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2007年2月24日 (土)

嬉しかった言葉

昨日、ある理系のスペシャリストの方の口から当たり前のように出た言葉がなんともいえず嬉しくて、もうホント、拡声器で何回でも繰り返し叫びたい気分だった。

その方は、もう私なんてミジンコ級になってしまうほどの理系のバリバリの方。
その方がお子さんの学習に関して、すごく当たり前のこととしておっしゃった。

「計算だけできてもねぇ、考えられなきゃ仕方ないよね。」

もうホント、みんな聞いた?聞いた??って気分だった。

そういえば、実はうちの教室にお子さんを通わせてくださっている方の中にはご両親とも理系ご出身、もしくは今のお仕事もバリバリの理系という方が少なからずおられる。

そういう方がここにお子さんを預けてくださるのは、きっと皆さんきちんとわかっておられるからなのだろう。

どんなに計算だけが速かろうと、どんなに先の計算までできようと、それだけでは先に行けば殆ど何の役にも立たなくなるということを。

教室の子ども達の話を聞いていると、やはりどの学年、どのクラスにもプリント大量反復教室の類に通っている子はいるようで、そういう子たちが言うようだ。

「俺、掛け算できるねんで。」

「お前、割り算って知ってるか?」

聞いている限り、そんなようなことを自慢げに言われている子は少なくない。それを言う子の殆どが所謂あの教室に通っている子ども達のようだ。

もし私がその場に居合わせたら、その子に尋ねてみたい。

「すごいね~。掛け算できるの。ところで、掛け算ってなあに?」

「そうか、えらいね~。20÷4ってどういう意味?」

先取りでどんどん進んでいる子達であっても、上述のような質問を投げかけたとき、説明はうまくはできなかったとしても、「掛け算は何倍っていうこと」とか「3×5は3が5個ってこと」とかいうようなことが言える子であればいいだろう。

割り算も同じく、「割り算は分けるってこと」とか「20÷5は20を5個(人)に分ける(もしくは「ずつ分ける」)ってこと」とか言える子はそれらの計算を「わかっている」と言ってもいいのかもしれない。(もちろん、それ自体を覚えこまされている場合もあるのかもしれないが。)

しかし、この問いかけに自慢している子のどれだけがきちんと答えてくれるだろう。
きっと少なくない子達が「掛け算ってのは掛けるんやん。5×2は10で・・・」だとか、「割り算は割り算やん。そんなんもしらんの?」だとかいう答えしかできないのではないだろうかという気がしなくもないのだ。

実際、教室の子達でも学校よりは遥かに進んでいる1年生、2年生が「掛け算ってなに?」とか「割り算ってなに?」とか聞いてくることがある。

私はその都度それがどういう計算なのかについては簡単に説明はするが、その場では1、2問例を挙げて説明するだけで、あとは「○○ちゃんなら、やればすぐできるようになるよ。」と答える。

そう答えながら思うのだ。

1年生の子が掛け算がもうできるとクラスメイトに自慢すれば、そのときは一時的に優越感に浸れるかもしれない。
しかし、3年になって「俺、もう掛け算できるねんで」と自慢したところで、「ふ~ん、それがどうしたの?」って話だ。

例えば、ひらがなを読み始めたのが平均より早かった子がいたとして、小学生になってから「私は人より早くひらがなが読めるようになったのよ」と自慢したところで、何の自慢にもならないだろう。

歩き始めが早かった。しゃべり始めが早かった。文字を書けるようになったのが早かった。
それら全てのことは親にとっては嬉しいことだろうし、そのときには周囲も褒めてくれたりもするだろう。
しかし、それを他の子に自慢することがいかに意味がないかは皆さんお分かりではないだろうか。

しかし、それがお勉強のこととなると、なぜか途端に子ども達は優越感や劣等感を持つのだ。
実際、つい先日伺った話では、どうみてもめちゃくちゃよくできる子なのに、クラスメイトに割り算ができることを自慢された1年生が、自分は割り算ができないからバカだって言ったそうだ。

1年生で割り算ができなくて、何がバカなのだ?
その話を聞いて、なんだか悲しくなった。
少なくとも、私の目から見てその子は抜群に賢いのだから。

薄っぺらな自慢をするような子には育ってほしくない。

もちろん、子どもだから、できなかったことができるようになったら嬉しいだろう。
ただ、それを喜ぶことと他者をバカにすることとは別の話だ。

初めて出会ったとき、I先生がおっしゃっていた。
「本当にできる子は、できることが当たり前だから自慢しない。」と。

確かに、それが特別なことでなければ、自慢する気にもなれないだろう。
極端な話、掛け算でも割り算でも大きな数の計算でも、それをとても簡単だと感じた子は、そんなのみんなできて当たり前と感じるだろう。できない子がいると不思議に思うかもしれないが、できることが普通であれば、できない子には助けの手を差し伸べようとするように思える。当然、当たり前なのだからそれを他者にひけらかすこともない。

もちろん、どんなことにも例外はある。
機械的に詰め込まれた子でも他者を思いやれる子も、人にひけらかさない子もいるだろうし、うちの教室の子の中にももしかすると人に自慢している子もいるかもしれない。

それでも私はこれからも、心を歪めず、持てる力を素直に伸ばしてもらえるように、心を配っていきたいと思う。

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コメント

うれしい~、TOH先生の記事は、本当に嬉しくなります。
先日の、我が小学校での授業参観での事。1年生は「1年生になって、出来る様になった事」の発表でした。我が子は、縄跳びに挑戦~♪。本当に親ばかですが、緊張の中、失敗なく出来た、我が子の誇らしげな(^。^)。
そして、その中に、(同じ緊張ですが)足し算50問に挑戦した子、なんと、35秒でした。その時の、保護者、子供たちのどよめきと羨望の眼差し~。はやい事を否定はするつもりは無いのですが、何だか、とても残念でした。(ちなみに、この子はあの..です(^^ゞ)

投稿: だまた | 2007年2月25日 (日) 15時51分

だまたさん、こんにちは~。
みんなの注目を浴びながらの縄跳び。さぞ緊張されたことでしょうね。
無事成功、おめでとうございます。
足し算50問が35秒でできても、この先あまり役に立ちそうにない
気がするのは私が異端だからでしょうか?
あちらから移ってきてくださったお子さんの中には、正に「機械」
そのもののように、プリントを置くと息もしていないのでは?と
いう勢いで問題を解く子がいます。
あれって、明らかに異常な気がするのは、やっぱり私が異端
だからですかね?(苦笑)

投稿: TOH | 2007年2月25日 (日) 16時39分

THO先生のご主張が良く分かるお話でした。
私も全くその通りと思います。
例えばお医者さん、最近特に若い医者の誤診や
事故が多いのは知識のみで考える力&洞察力がないからだと思います。医者になった時点で自己実現の全てが終わってしまったのでしょう。実際に
箸にも棒にもかからないインターン良く目にします。

私も娘が勉強で質問に来た場合どうしようかと考えて今は「どんな答えでも良いので自分で問題の答えを出すこと」を教えています。勿論その場合まず自分で最終的な答えを出した事を褒めます。
そして間違っている場合は(これが多い 苦笑)
少しづつでも答えに近づくことをゆっくり学ばせるようにしています。仰るように答えの正解より
自分で少しでも回答に近づくプロセスを大切に考えている訳です。

成長し人生が本格的に始まれば、そこには正解と言うものは無く自ら考え正解を作ってゆかなければなりません。生きる力に結びつかない学力ばかり求める事がいかにナンセンスか、(勿論その力がない為にせめてもの学歴と言う選択もありますがいい結果にはならないと思います)これからの時代は思い知らされることが多いと思ってます。

勿論勉強、学力、学問を否定している訳ではありません。それは大変に意味のある事ですし、人生に正解はないと言っても人それぞれの最適解はある訳でそこをイメージ出来、そこに近づくという
姿勢を日々の学習の中で是非知識と共に身に付けて欲しいということです。

日本の大学生、8割はやりたい事も目標もないそうです。前述の医者達のように有名大学に入ることがゴールの様な勉強の仕方はもうそろそろ日本も止めるべきだと思いますね。

投稿: 金の字 | 2007年2月25日 (日) 20時50分

金の字さん、こんばんは。
このままコピペしてブログ記事に転載したいほどのコメント
どうもありがとうございます。
特に最後の2行は、先日読書のブログでご紹介した鈴木氏の
著書にも同様のご意見が書かれていました。
我が家の場合、両親とも大学は出ておらず、そういう環境
でしたから「学歴」としての大学には全く興味がありません
でした。
実際、専門学校に進むか大学に進むか同列で迷っていました
からね。(笑)

金の字さんのお嬢さんは素敵なお子さんなんでしょうね。
機会があれば、いつか会ってみたいです。
ありがとうございました。

投稿: TOH | 2007年2月26日 (月) 01時20分

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