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2007年9月 4日 (火)

この頃ずっと考えていること(2)

先日の続きです。
ただ、内容がデリケートなことだと思いますので、何度も読み返しながら書いたつもりですが、何か不快、不適切な表現などございましたら、ご指摘ください。どうぞ宜しくお願い致します。

(続き)

例えば、私は生活には支障はないものの、針穴などがクリアに見えたことは一度もない。一定距離以上離れると、どう頑張ってもものをはっきりと見ることもできない。
それはどうしようもないことだ。ただ、たまたま私は生まれたときからこの目だったからか、特に混乱することもなく、普通に暮らしてこられたのだろう。

また、例えば生まれながらにして聴力に障害がある方がおられたとして、その場合は補聴器をつけたり、手話を覚えたりなどという形で障害に対応していかれるのだろう。
手や足が不自由な方、目が不自由な方・・・それぞれしかりだろう。

障害に関しては、本人の努力だけではどうにもならない部分が間違いなくあるはずだ。
聴力障害をお持ちの方に「努力して聞き取れるようになりなさい!」なんてことをいうこと自体が間違っていると思うし、障害の多くが努力で克服できる性質のものではないのだろう。

それと同じように、以前読んだ本で、今はフォトリーディングで日本で指折りのインストラクターになっておられるという方が、それに出会うまでは識字障害でいくら努力しても本が読めなかったと書いておられた。
その方は大人になられてから偶然に出会ったフォトリーディングという方法を使って、その後多くのものを読むことができるようになり、いろいろな資格などもとれたと書いておられた。
識字障害であれば、本人がどれだけ努力しようとも、できないものはできないのだ。
その方も、識字障害だということがわかるまでは、本を読めない自分のことを、怠け者だ、ダメな人間だと責めたり、劣等感を持ったりということもあったようだ。
しかし、それは生まれつき聴力や視力、その他身体的障害をお持ちの方に、努力でそれを克服できないのは自分が怠け者だからだ、努力が足りないからだと言っているのにほぼ等しいことなのかもしれず、筋違いのことなのだろう。

もう1年あまり前になるが、ある方からご相談を受けたことがあり、迷われた末、お子さんを検査に連れていかれた方がいる。
その方の場合、結果的には障害ではなかったのだが、検査を受けたことでどういう傾向が強いとか、こういう対処法が望ましいとか、そういうアドバイスも受けられたようだ。

また、障害によっては、早い段階で周囲が適切な対応をすれば、ある程度回復可能なこともあるように聞く。(専門知識もないので適当なことを言ってはいけないのだが・・・)

だとすれば、どうしよう・・・失礼なんじゃないか・・・と迷っている時間自体が、その可能性を狭めてしまうことになるのでは?とも思うのだ。

また、違っていたら失礼なのではなんて思っているが、もしもそれが事実なら、原因が分からずつらいのは誰よりも子ども自身なのかもしれないとも思うのだ。
本人の努力では克服できないものであっても、そうとわかっていなければ、自分の努力不足だと思い込んだり、大人から怒られて自信を失ったりなどということも起き得るだろう。

更に、例えば私たちが健康診断を受けたとき、時折何らかの項目に「再検査」などと書かれたものが戻ってくることがある。
そして、再検査の結果、異常がなかったとしても、ホッとすることはあれ、それで怒る人もあまりいないのではないだろうか。

そうであるなら、「可能性」であっても、何か心配なことがあれば、早目に検査や診断を受ける方が、結果的によかったということになりはしないだろうか。

このところ、そんなことを結論の出ぬままぐるぐると考えている。

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コメント

おひさしぶりです。

デリケートな話題にあえてコメントするとは、私らしくない…

と、ふざけるのはやめて

おっしゃる通り、単に「努力」だけで克服できない子ども(と推察できる)に出会うことがあります。
確かに親御さんにその旨を伝えるのが一番いいのでしょう。
しかし、それをどう伝えればいいんでしょうか? 専門家でもない、一塾教師が。

それにそういう子を持つ親御さんに限って、「理解されにくい」方も多いのです。

結局、途中で退塾されてしまうか、納得のいかないまま卒業されるか になってしまいます。

やっぱり、私たちは、「センセイ」とはいっても、

「指導」はできるが、「治療」はできない

のです。

結局、結論はでませんが、私ももどかしい思いをすることがある とだけお伝えしておきます。

投稿: ぷぅ | 2007年9月 4日 (火) 15時15分

ぷぅ先生お久しぶりです。
お変わりありませんか?
本当に難しい問題で、ずっとずっと考えています。
ただ、うちの場合極少人数で見ている分、より気になることもあるというか・・・。
そういうとき、言わないでいることが本当にいいのか、それをずっと悩んで
います。。。

投稿: TOH | 2007年9月 4日 (火) 19時57分

以前TOH先生の生徒さんが、学校かどこかで「学習障害があるように思えるので、調べてきてください」といわれたが、TOH先生にはそのような子供に見えない事から、憤慨されておられた記事がありましたが…。

先生がお気づきのお子さんなら、保護者はたいてい「もしかしたら…」と何か感じるところはお持ちでしょう。保護者面談で、保護者の方から相談される形に持っていった方が無難ですよ。
たとえ子供の事を思って言ったアドバイスでも、逆恨みされると怖いですから。

ご健闘祈ります。

投稿: はつかねずみ | 2007年9月 4日 (火) 23時46分

はつかねずみさん、初めまして。(だと思うのですが、存じ上げて
いる方だったらお許しを…)
ブログ、ずっと読んでくださってるんですね。
ありがとうございます。

貴重なご意見ありがとうございます。

私は子どもたちにも保護者の方たちにも本当に恵まれているなぁと
思っているので、恨みを買うようなことにはならないとは思いますが、
それでも愛する我が子のこととなるとどうお感じになられるかは、
わかりません…。

よく考えてみます。
ありがとうございました。

投稿: TOH | 2007年9月 5日 (水) 11時47分

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