沢山あったし、プールは低学年用の浅いものと、高学年用の50メートルのものがあり、50メートルプールにはスタンドまであった。

自分にとってはそれが当たり前の感覚だったので、中学に行って運動場が少し狭くなり、プールも25メートルになって、それが普通なのではないことを知ったという感じだったが、少なくとも高学年では運動場のトラックが何メートルか、プールが何メートルかは確実に知っていた。

1年や2年のときにそれを知っていたかどうかの覚えはないのだが、3年や4年では運動場を走ることもあったので、1周が200メートルということは知っていたようにも思える。
しかし、最近、学校でメートルを習っているはずの学年の子達でも、自分の学校の運動場1周がどれだけか、プールが何メートルプールかを知らない子が少なからずいるのだ。

今日、少し算数が苦手な高学年の女の子とレッスンをしていたとき、その子は運動場の1周もプールの大きさも何も答えられなかった。
「50メートル走ったことある?」と尋ねて、ようやくそれがどのぐらいの距離かを思い浮かべてもらうことができたが、要するに本人たちに興味がないし、もしかしたら先生方も意識してそれを子どもたちに伝えようとしていないのかもしれない。

長さの実感、広さの実感などがない子は、文章題などで見当違いの答えを書いても何の違和感も感じない。
実際、今日「84÷3.5」を考えようとしたら、答えを「2.4」と書いていたので尋ねてみたのだ。

「84メートルのひもがあって、それを3.5メートルずつ切っていったら2本しか取られへん?」

しかし、イメージがわかなければこの問いかけは何の効果も発揮しない。

もちろん、そういう子たちが学校には決して少なくないのだろうということは知っている。
だからこそ、もっと普段から色んなことに興味や関心を持ってもらえるよう、おうちでも意識してもらえたらいいなと思う。

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コメント

TOH先生のかくれファンです。
いつも素敵な記事をありがとうございます。

子供たちは結構いろんな「経験」をしているのに、それを自主的に・「体感」している子は少なくなっているんじゃないかと、最近思います。
大人たちの過干渉が「自主的」な「体験」を奪ってる。。。うまくいえませんがそんな気がします。
ちなみに今朝の集団登校集合場所での出来事ですが・・・。
集まってもなかなか動こうとしない子供たちを見て、一人のお母さんが「さっさと出なさい!(怒)」。一事が万事この調子では…とおもいます。
逆に過干渉じゃなく育っているお子さんをみるとどんぐりも初見でも楽しそうに楽々クリアしますね。
親のかかわり方って大事だとすごく思います。

投稿: 畑野そらまめ | 2007年9月13日 (木) 07時40分

畑野そらまめさん、こんにちは~。
お名前はときどきほかのブログや板などで拝見しております。(笑)

大人の過干渉というのは少なからずあるのでしょうね。
子どもだけで自由に遊びまわれる環境が少なくなってきたという
こともあるんでしょうけど…。
自分が今の時代の子どもだったらどんな風に育ってたのかなぁと
思うことがあります。

投稿: TOH | 2007年9月13日 (木) 13時29分

こちらにコメントを書いてから、また考えていたんですが…。
糸山先生がよく「環境設定が大事」とおっしゃるんですが、それは子供たちが安心して好きな時に好きなことを体験できる環境・トライ&エラーを存分に出来る環境を用意するってことで、何かを「体験」させるより「させない」忍耐のほうが今の大人たちにとって難しいのかもしれませんね。
すみません、うまくかけなくて。
逆説的だけど…子供たちが「体験」する(体験したことを味えるように)環境を作るためには「させようという作為」を捨てる努力をしなければいけない大人が、私を含めて今の時代多いのじゃないかと思いました。

投稿: 畑野そらまめ | 2007年9月13日 (木) 14時56分

私もうまく言えないのですが、そらまめさんがおっしゃりたいことは
なんとなくわかる気がします。
というか、私もそんなことを考えていたんですよ、昨日から今日に
かけて。
ブログを書こうかなと思いながらも、まだまとまらずという感じで。

子どもの身の安全はとても大切だけど、子どもだけの自由な時間というか
そういうものを与えてあげられるということがすごく大事なのかなとか
そんなことも思いますね。

投稿: TOH | 2007年9月13日 (木) 20時49分

何度もごめんなさい。

もっと大人たちが子供たちの「今」を味わうことが出来るようになったら…って思います。

去年から今年にかけて、学校が辛い息子に付き添うため、一緒に登下校しました。
登校班の後ろについて、世間話をしたりしながら歩きました。車が来たとき以外注意しない私に慣れ、子供たちは普段どおりの姿を見せてくれました。
下校の時、筋エビをとろうとランドセル投げ出して川に入る息子たちをただ見ていました。
きらきらした子供たちの顔が大好きになりました。
でもこれでも防犯にはなっていると思うのです。
一応大人はついているから。ただこの時間のゆとりがある大人は少ないでしょうね。私はたまたまそれが出来る状況でした。感謝しています。

投稿: 畑野そらまめ | 2007年9月14日 (金) 10時13分

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