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2007年7月30日 (月)

嬉しいような、困るような・・・。

今年度は中学生の募集を休止してしまったので、数学をやる機会はほとんどなくなっているのだが、公立中に進むスーパー6年生くんが難しめの6年のワークを終えてしまったし、受験しないのに受験用の小学生のテキストをするのもなと、結局そのまま中学内容に進んだ。

彼に使うテキストをそれまでの中学生のものとは変えたこともあり、新たに自分でも解いてみているのだが、嬉しいような困ったようなことが起きている。
たとえば、今日ちょっと方程式の利用のところを解いていたのだが、問題を読んだら答えがわかってしまうものや、小学校の算数の発想ですぐにわかってしまうものが結構あり、方程式を考えるほうが難しいものがいくつもあった。

塾に勤めていた頃にはそんな感覚を持ったことはほとんどなかったのだが、この歳の私ですら、なんでこれを方程式使って解くの?と思うようなものであれば、スーパーくんやスーパーちゃんたちは、式を作ることの方が難しいかもしれない。
おまけに、ものによってはその式をわざわざ作る方が不自然にさえ思えたりもするのだ・・・。

たとえば・・・。

「周囲の長さが1200mある池のまわりを、A君とB君とが同じ地点から同時に反対まわりで歩き始めたところ、10分後に2人は出会った。A君は毎分70mの速さで歩いたとすると、B君は毎分何mの速さで歩いたことになりますか。」

これ、多分今すぐうちのスーパー6年、スーパー5年に見せたらあっという間に解くに違いない。状況さえ説明してやれば、もっと小さい子達でも解けるだろう。
そもそも、A君は10分で700m歩くんだから、B君が500m歩かなくてはならないのだし、この問題のどこにXを使った方程式を作る必要があるんだろう?

こんな問題もある・・・。

「ビーカーAには5%の食塩水、Bには3%の食塩水が入っている。AとBの食塩水を混合すると、4%の食塩水が200gできるという。このとき、Aの食塩水の量を求めよ。」

これ・・・見た瞬間答えがわかる・・・。それぞれ100gずつしかあり得ない。
多分、スーパーくんたちも分かる気がする。けど、式を作らなくてはいけない。

ほかにも、ちゃんと読めば、Xを使うことを考える方が難しいのでは?と思うようなものも決して少なくない。

私でさえこんな変化が起きているのであれば、あの子達は中学に行ってこの単元を学習するとき、どんな風に感じるんだろう・・・。
杓子定規の先生に当たらなければいいのだけど・・・と今からそんなことが少し心配になる。

この変化は嬉しいような、少し困るような、複雑な気分だ。

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